外伝:吸血鬼の友人が語る、過去の物語①


 城の自室。

 机に向かいながら手紙をしたためていると、外からうるさい妹の声が上層まで聞こえてきた。どうやら不老不死の客人を連れ出してどこかへ出かけようとしているようだ。


 我儘な娘だと嫌われなければよいが。


 窓越しに庭を覗き見れば、そんな心配は杞憂だった。

 ルビィはよく笑っており、それは引っ張られている男も同じだった。そこに負の感情は幾ばくもなく、そこに割って入ろうなどという無粋な者は馬に蹴られてしまうに違いない。


「本当に……よく笑うようになった」


 心からそう感じる。

 以前からすれば考えられない話だろう。あの頃の我らに、未来の自分達がどうなっているかを伝えたとすれば信じられるはずもあるまい。


 それだけ――ルビィは笑えなかった。


 当時の吸血鬼と人間には確執があった。

 決して越えられない壁があった。手を取り合うなどという夢物語は夢にすら存在しないといっていい。


 人と吸血鬼は、それだけの争いを続けていたのだ。

 両者だけではない。吸血鬼同士であっても、派閥が違えば殺し合うのも珍しくはなかった。静かに暮らそうと考える穏健派は少数派で、人間を望むままに屠ろうとする過激派もいた。

