第9話 ボイスオブエンジェル

『誰か!!誰か!!!!嫌ああああああ!』


 駆逐艦トラジェディック、大破。


『くそ……なんとかしろよぉおおお!!』


 巡洋艦クリティサイズ、大破。


『お願い!援護して!!!』


 駆逐艦エンバランスド、孤立。


「てめぇ!もう一度言ってみろ!!!」


 空母シェイムレスのブリッジでは長髪の男性が艦長に掴みかかっている。


「む…無理だよ!逃げなきゃ死ぬんだ!!」


「あいつらを見殺しにするってことか!?」


 激昂した男性は艦長を投げ飛ばし、叩きつけるように椅子に座らせた。


「ウィンネス!」


「何かしら?」


「この腰抜けの意見を無視したとして、何か問題はあるか!?」


 ウィンネスは怯えきった艦長の表情を一瞥し、すぐに長髪男性の目を見据えて答える。


「パイロットと艦長といえど、宣誓者同士、基本的に立場は対等よ」


「じゃあこいつの言うことは聞かなくてもいいよなあ?」


「達成すべきは神命。それは指定地点での味方との合流」


「合流地点はここだ。つまり味方がもうすぐ来るんだよな?ここに」


 答えられない内容だったか? 男は一瞬そう考えたが、ウィンネスは含みのある言い方で答える。


「持ちこたえなさい」


 彼はその言葉を聞くと振り返り、そばにいた二人の男性の肩を叩く。どちらも腕にはオースバンドが光る。


「よし!いくぞ!」


 シェイムレスのカタパルトから、3機の戦闘機が飛び立った。


「に…逃げて……」


 艦長が指示をすると、シェイムレスは単艦で離脱を開始する。


『シンデン、あいつほんとに逃げてくぞ』


「構うな。今は目の前の敵だけ見てろ」


 航行不能に追いやられた2隻の味方の艦には複数の戦闘機がまとわりつき、1隻は敵に追われ孤立している。


「ガンバはエンバランスドの援護、マシカクは俺と一緒に来い!」


 推進剤が描く光のラインが激しくうねる。

それを尻目に、シェイムレスは航空母艦たる役目を捨て真逆に進路を取りワープの準備をしている。


「逃げた先に、何もないのよ」


 ウィンネスは寂しげに呟くと、艦から姿を消した。







 セーフタイムの終わりとともに、てん達の艦隊は攻撃を受けていた。

第一波、カニ戦闘機群。第二波は6隻のザリガニからなる艦隊。これを各艦の連携で対応していた。


「インディサイシブ、敵艦撃破。残存する敵艦は残り3です」


『てんちゃん、MAGはいける?』


「いけます」


『カニと同じでこのザリガニも動きは単調だ! 全部こっちに追いかけてきてる。頼むぞ!』


 ハシモットーの船に敵艦が迫る。インディサイシブは機動を駆使して相手と距離を取りつつ引き付けてくれている。

 ロストコーズがそれとすれ違うようなコースを取り、敵艦と肉薄した瞬間に艦砲射撃を浴びせる。

3隻のうちの1隻がシールドを打ち消された上で被弾し速度を落とす。


 胴体から火を吹いているザリガニは両の爪が開き、中から計4匹のカニが姿を見せる。戦闘機を発進させる気だ。だがロストコーズは既に反転し、側面から艦砲射撃を浴びせ続けザリガニごと宇宙から消し去った。


