第9話

 俺の家の近くに一級河川が流れていた。目的地はその一級河川の河川敷。


「優斗。朝からなに? 釣りでもするの?」


 紫音は軽く伸びをしながらいい顔で振り向く。これが芽衣ならこうはいかない。彼女は根っからの反アウトドア派。


 こんなことに誘おうものなら、数日口を聞いてくれないかも。怖いので試したことすらない。


「釣りもいいなぁ、それはまたに取っておこうか。お腹すかない?」


「すいた〜〜牛丼行っとく?」


 これもまた新鮮だ。芽衣に牛丼を誘う勇気もない。嫌とか言われたわけじゃないけど。これまた勇気がない。


 まぁ、基本ヘタレなんだ、俺は。こんな事を考えながら俺は作業に取り掛かる。


「なにするの? もしかしておコメ炊くの? マジ? 優斗ってすごいね、なんか多彩で」


 直火でなければ、ルールの範囲で火の使用していい場所。そこに来ていた。


 ちょっとした、アウトドア気分を楽しむ程度に普段からここに来ていた。基本ひとり。


 芽衣を誘ってもいいんだろうが、リラックスするために来ている。


 気を使うのはちょっと違う。だから誘わない。


 そうなると、なんで紫音は誘ったんだという話になる。


 たぶん、それは紫音だから。芽衣は自分の世界があって、その中で生きていきたいタイプ。

 紫音は逆に自分の世界を持ちつつ、外の世界、外の刺激を求めるタイプなのかと思う。

 だから、もしかしたらと思って誘ってみた。いや、誘いもしない。何も言わずに連れてきて、巻き込んだ。


 これでダメなら次誘わなければいい。そんな感じで。


 そう思うと、俺は自分の彼女の芽衣には気を使い。人の彼女の紫音には雑というか、土足で入り込んでる。


 それを許してくれる空気を紫音は持っている。


 ご飯を炊いて、ウインナーとタマゴを焼く。食後にはインスタントのコーヒー。

 その程度なんだけど、紫音はうれしそうにしてくれる。


 人の、友達の彼女だけど。


 土曜なので、少し家族連れの姿はあるが、特に多いという訳じゃない。


 インスタントのコーヒーを飲み終えた俺を紫音は膝枕に誘う。


「いいの? 誰かに見られたらマズイだろ」


「誰にマズいの? 学校のみんな? 大地? 白鳥? 別に何だけど」


「別にって?」


「別には別に。なんかさぁ、私けっこう退屈してたの。人生っていうか。それは、うん。自分の努力不足なところもあると思うよ。自分でやりたい事とか挑戦するってのも大事だと思うんだけど、私ね。意外と支えるタイプなの。話それたけど、私の退屈な日常を変えたんだよ、君は。責任取る義務、なくない?(笑)」


「神楽坂だって挑戦してるだろ? サッカー」


「ん〜〜そうなんだけど、私基本スポーツって興味持てなくて。それは今始まったことじゃないんだよね〜〜大地がサッカー出来るから付き合った訳じゃないし、っていうか、きのうの夜? 考えたの。付き合うってなに? 私ら付き合ってるの? ただの仲良しでよくないって。ぜ〜〜んぶ、君のせいよ。それに気づかせたんだから(笑)」


「罪な男な訳か」


「そうそう、罪な男。優斗を知らなきゃ、私幸せになれたのに(笑)これもね、うん。楽しい! こういう経験したことないこと経験したいの! それが楽しくても楽しくなくても! そういう事に巻き込んでくれる優斗が好き!」


