第8話 ビフォアザストーム

 巡洋艦ロストコーズ、久納宮 せりなが艦長となった船の名だ。

敵襲の恐れがない今のうちに直接顔を合わせつつ、情報の共有や今後の方針を決めていきたいというせりなの発案からこの艦での会合が決定し。せりな、てんとおやつ、ハシモットーが一堂に介している。


「いま、目標宙域までの航行は通常航行。ワープドライブは原因不明のトラブルで使用不能状態、と」


「こちらも一緒です」


「同じく」


 いずれの艦もワープは使用できない状態。


「それに関しては説明できるわ。一定時間が経過するまで全てのワープドライブが使用できないようにな仕組みが作られているの」


 ウィンネスが情報を開示してくれる。


「それはいつまでかわかったり?」


「そこまでは言えないわね」


 駄目だったようだ。だがウィンネスから与えられた情報を総合すると、そう遠くない時点でワープは解禁されるとせりなは予想する。

 現在攻撃の心配が無い、ワープが使用できない、これらは恐らく関係がある。理由は何にせよ、セーフタイムの終わりは少しづつ近づいている。


「戦闘のデータを持ってきたので共有しますね」


 てんの持参したデータが立体映像で映し出される。例のカニ型戦闘機だ。

戦闘時に判明した敵の武装や防御能力などの解析情報も詳細に表示される。


「俺も目覚めたらこいつらに襲われたよ」


 ハシモットーもデータ共有をする。同じ敵のデータだ。彼のも転移直後にカニ型戦闘機から攻撃を受けていたようだ。彼の船、駆逐艦インディサイシブから提供されたデータからは撃破した敵戦闘機数が6であること、敵編隊の動きなどが見て取れる。


「私も目覚めてすぐ同じカニみたいなやつに襲われた。数も同じ」


 3隻の船はいずれも同じ敵、同じ数で攻撃を受けた。順当に考えれば、誰もがこの世界最初に受ける洗礼、試練のようなものだと思える。だが、ここには例外が一人いた。


「私は、てんちゃんの船で目覚めたから……こいつら知らない」


 おやつに関しては、てんが敵機を全機撃墜した後にてんの船の中に現れている。正確には、ウィンネスが「一人付ける」と寄越してきた形だが。

 対してせりなとハシモットーの船に宣誓者はひとりきりである。


「なんで私は船がないの?」


 おやつはウィンネスに問いかける。


「さぁ?どうしてでしょうね。私はあなたに乗機が無いようだったからあの船に飛ばしただけよ」


「そっか」


 わからないことや、ウィンネスが答えられないことをあれこれ考察しても仕方がない。今は、確実な話を進めるべきである。


「敵のことを知りましょう。ウィンネス、まだ宣誓者同士の戦闘は起きていないのよね?」


「ええ。というより、はじめはそうならないよう調整されているの」


「ということは、このカニみたいなのはなに?」


 ウィンネスは口元でばってんを作る。

てんは解析データをくまなくチェックし、気になる点を口に出していく。


「無人機、遠隔操縦とかでもなく、そもそも操縦席がないタイプ……武装も2門の粒子砲だけで出力もそこまで高くない。機体にはエネルギーシールドすら装備されてない……」


「ユニットクラスで言えばファーストレベルかこいつら。弱いわけだ」


 SMOの戦闘機ユニットは世代ごとにファースト、セカンド、サードでクラス分けされている。

ファーストはその名の通り第一世代相当で、宇宙空間での高機動戦闘が「できる」程度の性能だ。


「低いコストで大量に用意できて、適当に使い潰せる、そんな感じの……」


「ゲームで言うザコ敵?」


 せりなの言葉に被せるような形でおやつが言う。


「うん、それ、しっくりくるね」


 てんも同意すると、おやつはニコッと笑顔で返す。


「仮にこれがザコだとすると、何かの目的でこれを送り出してるボスキャラがいる……ってこと?」


 せりなの問いにウィンネスは先程と同じ用に口元でばってんを作っているが、片目だけ閉じてウインクのような仕草をした。

 

「勢力は6つあるんだっけか?そのうちの一つなのかねえ」


 βテスト内でも勢力争いはあったが、6つも勢力があったような記憶はない。

基本的には、てん達が今所属しているORCA《オルカ》星間同盟、そしてエンフェルノ連邦とハーヴェスターリージョン、この3つの陣営だけが大勢力と呼ばれており、これらと比肩するような規模のアライアンスは誰も心当たりがない。


