第6話 君にだけ。

 時間は深夜に近づいていた。俺は今公開している小説の更新を終え一息ついた。今日書いた分で3日分貯金が出来た。


 毎日更新。1話が約三千文字。書いて校正して、修正したりで大体4時間。中々の時間を小説に掛けている。


 これで読んでくれる人がいれば申し分ないのだけど、世の中そんなにうまく行かない。1日わずか数百PV。


 この先伸びる可能性は全く無い。


 そろそろ今書いてる話に見切りをつける時期。そんな風に考えて新作の構想とかしようと思っていたところに水無月紫音からの提案。


『小説の中で私を寝取ってよ』


 水無月はわかってくれた。なんていうか、好きなことでも苦しいこと、辛いこと。やめたらいいだろ、でもそんな簡単なもんじゃない。


 だから、水無月紫音のためだけに書こうと思う。俺たち4人の小説を。俺が紫音を寝取る話を。


 こんな風な書き出しで。こんなタイトルで。



『俺の彼女、私の彼氏交換しませんか?』


 ****


 俺には彼女がいて、趣味でネット小説を書いている。趣味でと言ったが、それはなんていうか、照れ隠しの部分だったりする。


 ガチで取り組んでいる。だけど、中々そういうのは言葉にするのは恥ずかしい。


 真剣に取り組んでいてもこの程度のPVしか獲得出来てない。数字は残酷で正直だ。


 ネット小説を書いてることは彼女、白鳥芽衣には言ってない。日々の結果が散々なので、なんでそんなつまんないことに熱中してるか聞かれると辛い。


 今日は金曜日でいつもは芽衣と週末の約束をするはずなんだけど、芽衣は家の用事で今日は真っ直ぐ帰らないとだ。下手をすれば週末の予定は真っ白になる。


 まったく飛ばず泣かずの今の小説にピリオドを打って、新作の構想を考えるのもいいかも知れない。


 ちなみに彼女。白鳥芽衣について触れたい。性格は一見クール系。学校の連中は間違いなくそう思っている。


 つっけんどんな態度。辛辣しんらつな受け答え。冷やかな視線。ダウナー系というやつか。


 中学から知っている俺。芽衣の周りの評価はこんな感じ。髪は長く少し丸顔でタレ目。胸はまぁ、デカい。


 今でこそ高校生だけど、中学の時は完全に中学生離れした体型だった。まぁ、それは今も変わらないけど。


 クール系で巨乳。これが周りの評価。俺と付き合っていると知らず(もしくは知ってても、奪い取れると思ってか)告ってきた男子をバッサバッサと振りまくっている。

 付け加えると、別に俺がイケメンだとか魅力があるとかじゃない。


 単に芽衣のニーズというか、要望に適っているから。


 ぶっちゃけ、見た目からではわからないが、芽衣はとんでもなくドM女子。性的にかまではわからないが、精神的には完全にドM。


 聞いたことがある。


 結構なイケメンに告られて、即振りした時のことだ。俺なんかよりイケメン。しかもスポーツ万能。なんで振るのと。


 すると芽衣は言い切った。



「瀬戸君は、優しいから……さげすんだ目で見てってお願いしたら、想像の右上で蔑んで見てくれるし、罵倒ばとうしてって言っても嫌がらないで罵倒してくれる。意地悪してってお願いしたら、めちゃくちゃな意地悪してくれる。私ってこんなじゃない? だからみんな……男子とかあがめるっていうか……そういうんじゃないのよねぇ……そういうの興味ないの」



 最初は戸惑いもあったが、最近は慣れてきた。


 こういう時は舌打ちをしたらいい。さらに「めんどくせぇなぁ」など付け加えようものなら、芽衣は顔を真っ赤にして顔を両手で隠す。


 どこにそんな恥ずかしがる要素があるのかわからないけど、そういうものらしい。つまり、俺は誰よりも芽衣ののスイッチを知っているらしい。


 それでいま俺は何をしてるかと言うと、屋上で芽衣を待っていた。芽衣から呼び出されていた。付き合っていることは誰もが知っている。


 それをわざわざ下校前に屋上に呼び出してくるということは、振られるかもしくはアレだ。


「遅ぇよ……」


「ご、ごめんなさい!」


 おしとやか評価の芽衣。なので、廊下や階段を走ったりしない性格なんだけど、息を弾ませてやって来た。さぞ揺れる胸に注目が集まっただろう。


 開口一番の蔑みワードに芽衣は顔を高揚させる。言葉にはしないが、すっごくうれしそうだ。


「なに、家の用事で急いでんじゃないの」


「そ、そうなんだけど……怒ってるかなぁって気になって」


 ここで俺は素に戻った。そもそもキレキャラじゃない。芽衣のためにわざわざ改造してるだけ。


「別に怒ってない」


「冷たい。怒って」


 来た。一週間頑張った自分へのご褒美。それは俺にさげすまれることらしい。ドMってこういうことを言うんだろうか。ちょっとわからない。


 ただ前に聞いたことがある。蔑まれるのは誰でもいいのかって。すると芽衣は遠い目をして言った。


「瀬戸君以外だと私ね、きっと殺意がくと思うよ」


 そうなのか?

 わからない。まぁ、気に入ってもらってるなら、いいか。じゃあ、一週間頑張った芽衣のご褒美を渡さないと。少なくとも期待に満ちた目で見られている。


「家の用事でって言ってるけど、ホントか? 誰が男と約束してんじゃないのか」


「あ…………瀬戸君、すごいよ」


 何をめられてるんだか。新しいって、バリエーション増えたことに喜んでていいのだろうか。


 ****


 こんな感じで俺は紫音用の私小説を書き始めた。当の紫音は俺のベットでスヤスヤ寝息をたてていた。



 □□□作者より□□□


 お疲れ様です。読み進めていただき感謝です。

 ブックマーク、毎話ごとの応援、ありがとうございます。












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