透明人間の殺し方(短編集)

猫田砂鉄

鏡の怪談について

 川瀬京子かわせ きょうこの微笑を思い出すと幸福な気分になる。

 鞄から部室棟の鍵を取り出すと鉄製の螺旋階段を昇る。

 今回持ち込んだ『それ』はきっと、彼女の好奇心を射止めるはずだ。


「京子さん、この動画を見てください」

「SNSで見つけたオカルト動画です」


 先輩、こういうの、好きですよね。

 そう視線で訴えかける僕。

 すると、白河冬花はいつもの微笑を浮かべる。


 すらりと伸びた長身。真っ白な肌。長い黒髪。均整の取れた顔立ち。

 学園内での評判は高いが……

 オカルト研究部の部長を務める変人、というのが非常に珠に傷である。


「悪霊の鏡の動画です」

「……悪霊の鏡?……見たことないな」


 白を基調にした部屋に大きな鏡が置かれていて、それを幼い少女が眺めている。

 少女は上機嫌で何かよくわからない歌を歌っている。

 くるくると回転しながら歌を歌う姿は愛らしい。

 少女の動きに合わせて鏡の中の少女も動く。

 回転する少女が鏡に背を向けた、その時。


 「……なるほどね……」


 鏡の中の少女は前を向いたまま動かなかった。

 歌を歌う少女を背後から鏡の中の少女が見つめている、という構図になる。

 そして……鏡の少女がにこりと笑って映像は終わる。


 やめておけば良かったかな……

 実は僕は怖いものが苦手なのだ。

 わざわざこんなことをしたのも、冬花さんの気を引くためだ。

 オカルト好きの彼女なら、この動画を気に入ってくれるはず。

 もっとも、その向こう側の僕なんかには、全く興味を示さないのだが。


 どうですか、京子さん、と尋ねてみる。

 すると彼女はほほえみながらこう言った。


「見つけてくれた君には悪いんだが……この動画は加工されたフェイク動画だね」

「動画編集なんかが盛んになって、知っている人もいるかもしれないがマスク機能というものがあるんだ」


「指定された範囲を透過して、映画のスクリーンのように別の映像を映すことができるんだ」

「……なら、この鏡って」


「そう。その通りだ。鏡の枠の部分にマスクを重ねて鏡をスクリーンにしてしまえば……」

「後は別の映像を映せばいい」


 ……なんだ、そんなことだったのか。

 恐怖と不安が消えていくのと同時に、冬花さんを楽しませられなかったことに落胆する。


「もっとも、それ以外の技術で加工している可能性もあるから断言はできない」

「でも技術的に可能なことは確かだ。技術の進歩とは無粋なものだね」


「……鏡の話といえば、こんなものもあるよ」

「ある男が戯れに鏡に向かって『お前は誰だ』と言い続けるんだ。何が起こると思う?」


「何も起こらないんじゃないですか?……」

「そう、何も起こらない。でも毎日、毎日それを続けると」


「だんだんと鏡の中の自分が自分から切り離されていくような気分になって」

「しまいには鏡の中の自分と話せるようになって……」


「その男は気が狂ってしまって、病院に入院するはめになったんだ」

「彼は魅了されてしまったのかもしれないね。鏡という物体が持つ魔力に」


 そんなことがあるものなのだろうか。

 大方ネット上の噂か何かなのだろうから、真剣に考えなくていい気がするが、少し怖い。


「似たような話で夢日記というものがあって、夢で見た内容を日記に記すのだが、これも恐ろしくてね」

「書き記していく内に、内容に意味不明なものが増えたり、暴力的になっていったりするんだ」


「こういうことを試してみるのも面白いと思う」

「あるクラスには生徒が29人しかいないが、あまりの机が置いてあって、全部で30あるんだ」


「その30台目の机の持ち主に架空の名前を付ける。そして、その存在を意識する」

「……もし、それで何かあったらどうするんですか?……」


「……そうだな、考えているのは……」

「30台目の机を燃やしてしまうんだ、それが存在の在りかだからね」


「……今頃は焼却炉の中かな……」


●●●


 部室の床にカランという音が響く。

 振り返ると、そこには銀色のナイフが落ちていた。

 窓を開けると、淀んだ空気が澄んでいく気分がする。

 静かな教室に一人だけで佇む私。先程までの声の主は姿を消していなくなっていた。


「……もう少し、話をしていたい気分だったのだけれどね」


 窓の外の夕日を見つめながら私は呟く。

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透明人間の殺し方(短編集) 猫田砂鉄 @kuroyamasyu

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