海のマジョ

「あれ、ウレイラは?」

「ちょっと用事を思い出したらしいよ」


 ウレイラの叫びは家の中にいるグラッドには届かなかった。内と外を遮断する魔法の影響だ。


 リビングに通されたグラッドがゆっくりと室内を見渡していく。魔女の家なのだから怪しげな薬や大窯が置かれていたり、ゲテモノ系の生き物が天井から吊るされてたりするのかと想像していたがそんなことはない。

 良いところの貴族がすぐにでもお茶会が始められそうな程に整っている部屋である。中央にあるテーブルや椅子、壁に沿っておかれた棚が海の物で出来ていたりデザインが海の生物を模してるように見える以外に違いは感じられなかった。


 だがそんなことよりも驚くべきは他にあった。

 


「適当に座りな」

「じゃあお言葉に甘えて」


 促がされてテーブルイスに座る。改めてさっきまでいた外との違いがグラッドにはよくわかった。


 この部屋は水中ではなかったのだ。

 もちろん海中にあるサンゴの街の一家屋ではある。だが、空間が水で満ちてはおらず、地上となんら変わりがない。コレも海の魔女の魔法が成せる技か。

 だが、だとすればどうしてわざわざそんな空間にしているのか。それにウレイラが入ってこなかったのが関係しているとすれば等々、考えが広がる。


「ほら、お茶だよ」


 ティーカップに注がれた琥珀色のお茶とクッキーがテーブルに並ぶ。正にお茶会な雰囲気なのだが、そういう嗜みがあまりないグラッドは自分の場違い感が強く感じられてちょっと落ち着かない。

 

 とはいえ。その落ち着かなさを表に出したらせっかく招いてくれた魔女の気持ちを害する可能性がある。それがわからないグラッドではなかった。


「ありがとう、アルサーさん。お茶菓子まで出してくれるんだな」

「あんたのためじゃないよ。私が食べたいだけさ」


 ずんぐりした身体が向かい側に腰かけると、ミシリと下の方から椅子の悲鳴が聞こえたがグラッドはスルーした。


「それで、不老不死の話だったね。一体どんな理由があってそんなものを求めるのか教えてもらえるかい」


 場は設けられたが、これは彼女のテストだ。賢い者ならば魔女が満足するような理由を述べるのかもしれない。


 だが、生憎とグラッドは別に頭が良いわけではない。

 誰かに問われれば心の赴くままに答えるタイプである。


「不老不死は不老不死でも、俺が知りたいのは不老不死じゃなくなる方法なんだ」

「……よくわからないね。なりたいんじゃなくて、ならないようにしたいのかい?」


「随分昔に魔神と戦った影響で、俺は呪いをかけられたんだ。以来、不老不死になった」


 可能な限り要点を簡潔に。グラッドがさらっと自分の事情を口にした途端に、アルサーの顔が歪んだ。


「あんた……いまとんでもない事を言いやがったね。そいつは厄介事なんてレベルじゃないよ」

「割とよく言われる」

「それが事実だと証明できるのかい?」


 そう問われたグラッドは、手持ちのナイフで左腕を切りつけた。見てわかる程度には流血した傷がゆるやかに塞がっていく。軽く拭うともうそこには跡すら残っていない。


「これ以上も出来なくはないが、この部屋が汚れてしまう。やるんだったらあなたの許可がいるな」

「へぇ。私が良いといえば首でも飛ばしてくれるのかい」

「それは嫌だなぁ……」


 うへっと舌を出しながら両手で首を絞めてみせる。


「なんだい。不老不死ならそれぐらいやってのけてみせるもんじゃないのかい?」

「不老不死だろうがなんだろうが、自分の首を飛ばすなんて誰だって嫌だろ。俺は人間をやめたつもりはないよ」


「…………そうかい。あんたはそんな身体になっても人間のつもりなんだね」


 アルサーが持ち上げた紅茶のカップに口をつけ、ソーサーへ戻す際にカチャリと音が鳴る。しばし思考にふけるために天井を見上げるように目を閉じた魔女だったが、次に目の前にいるグラッドを見つめるその視線にこもっていたのは郷愁と憧憬が混ざったものだった。


