ロードサイドダイナー
湖上比恋乃
第1話 ココ(お題:むかしばなし)
いらっしゃい、ロードサイドダイナーへようこそ。お客さん、この店は初めてかい。時間の許す限りゆっくりしていきな。といってもこの通り、スタッフは俺一人だし、しかも首だけだ。話し相手になれるだけだが、それで十分だって他の客は言ってくれる。旅の相棒はいないか寝てるかっていうのに他の車とすれ違うこともほとんどない、店もなんにもない(ここ以外、な)ただひたすらまっすぐ走るだけの道だからな。そこに一軒店がありゃあ、立ち寄りたくなるってもんだ。料理はなんにも出せないが、少なくとも何時間ぶりかの話し相手がつかまる。ご覧の通りの首だけでいいってんなら、いくらでも話していきな。
「首、だけ?」
「ああそうとも。不満か?」
スカーフを巻いた男の首から上だけが、カウンターに置かれている。
「不満とかそういう問題じゃなさそうなんだけど」
転がるように店に入ってきた女は、ボサボサの髪の隙間からのぞく目を眇めた。ジーンズにティーシャツ姿で、着ている服以外の持ち物はないようだ。全身がほこりっぽく、目は落ち窪み、唇は縦皺が目立っていた。
「そういやあんた、車は? 見当たらないけど」
生首の男は目だけを動かして窓の外をうかがうようにする。女は「さあね」とだけ答えて、しゃべる首から一番離れたカウンター席に腰掛けた。ギ、と音が響いた。
「そっちに座られると俺から顔が見えないんだが。もっとこっちへ来なよ」
「ちょっと静かにして。寝たいの」
「なるほどね。そういう客も確かにいるな。俺と話すのもいいが、旅の」「静かに!」
カウンターに置いた腕に額を乗せたまま声を荒げた。くぐもったそれには疲れがにじんでいる。男は眉を高く上げたあとはまぶたを下ろして黙っていた。よく晴れた、風のない穏やかな日だった。
「まるで昨日のことのように思い出せるよ」
「そう? 私はずいぶん昔だった気もするけど」
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