「なに、俺告られた感じなの?(笑)」


「そうよ〜〜どうする? 彼女持ちに告る地雷女に付きまとわれるわよ〜〜(笑)」


「地雷女に膝枕されてんだ、俺」


「起きたら爆発するよ?(笑)」


 ちょっと失敗した。立ち位置というか、ここは少しマズい。


 きのうから二回。キスしかけて、笑いとか、話をそらして逃げた。


 今どういう状況かというと、紫音の膝で上を向いてて、紫音の長い髪が顔に掛かっている感じ。


 それはつまり、紫音が俺に覆い被さろうとしてる訳で、何を意味するかというと、紫音からキスをしようとしてることになる。


 払いのけることと、笑いで逃げるでは全然違う。だけど、払いのける程紫音を拒否する勇気が俺にはない。


 いや、勇気がないことを言い訳にして彼女とキスしたい衝動に駆られてる。


 この選択肢に目が眩みそうだ。こんな、キラキラしたのは俺の日常じゃない。

 そんなこと言っても紫音の唇が近づくことは止められない。


 昨夜から何度この距離になった?


 そういえば、本気かどうかは別にして今朝も目をつぶって唇を突き出していた。


 学園のトップカーストとか関係ない。純粋に紫音とキスがしたい。


 いや、友達の彼女にキスしたいと思う時点で純粋なわけないか。


 生唾を飲み込む。きっとこの音は紫音にも聞こえている。それくらいの距離に彼女はいて、俺の顔に、頬に手を添えた。


 もういいんじゃないか?


 なにがって、キスしても。


 そんな、ふうに思った瞬間。


 俺のケータイが鳴った。その音に弾かれるように、紫音が距離を取る。

 距離を取ってわざとらしく眉間にシワを寄せた。


「優斗。もし、白鳥なら電話代わってよね(笑)」


 笑ってるけど、目がマジだ。どうするんだ? いや、わざわざ修羅場にする必要あるか?


 出ないで済む空気じゃない。まだ、何もしてないのに俺は微妙に追い込まれていた。


 そんな土曜日の河川敷。


 思ってもいない相手。スマホの画面をのぞき込む紫音。


「あっ……大地だ」


「おわっ⁉ なに、反射的に出ようとして! これ俺のスマホな! 俺のスマホにお前出たらおかしいだろ! なに、わざわざ地雷踏みに行ってんだ? 地雷女って、あれか? 踏むほうか? 踏みまくる女ってことか? どんな言い訳する気だ?」


 俺は肩で息をしながら紫音を見た。


 紫音は「あっ、ホントだ!」程度。いや、テヘペロくらいのリアクション。マジで出てたらそんなのんきしてらんねぇからな!


 まぁ、いいけど。


 しかし、知らん顔も出来ん。確か今日は練習試合で、偶然俺達を見かけたなんてことはない。


 いや、知り合いが見かけた、なんてこともあるか。


 緊張しながら電話に出る。ようやく事の重大さに気づいたのか、紫音もオロオロしている。


「もしもし、うん。俺……大丈夫だけど……明日? 俺が? いや、無理だろ……うん、わかった。また詳しくは『まいん』して……あんまり期待されても……うん。わかった」


 俺は通話を終え、ポケットにスマホをしまった。


「なんだったの? 浮気バレた? も、もう引き返せないよ、この際白鳥と別れて(笑)みたいな感じ?」


 なんなんだ? ホントに退屈な人生なのか? めちゃくちゃ満喫してないか? お前の彼氏それどころじゃないぞ……ったく、もう。


「幸いにも浮気はバレてません。いや、浮気してないけどね!」


「きのうはあんなに激しかったのに……」


「それ小説な? 現実と混ぜるな危険だからな?」


「ハハハ……そうでした。それで、大地なに? 明日がどうしたのよ?」


「話せば長くなるけど、明日の練習試合見に来て欲しいらしい」


「断って! 私と遊ぶんでしょ! 私と大地どっちが大事なの?(笑)」


「神楽坂」


「ひっどい! 白鳥に言いつけてやる!」


「お前ら言いつけるほど仲よくないだろ(笑)」


「ハハハ……ごもっとも。それで、なんでよ? なんで大地の試合を優斗に見てほしいのよ? ドヤりたいの、アイツ?」


□□□作者より□□□


今回更新で第1章完結です。次回更新は未定です。




























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想像の中だけでもいいから、NTRしてくれませんか。~俺の彼女、私の彼氏交換しませんか? アサガキタ @sazanami023

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