「いいねぇ」


 限界まで生きて、生きて、疲れ果てた老人が口にするような重みが部屋の底へと沈んでいく。


「話してみな。あんたがココにきた理由をさ」



 アルサーに促されたグラッドは、己の事情を説明した。

 故郷で起きた惨劇。魔神エフォルトスとの決着。その代償として与えられた呪いを解く方法を探して旅をしていることを。


「あんた……神を殺したのかい。その行いは人の身に余る偉業にして大罪とされているはずだ。まさか知らなかったのかい?」

「知ってた……というより聞かされてはいたよ。だけどさ」


 グラッドは間をおいてから、ハッキリと自分の気持ちを吐露していく。


「大切な場所が、大切な人達が滅ぼされていく。それをはいそうですかって受け入れられるはずがない。そんなの許せなかったんだ」

「ふーん……。そもそも許す許さない以前に、太刀打ちできる相手じゃないはずなんだけどね。まあ、それはいい」


 アルサーが長い話の間に吸い始めた長パイプの煙をぷかぷかと浮かばせる。少し怪しい香りが室内に広がった。


「あんたの事情はわかったよ。で、それが本当だとしてだ。あたしと話がしたいってえのにどう繋がるんだい? まさか海の魔女と呼ばれる高貴な御方の魔法なら、呪いをパパッと解けるはずなんて夢を見てるのかい?」


 だとすれば、短絡にすぎる。

 そう言いたげに白けた表情を浮かべるアルサーに対して、グラッドは首を振った


「さすがにそこまではな。ただ、何か助言は貰えるんじゃないかって思ってる」

「ほう、その根拠は?」


「ウレイラが大好きなマーメイドと地上の人間の話があるだろ。あの子がプリンスに憧れるキッカケになったヤツが」

「あの子供向けの寝物語かい」

「アレは全部で100章以上あるらしいけど、その中に悪い魔女によって不老不死になった者が出てくるって訊いたんだ」


 ほんの一瞬だが、アルサーの太い眉がピクリと動いた。グラッドは自分の考えが当たっている可能性を感じながら続ける。


「ココからは大分想像だけど、ウレイラが聴かされた物語っていうのはマーメイドに伝わるおとぎ話であり、その中には実際にあった出来事が含まれているんじゃないか」


 グラッドは長年の旅で得た知識によって知っていた。


 例えば地上の各地に伝わる騎士物語。特に古くから語り継がれた何十何百にも及び、まとめられたもの。それらには実際にあった出来事の断片が含まれている。


 コレを海に棲むマーメイドに置き換えたのならば?

 マーメイドが地上のプリンスに恋焦がれた物語は、本当にあった事なのかもしれない。同様に、悪い魔女によって不老不死になった者がいた可能性はある。


「海の魔女であるアルサーさんなら、その辺に詳しいんじゃないか」

「…………」


 アルサーが沈黙する。

 その押し黙った状態は、グラッドの想像が正解か不正解なのかは読み取れない。


 これ以上はサメの魔法で攻撃されるだけじゃ済まないかもな……。そんな不安もあったが、グラッドはさらに踏み込む決意をする。


 昔からいる海の魔女。

 サンゴの街を覆うように張られたあの薄い膜は、魔女が作った魔法の一種だという。


 そしてマーメイド達とは違い、地上の人間と同じような足でいること。ウレイラが見せたように魔法で変えていると言われればそれまでだが、元々生まれ持つものとは違う形になることはメリットがなければやる必要がないだろう。


 同じくこの部屋だ。

 なぜ水で満ちていないのか。グラッドを迎えるためにわざわざそうした? いきなり攻撃した相手のためにとは考えづらい。


 だったら、こういうのはどうだろうか。



 メリットがあるからだと。

 その方が生活しやすいからだと。

  

 それらが結びついた時、ある可能性がグラッドの頭に浮かんでいた。ソレを口にするのは多少ためらわれたが、話を進めるために彼はあえて口にすることを選んだ。



「アルサーさん。……あなたは、俺と同じモノなのか?」



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