「コース維持お願いします」


『了解っ!』


 インディサイシブはシールド出力にジェネレーターの出力を回し、被弾に備える。

機動を中止し、直線的な動きで回避行動を取り始める。敵艦はなおも追跡を続けている。


「撃って!」


 てんが指示するとナローアレイの砲撃手はMAGを発射、その弾丸は敵艦の1隻を貫いて真っ二つにへし折った。


『残り1隻、やろう!』


 各艦、最後の敵艦に攻撃を集中、撃沈。周辺の敵影はこれでゼロになった。


「残敵なし。ワープアウトの兆候や余波もありません」


 デルの報告がてんをひとまず安心させる。


「よかった、なんとかなったね」


 横にいたおやつに声をかけるが、彼女にとっては初めてのこの世界での戦闘だったこともあり緊張と恐怖から硬直していた。


「損害報告を」


「本艦損害は無し。情報共有を行いましたが各艦共に無傷です、また、全ての艦のワープドライブの機能が回復しています」


 ワープが使用できるなら、合流地点はもう目と鼻の先。

通常航行で歩みを進めていたがここにきて一気にゴールに近づいた。


『みんな、おつかれ!』


 せりなの通信が入る。


「無事で何よりです」


『ハラハラしたぜ。うまいことやってくれて助かった』


 皆笑顔で称え合う。即席チームの初勝利だ。


『ワープドライブが使えるようになったみたいだけど間違いない?』


「はい。もういつでも跳べるみたいです」


 艦の準備完了。ならばあとは皆の気持ちだけだ。


「少し良いかしら?」


 そこにウィンネスが割って入る。意図的にそうしているのか、表情からは何も読み取れない。


「神命の遂行を優先なさい」


 唐突に、まるでロボットのような口調で促す。


『神命って、今すぐワープしろってことか?』


『少し落ち着いてからのほうが……クルーのみんなも疲れが——』


「合流地点へ向かいなさい」


 答えず、遮る。


「……」


「それが今大事なこと、なんだね?」


 ウィンネスはこれまでも何度も言えない、言えない、といいつつ様々なヒント、時にはほぼ解答ではと思ってしまうような反応を見せながら案内をしてくれていた。

 まだ過ごした時間は短いものの、今のこの態度はかなり重要な事を伝えようとしているのだと、てんは理解した。


「合流地点でなにかあった」


「……」


「急がなければいけないなにか」


「……」


「誰かが僕たちの助けが必要としてる」


 ウィンネスの目を見て、てんはゆっくり呟いていく。

否定も、反応もしない。


「せりなさん!ハシさん! すぐに合流地点にワープしましょう!」


『わかった! すぐに取り掛かるね』


『了解だ。一休みしたいとこだったがしかたねえや』


 ワープインの可能な空間の選定、各艦のドライブの調整、各種計算が行われワープの準備が整う。


「……気をつけなさい」


「うん」


 ウィンネスは、ただ一言、警告を発する。

嵐の予感を感じながら、艦隊は一路目標地点へ飛び込んでいく。







「ガンバぁ!まだ終わらないのか!!」


 長髪の男、シンデンは通信機に向かって声を荒げるが返答はない。ただ、僚機の反応自体は生きている。


「くっそ!マシカク、ここは俺だけでいいからガンバの援護にいけ!エンバランスドが落とされたらどっちにしろ終わりだ!」 

 

 トラジェディックもクリティサイズも船体こそまだ無事だが損傷が激しく傍目にはもう航行は出来ない。無事な船が1隻でもなければ、ここを切り抜けられたとしても両艦の生存者の収容が行えないし、自分たちも戦闘機から降りられない。帰る場所がなくなるのだ。


 2隻の航行不能艦を取り巻いていた戦闘機群は片付けたものの、続けざまに増援が現れ続けている。

後方で不気味に旋回している、大きな船体の中心に下部に6本の足のようなものが生えた、奇妙な形をした艦が不規則ながら無尽蔵にカニを吐き出し続けているためだ。


『いいのか!?次はさっきより多いぞ!!』


「いいからいけ!」


 シンデンは機のスロットルを全開にし進行してくる敵群体にまっすぐ突撃する。

無謀からではなく、敵がまばらに前進してくるうちに距離を詰め、少数づつ撃破するためだ。


 目の前に3機、向こうも一直線にこちらへ飛んでくる。


「ほら、かかってこいよ」


 敵機が攻撃を開始するとシンデンはバレルロールの機動を取る。

飛んでくるビームを避けつつ敵機に照準を合わせ、すれ違いざまに機銃で2機を仕留めた。そしてすぐにターンに移行して、逃した1機も片付ける。


 機体を旋回させ、次の敵群に目星をつける。また3機、接近してきている。少し離れた位置にまた3機。そしてその先にまた3機。

単調な動き、3機編隊を逐次投入、まるで思考を感じられない戦い方だ。落ち着いて素早く対処すれば、なんとかできそうだが、それも長く続けばいつかは限界を迎えるだろう。さらに、相手がこの戦術を変えてしまえば今まで通り簡単に処理することが難しくなる。


 同様に敵を迎え撃ち、瞬く間に3機を撃墜。いい調子だ。推進剤はまだある。弾薬も節約しているからまだ後少しは戦える。


 ふと、遠方に構えていたタコのような艦に異変を感じる。


「おい、マジかよ」


 確認すると、タコ足のようなものが分離しそれぞれが艦として動き始めているのがわかった。戦闘機ではなく艦だ。


『シンデン、遅れて悪い!こっちはなんとかなった!』


 ガンバから通信が入る。エンバランスドは無事救出できたようだ。


「ならさっさとエンバランスドにみんな収容させろ!んで、お前はマシカクと一緒にそのまま護衛だ!」


『そっちはいいのか!?どうみてもやべえだろ!!』


「今更どうにもなんねえ。来るんじゃねえぞ」


 後方の味方艦までの距離、前方から進行してくる敵戦闘機までの距離、そして進軍を始めた敵艦がこちらに到達するまで距離、表示されているデータを流し見しただけでも、退避に十分な時間は得られそうにないことは明らかだった。


 戻るか?いや、追いつかれて全滅。さっきのようにまずは戦闘機を片付けて……だがすぐに到達するであろう敵艦隊と対艦戦闘を満足に行えるほどの余力も無いしそもそも一人では無理だ。数が足りない。


「なんだよ、もう終わりかよ」


 意外なほど冷静だった。いや、現実感がなく、受け入れがまだできていないだけなのかもしれない。


『シンデン!戻れ!』


「いいか、収容が出来たら急いで逃げろ」


 シンデンの機体は敵に向かっていった。3機の戦闘機と機動戦を繰り広げ、全機撃墜。

次に来る3機が丁度追いつき、不利な体勢を突かれてそのまま格闘戦に移行する。


『退避準備が出来た!!戻れシンデン!!』


——ああ、ミッション達成じゃねえか。だけどステージが終わらねえな……


 食らいついてくるカニを一匹、また一匹と捌く。だが時間切れのようだ。

敵の艦隊はシンデンの機体をもうすぐに射程に捉えられる位置にまで接近。攻撃は秒読みだ。


「畜生、俺も逃げりゃよかったな」


 レーダーの反応を見て、自嘲気味に呟く。


「でも、あなたは逃げなかった、でしょ?」


 狭いコックピットの中に、いつの間にかウィンネスがいた。


「うぉっ!?おま……!?」


「御覧なさい」


 ウィンネスが指差す方向に閃光が走る。光の中から、3隻の船が現れた。


「ウィンネス、お前のことが天使みたいに見えるぜ」


「いいえ。あなたにとっての天使は彼らよ」


 シンデン達へ向けて、艦隊から通信が入る。


『こちらナローアレイ艦長の美那星 てんです! 援護します! 誰か答えられる人がいたら状況を教えてください!』


 通信機から流れてくる救援の報に、シンデンの心に再度火が灯る。


「ああ、確かに、まるで天使みてえな声だ」

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