 血を求めるのが罪だとしても、化け物と罵られようとも、生きるため手を尽くした者もいた。


 ……我らは少数派だった。

 穏健派として、人間と吸血鬼の架け橋になろうとした家族は消されて、ロクな力も持たないたった二人のハーフの兄妹だけが残されたのだ。


 地獄のような日々。

 いつまでも続く悪夢。


 だが、その先に「あいつ」が居た。


『おいおい、ひどい怪我してるじゃないか』


 人間なのに人間ではない。

 吸血鬼でもない癖に不老不死。

 だというのに、どこまでも人として、誰かの為の騎士としてあろうとする男。


 我らの友。

 唯一無二の親友。

 世界を変えた救世主にして、怨みと呪いの連鎖を断ち切った切っ掛け。


 なによりの恩人。

 忘れもしない。グラッドレイがこの地にもたらした光を。


 ◆◆◆


「ハアアァァ!!」


 放った横一閃が、戦っていた追手の吸血鬼を切り裂いた。

 血飛沫が舞い、相手の胴体が分かれる。


「ぐハァァァ!!?」


 苦悶の表情。

 しかし、吸血鬼はその程度で即死はしない。


「おのれ小僧! 忌むべき半端者がよくもワシの身体を――――」

「黙れ」


 癇に障る言葉を吐き捨てる頭を十以上の破片に刻む。

 これなら再生も出来ない。

 吸血鬼といえど死ぬしかない。


「ぐっ……無駄なことを……。遅かれ早かれお前たちは生まれたことを後悔することとなるの、に」


 怨嗟は途中で途切れた。聞く暇も惜しい。

 今は、先逃がした妹を追わなければならない。しかし、走り出そうとした瞬間に我は膝をついてしまっていた。


「くっ」


 勝ちはしたものの、楽な相手では決してなかった。

 一歩踏み込みを間違えていれば先に死んでいたのは我自身。

 半ば幸運に恵まれたに過ぎない。そして、そんなものは長くは続かない。

 もし同じ力量の相手と出くわしでもしたのならば二度目は無いだろう。


 それでも。

 それでもだ。


 自分よりも争い事に適していないルビィを守らなければならない。


「ぐおぉぉ!!」


 傷ついた体に鞭をいれて、森の中を駆けてゆく。

 落ち合う場所は決まっている。

 父と母がよく話してくれた思い出の場所。


 森の中に佇む大きな木。そこに自然に作られたうろだ。

 だがそこに到着するよりも早くに。


「きゃあああああああ!!?」


 そう離れていない場所から悲鳴が上がった。

 誰よりも耳にしてきたその声の、聞いたこともない声に、最悪の未来が頭をよぎる。


「ルビィ!!」


 枝葉で傷つくこともいとわずに声のした方へ。

 するとそこには、へたりこんでいるルビィに近づく――――槍を持った男がいた。


「きさまあああああ!!」


 敵だ。

 妹を傷つけようとするヤツは許さない。目の前が真っ赤になりながら、全力で男に突撃する。


 全身全霊の一撃。

 だが、ソレはあっけなく受け止められた。


「っとぉ!」

「な!?」


 直後、弾かれた衝撃で我の身体が宙を舞った。

 無様に地べたに叩きつけられて、何度も転がっていく。眼だけは男から離さなかったが、その姿勢には少々の焦りはあれど余裕すら感じられた。


 長年剣を振るってきた剣士としての直感が、全力で訴えてくる。

 今は戦うべきではない相手が目の前に立っていると。


「はぁ……はぁ……」


 再生する余力もなく、先の戦いで負った傷口からどすぐろい血があふれ、腹部を染めた。


 傷が開いたのだ。

 もはやこれまでか……。

 せめて、せめて妹だけでも…………。


「お兄様!」

「る、ルビィ……逃げ……よ」


 息も絶え絶えでは、そう口にするのが精一杯だった。

 気づけば目の前に槍を持った男が立っている。既に必殺の距離だ。


 だというのに、男は槍を突き出す事はなかった。

 代わりに言葉をかけてきたのだ。


「おいおい、ひどい怪我してるじゃないか」

「…………」

「お前、あの子の知り合いか。お兄様って呼ばれてたってことは兄貴か」

「……」


 ついさっき打ち合った。それどころか殺そうとした相手に向かって、男は剣呑な雰囲気なんぞ微塵も発さずにただただ穏やかに話しかけてきた。


 状況が読めないまま我が黙り込んでいると、視界の隅に追手らしき吸血鬼が倒れ伏しているのが見えた。

 見覚えがある、アレは確か過激派貴族――力ある吸血鬼は貴族と呼ぶ――の中でも上位に属するものだったはずだ。その吸血鬼が「信じられない」といった表情で倒れていることが、我には信じられなかった。


「まさか……知り合いだったりするか?」

「……アレは敵だ」


「なら、よかったよ。アイツな、そこの女の子に襲い掛かろうとしてきたんで、危なっかしくてしょうがないから一発入れちまったんだ」


「お、お兄様~~~!」

「ルビィッ」


 恐怖の涙をぼろぼろ流しながらすがりついてくる妹を抱きとめながら、金色の髪を撫でる。


「怪我はないか?」

「……うん。この人が助けてくれたから」

「そうか、それは……良かった。……先程はすまない。どこのどなたかは存じぬがまさか妹を助けてくれる御仁だったとは。感謝の言葉も……」


 頭を下げてから相手の顔と形を確認して、はたと気づいた。

 なんてことだ。


 目の前にいる槍を持った男は『吸血鬼』ではなかったのだ。

 牙も、翼も、吸血鬼ならではの血の匂いも気配もない。

 コレでも腕に覚えのある我の攻撃を受け止めた時点で、勝手に相手を人以外の何か――吸血鬼だと勘違いしていた。


「ああ、そんなに気にするな。たまたま通りかかっただけだし、騎士の端くれとしてはいたいけな女の子を襲う変質者はぶっ飛ばすに限るからな」


「お前は……」

「ん? どうした」


「なぜ、人間がこんな場所にいる」

「迷った」

「なんだと」

「シンプルだろ? そんなことより、よく見なくてもあんたは傷だらけだな、下手くそなりに手当してやる。そこの木のうろまで行くぞ」


「…………」

「お兄様?」


 何が何だか分からないまま、我と妹はその男――グラッドレイの世話になることになった。


 これが出会い。

 お世辞にも良きものとは言えないだろう。

 出会いがしらに殺し合いに発展しかけた者が人間で、仕掛けた側がハーフだったなどと。一体誰が信じられるとゆうのか。


 しかしコレは、間違いなく本当にあった出来事なのだ。

 昔のことゆえ、少々の食い違いはあるかもしれんが、な。


 ◆◆◆



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