「あのカニ、SMOの時にはザリガニもいたけど……どっちも見たことのない敵でしたよね」


「ああ。おまけにあんなデザインセンスの造船企業は無かったはずだし、仮にあったとしてもそんな兵器を採用してる陣営もなかったと思う」


 SMOの知識がそのまま通用するという前提ならば、3つ未知の陣営がある。そのうちの1つが、このカニ達を送り出している。そう考えるのが妥当な状況。


「どの船も戦闘機はないんだっけ?」


「はい。ただ格納庫があるので搭載は出来るみたいです」


「うちの駆逐艦は戦闘機の格納庫自体が無かった」


 敵の数が少なく、個々の能力が低いうえ動きもワンパターン。それ故に今回は撃破が容易ではあった。だが本来のSMOの戦闘難度とかけ離れた手応えのなさは、間違いなくそれが手加減か、それに近いなにかだと感じさせる。


「今回はなんとかなったけど、こっちも戦闘機が必要になってくるわね」


 3隻の船、いずれも艦載機がない。いずれも艦自体の機動や兵装は申し分なく戦闘能力は十分。だがいざ戦闘となったとき、敵に攻撃機を多数展開されるとなると話は違ってくる


「あの、能力確認したら戦闘機適正があったから……もしかしたら私……」


「その適正というのはポジションやユニットに配置された時に能力の底上げをしてくれるという意味、乗りこなせるというわけではないわ」


 おやつが挙手して話し始めたのをウィンネスが遮る。


「ね、あなた、戦闘機の操縦は得意なの?」


「……乗ったことない」


 確かに能力には心当たりのないものが含まれていた。

てんの場合、艦長適性、指揮官適正、操船適正、など、SMOで使っていたレイヤーキャラクターの能力や自分が得意としていた分野と噛み合う部分が多い、だが交渉適正や生産適正など、やったことなければおおよそ自分に合っているとは思えないものが混じっていたのだ。

 オマケにユニークスキルなんていう格好のいい響きの欄には、「アリス・イン・ワンダーランド・シンドローム」と書かれている。


——疾患名じゃんか!!!!


 自室で一人で確認した際、思わず声を出してしまったくらいだ。


「そう。皆もその点は留意しなさい。あくまでそれは……あなた達にわかりやすく言うとバフね。指揮官の適正を持ってるからといって指揮官の才能があるわけではないの。あなたの指揮下にある艦の乗員だったり、部隊の隊員の能力を底上げしてくれるだけ。まぁ、それも凄いことなのではあるけれど」


「仮に乗るとしても、練習してからじゃないと駄目なんだね」


 その後も情報共有、今後の方針やお互いの能力の確認などを済ませ、一段落つく。


「じゃあ、これでいいかな」


「ああ」


「はい!」


「はい。戻って備えます」


 解散の雰囲気だ。


「あなた達、それで終わり?」


 ウィンネスが声をかけ、皆固まる。なにか忘れていただろうか。

彼女はため息をついて視線を横に向けると、そこにホロディスプレイが現れ艦内の配置図を映し出した。

 そして指をすいっと動かして、それをせりなの眼前に図面を持ってくる。配置図は食堂の部分が赤くマーキングされている。


「そっか、私……そんなこともすっかり忘れてて……」


 そういえば、ここにきてまだ何も食べてない。


「皆もそうよ」


 せりなはその気遣いに礼を言おうとするも、すぐにウィンネスは消えてしまった。







 テーブルに並んでいるのは、色とりどりのペーストやビスケットのようなものが乗ったトレーに、赤褐色の液体が入ったスープポットのようなもの。


「とても美味そうには見えないなぁ……」


 ハシモットーがスプーンで黄色いペーストをすくって匂いを嗅ぐ。


「ハシさん行儀悪いよー」


 おやつは同じくペーストをすくい上げ、躊躇うことなく口に運んだ。


「どう?美味い?」


「んー、これあれだよ。オムレツ?たぶんそう。食感アレだけど味はいいよ」


 せりなもてんも、おやつが平気そうに食べるのを見て安心し同じように食べ進める。


「んー、二人も私に毒見させてから食べるつもりだったんだ」


「そんなことないよ……あはは」


「そうそう!どれから食べようか悩んでたの!」


 ハシモットーが恐る恐るスープを啜る。


「お!これ味噌ラーメンのスープみたいな味するぞ!」


「味噌汁じゃなくて味噌ラーメン?」


「おう、味噌ラーメンの味」


 てんも口をつける。すぐ飲み込まずに味わってみると、確かにインスタント麺で馴染みのある味噌ラーメンとよく似た味がした。


「あ、これ好きかも」


 知り合って間もないし、顔を合わせるのはこれが初めて。だが皆配信者だ。

見たことのない食べ物という最高の話の題材を皆で囲んでいるため、自然と話が弾む。


 セーフタイムの解除はもうすぐ。これは最後かもしれない、最初の団らん。


——願わくばこれから巻き起こる嵐の航海を、皆が乗り越えられますように。

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