合同チーム?
そのころ金井は午後の職員会議を終えて校長室でブラックコーヒーを飲んでいた。古艶が美しいデスクの上には最近発行されたスポーツ週刊誌が置かれている。
『高校野球特集 夏の甲子園連覇を狙う花咲徳栄高校の意識改革』
大きなキャッチコピーとともに甲子園のグラウンドを蹂躙する選手の姿が掲げられていた。
『強豪ひしめく埼玉県を制し全国の強豪を打ち破った花咲徳栄高校。ワンプレーに対する揺るぎない精神力は日々の練習の高い意識で養われていた』
何度も見た見出しに目をやりつつも、そもそもレベルの高い選手を県内外から集めている強豪校の躍進はうちのような総合学科の高校と比較するまでもないことは分かっていた。
それにしても、金井は神妙な面持ちになる。高校野球という監督が絶対主義の態勢の中でどうしたら個々の意識を高めることが出来たのだろうか。背景には選手一人ひとりが自ら考えて行動する力を養わせるために、あえて執拗な指導は控えて自主創造を促しているというが、そんなことが実際可能なのだろうか。まだ右も左も分からない高校生に大人でも難しいことを要求することは。
しかし、だからこそ我が校も、この意識の高さを見習わなければいけない。
金井は次のページを開こうとしたときドアにノックの音がした。
「はい、どうぞ」
「校長先生、いったいどういうことなんですか」
現れたのはユニフォームを着た康太だった。
野球部員が二人しかいないなんて聞いてないですよ。そう伝えただけで康太は口ごもってしまった。顔には大量の汗を浮かべ神妙な面持ちで金井を見つめる。
「まぁ菱田くん、落ち着いて今お茶出すから」
金井は右手でソファーを指し示し、校長室と隣接している事務室の冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出してソファーに座る康太に手渡した。背筋をぴんと伸ばした康太はスポーツドリンクを一気に半分ほど飲み干すと、そのまましばらく黙って金井を見つめた。二重瞼をぐっと見開いて威圧するように。
「菱田くん、そんな怖い顔しないで」
「先生、二人しかいない野球部がどうやって夏の大会に出場するんですか」
「まぁまぁ落ち着いて、そうだ菱田くん石坂先生からいろいろ聞いているよ。君は選手だったころ誰もが認める努力家だったそうだね」
苦し紛れにふとなにかを思い出したような表情で金井が身を乗り出した。
「だったらなんですか、それでもレギュラーになれなかった僕に何が言いたいんですか」
すぐに康太は返答した。その件に触れられることを恐れていたように。
「いや、これは嫌みとかではなくて、困ったな。でもその原因はケガなんだろう」
「ケガも実力のうちですよ。僕には才能がなかったそれだけです」
「才能か……、そう片づけられるものではないと思うが」
金井は腑に落ちないものがあるような口調で声を沈めた。
暗闇迫る窓の外から部活終わりの生徒の賑わいが伝わってくる。
「ともかく部員二人じゃ、野球にもなりません。監督は引き受けるつもりでしたが、試合に出られないのではまるで時間の無駄です」
康太が手の平で額の汗を拭いながら言った。
「いや、試合には出場できる」
「はい?」
康太は拍子抜けする声をもらした。
「合同チームだよ菱田くん。聞いたことないかね?」
「合同チームですか」
金井は頷いてこの地域一帯が描かれた地図を持ってきて康太の前で開いた。
「半径二キロ圏内にうちを含めた三校の高校がある。その三校の野球部員は合わせるとちょうど九人になるんだよ。だから私が先頭に立って今回の夏の大会限定の三校合同チームを作った。明日君にも紹介するよ」
「でしたら、なおさら僕ではなく監督は校長先生がやられるべきでは?」
「私ではあの子たちを勝たせることは出来ない」
金井はむきになって早口で言った。あまりに突然だったので康太も思わず口をつむる。
「私はね菱田くん。ただあの二人を三年間の内に一度でいいから勝たせてあげたいんだ。去年の夏、試合に出場できなくとも頑張って続けた二人にどうしても」
一気にまくし立てた金井の言葉には熱意が込められていた。それは康太にも感じることが出来た。
「しかし、合同チームとなると練習時間の確保とか大変です。僕が監督になったからって必ず勝てるとは約束できません」
「それなら協定書にサインはできない」
おいおい。
金井の真剣な表情を終始冷ややかな目で見つめる康太は最後の最後でめんどくさいことに首を突っ込んだと後悔の念を浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます