第7話 なんか恋してるかも。

「優斗。もしかして寝てないの?」


 時間は朝の四時。今日は土曜で無理して寝る必要はない。


 初夏とはいえ、外はまだ暗い。


 俺は紫音に依頼された彼女だけの小説――俺が紫音を寝取る小説『俺の彼女、私の彼氏交換しませんか?』を書き始めていた。


「ごめん、起こした?」


「ごめん、寝かせなくて(笑)もしかして、早速書いてくれてたり?」


「まぁ、でもまださわりの部分だけど」


「何の触りよ、どこ触る気よ(笑)ねぇ、優斗。行き詰まってない? アイデア提供しようか?」


 アイデア……?


 俺はその言葉に振り向いた。


 書き始めてみたものの、読者ニーズというか、紫音の求めてるのがコレなのかわからない。


 だからアイデアは大歓迎だ。


「座ったまんまじゃアイデア教えないよ、来てよ」


 俺のベットで上半身を起こして髪をかき上げる学園のトップカースト。


 紫音の言葉に耳を疑う「来てよ」ってどこにだ。紫音は俺のベットの中。


 家には俺たち以外誰もいない。


 それどころか、俺は紫音の希望通り彼女を寝取る小説を書き始めていた。


 つまり、想像の中で彼女を求めていた。


 想像と現実は紙一重もない。だって、そこにいる紫音をモデルに、実名で書いているんだ。


 想像、空想だと言え、すべてが絵空事ではない。


 事実手の届く場所に紫音はいて、それが俺がいつも使ってるベット。


 このこと自体妄想かも知れない。


 それくらい現実離れしていた。


 そして紫音の行動も現実離れしていた。


 自分の隣をポンポン叩き、ニンマリと笑う。小説の中で疑似恋愛をスタートさせていた俺が断れるはずがない。


 引き寄せられるように紫音のいるベットに向かう。


 気が付けばもう何時間もPCに向かったままだった。程よい眠気と高揚感でまぶたが重い。


「無理させちゃったね、私」


「そのセリフ、いいオンナ系が使うやつだ」


「そう? じゃあちょうどよくない?(笑)」


 デスクライトは消していた。


 紫音の表情はわずかに明るくなりかけた朝の光でしかわからない。


 少なくとも魅力的なのは間違いない。


 俺の心のブレーキはとっくに壊れている。


 期待できるのは紫音のブレーキだけ。


 その紫音が俺に体を任せる。肩に頭を埋めた。


 確かそうだ。彼女が言うようにいいオンナ系なのは否定できない。


 そしてささやくような声。思ってたより、感じていたのより、知ってたのより低めの声。


 たぶんこれが紫音の地声で、この声は家族以外何人知ってるのだろう。


 神楽坂は知ってるのだろうか、この声を。そう考えた。そう考えてしまった。


 その瞬間チクリとした痛みを感じた。


 紫音は神楽坂の彼女で、俺の彼女じゃない。わかっているし、これは違う。


 紫音が依頼してきた小説の疑似恋愛が頭の中で動き始めてるだけなんだ。


 なのに、どうしてだろう。


 彼女の髪の香りが胸を締め付ける。


 どうしてだろう、さっき彼女とキスしかけて笑いで逃げたことを後悔してるのは。


「なんかさぁ」


「うん」


「うれしいの。自分のために優斗が小説書いてくれてるって思うとね、この辺りが暖かくなる」


 そう言って自分の胸に両手を重ね目を閉じた。


 うっすらと浮かび上がった彼女の姿がまるでお祈りをしているようだ。


「ホントに?」


「ホントよ。さわってみる? いいよ」


 芽衣ほどじゃない。でも、紫音も十分大きい。


 さわるだけで止める自信なんかない。


 寝てないせいかモラルというか、常識とかの感覚が信じられないくらい薄い。


「さわりたいけど、それじゃあ進み過ぎだ。プロット崩壊を招く」


「プロットってなに?」


「小説の設計図みたいなもん」


「設計図か、じゃあ大切だね」


「大切だ」


「でもさ」


「ん?」


「書き直せばよくない? 設計図を。小説家さん?」


「思った以上に……」


「なに?」


「このヒロインは勝手に動く」


「それめ言葉? もしそうならもっと勝手に動いて困らせてあげようか(笑)ごめんね、意地悪言って。なんていうか、こういうの……恋愛してるって感じる。すごくふわふわしてる」


「恋愛してないの?」


「なに? 大地の名前言わせたいの? 少しだけわかった気になっていい?」


「わかった気? いいけど」


「優斗ってさぁ、小説からめるとすっごい大人ね。なんか私さ恋してるかも(笑)仕方ない、ここは大人の優斗の言うこと聞いて、プロット崩壊はしないでおくわ。そのプロット崩壊しないで済む時が来るんでしょ?」


「どうだろうなぁ、考察にはお答えできません。ネタバレになるので(笑)」


 そう言って朝の俺の部屋のベットの上でふたりして馬鹿笑いした。


「ねぇ、優斗。ご両親帰ってくるの何時頃?」


「10時前かなぁ、色々だけど」


「それまで一度寝なよ。逆にウチ9時には誰もいないから。それよりお願いがふたつあるんだけど」


「なに? いい加減きわどい内容だと押し倒すけど?(笑)」


「きゃあ、素敵(笑)じゃなくて、ソフトなの。腕枕して欲しい。ダメ?」


「腕枕くらいなら……もうひとつは?」


「小説書いてくれてるんでしょ? 読んでいいところまで読みたい。ダメ?」


 俺は一瞬考えたけど、どうせいつか見せるのだからパスワードを教え閲覧出来るようにした。


 それから紫音はうれしそうに猫みたいな顔して、俺の腕に頭を寄せた。


 考えてみたら俺だって誰かを腕枕するのは初めてだ。


 それがまさか友達の彼女になるとは思いもしなかった。























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