交通の要デンタル

 俺とアンヌは風呂につかりながら岩を挟んで反対側に座り込んでおり、そんな中でアンヌは先ほどと同じ音量ではっきりと断った。


「私は反対! 絶対にダメ! さっき話したでしょ? 拷問よ」

「お前が捕まるんじゃない。俺が捕まればいい。お前が助け出せばいいわけだしな。お前が俺の居場所を分かるように仕組めば敵の拠点はすぐに割れる。問題は戦力だ。お前ひとりだと不安だし、教会がどの程度浸透しているのか分からない」

「そういう問題じゃないわ! 貴方でもダメ!」

「…じゃあどうする? この状況を打開する策があるか? ここで考えこめば考え込むほど被害で出るぞ」


 アンヌの声の音量が小さく萎んでいくのを俺はあえて無視し、さっさと話を進めることにした。

 どうせ反論する材料があるわけじゃないから黙っているわけだし。


「何かないか? まあ最悪は教会に頼るしかないけど…正直に言えば俺は無制限の魔力を持ってはいても術式を知っているわけじゃないから魔術での戦いを期待されても困る」

「……教会を頼りましょう」

「良いのか? 最悪の可能性を考えるんじゃなかったか?」

「考えたわ。最悪の可能性はあなたが捕まって更に被害が増えることよ。そして、それをデメリットに入れないと解決する方法がないのも事実よ。認めるわ。でも、いざとなったら私は自分が捕まっても貴方を絶対に助ける。だから、その時は逃げて」

「約束を守ると?」

「じゃあこの作戦は無し。絶対に協力しない。良い!? 絶対よ!」

「……分かった。で? 教会に頼るとしてもどうするんだ?」

「最高司祭はお二人いる。正直に言えば多分そのうちの一人は多分黒。だいぶ前から教会内で派閥争いが酷くなっていると聞いているの。貴方は両方とも会ったことあるわよね?」


 一人は凄い偉そうで傲慢そうな背の高い男で名前は『ドライ最高司祭』という名前だったはずだし、もう一人は背の低い大人しく凄い良い人ってイメージがある『アルノ最高司祭』だったはずだが。

 では、彼女はどっちを言っているのだろうか?


「これは私に任せて。貴方より教会の事は詳しいの。多分こっちという人が居るから。賭けだけど。問題はこの作戦を実行すると、世間体には貴方が生きていることが分かるということよ。普段以上に貴方は各方面から色々と探りを入れられる」

「それは問題にはならないな。どうせ隠れたいとは思わない。変わっても俺の本質は変わらない。人助けが最優先だ。これが人の為になるのなら」

「なら良いけど。じゃあ。此処からバスと電車で丸一日掛かるデンタルという町に行きましょう。そこに私がこの人だという最高司祭と繋がっている人がいる。多分事情を説明すれば理解してもらえるはずよ。あとは戦力だけど。教会だけじゃ心もとないわね」


 考え始めた時俺の脳裏に一人のお姉口調のオジサンの顔を思い浮かべて吐き気を覚えた。

 良い人なんだけどな…まあいいや。


「それは俺に手がかりがある。デンタルなら居るだろうし。お前が教会に顔を出している間に俺も手を打つ。その人と一緒に教会に行くからその後詳細な救出作戦と一網打尽の作戦を立てよう」

「分かった…でも約束して。此処で。もう一度。絶対に無茶しないって」


 俺は盛大なため息を吐き出してから約束する。

 絶対にしない。



 翌日俺たちは村人に見送られる中素早く村を出ると、アンヌが「魔力があるなら瞬間移動術が使えるはず」と言われ、知っている術を教えてくれることになった。

 村から離れること一時間、近くにある山の麓、人っ気が無く同時に誰も絶対に居ないことをアンヌと俺でしっかりと確認してから術式を唱える。


「エルビア・デンタル・リリース!」


 アンヌは俺の左腕をしっかり掴み、俺は右腕を真上へと持ち上げてから唱えた術式によって体が浮かび上がり吹っ飛んでいくのが体全体で分かった。

 瞬間移動というより高速移動のような気がするが、速さが段違いで乗り物を乗り継いでも約一日掛かる場所を五秒で到着できた。

 体全体が到着する寸前でフワッと浮かび上がりそのままあっという間に着地。


「本来は一回使うだけで魔力の半分を使う術らしいけど、流石無制限の魔力の持ち主ね。全く疲れる素振りなし」

「疲れていないものを装うのはおかしいと思いますが? で。此処からは別行動だが…教会の近くまで行ったほうが良いのか?」

「いや…止めておきましょう。貴方は威圧を持っているから下手をすれば中にいる司祭にバレるかもしれない。敵がとにかく怪しい奴が居たら報告しろとか命令していたら厄介だし。私が一人で行くわ。こそこそ隠れて入って司祭だけに会うだけなら出来るから」

「分かった。なら俺は先に知り合いに会うよ。町に入る前に別れたほうが良いだろう。俺の所為でお前がバレる事態だけは避けたほうが良い」

「そうですね。では先に行きます。バレないように街に入りたいですから」



 大きな壁に隔てられているデンタルという町はこの中央大陸ので三番目に大きな都市であり、デンタルの総人口は大体五百万ほどで大都市である残りの都市と比べると少々心許ないが、それでも狭い谷間に作られたこの都市は狭い場所に作られたというだけあって基本縦に街づくりがされている。

 階段が多く作られており、近代化の影響もあって最近は町中にエスカレーターやエレベーターも設置されつつあるらしい。

 そもそもこのデンタルの歴史を紐解けば、ここは交通の要所だったようで、南に行けば大国である『バラミシア』があるし、北に行けば多くの小国が無数に存在しているため、北から南にかけて伸びる大きな谷間の中間地点にこのデンタルが出来た。

 要するに宿場町だったこのデンタルが多くの商人や役人が行き来を繰り返していく間に大きく変貌していくのだが、同時に秩序が崩壊しつつあった時期があり、その時に街の統一に名乗りを上げた組織が二つ。

 教会とディフェンダーと呼ばれる世界中で活動する人々の生活と安寧を守ることを信念とする組織が町の統一に乗り出したのだ。


 俺が訪れているのはそのディフェンダーのデンタル本店。


 玄関は北から南にかけて大きく伸びている大通りであるデンタル大通りの北より、西側に拠点を設けっている六階建ての少々古い金属の建物にそれがある。

 ディフェンダーの紋様である人の横顔の影絵と盾のマーク、それをはっきりと確認してから玄関を片手で開く。

 開くと同時に『カラン』というベルの鳴る音が店内に響き渡り、そして体面で何やら掃除をしているガタイの良い男性の背中が見えた。


「いらっしゃい。依頼かしら? それともディフェンダーへの加入かしら?」

「どちらかと言えば依頼だな。それにディフェンダーへは入らないって二年前に言わなかったけ?」

「? どちら様…」


 言われている意味が良く分からなかったようで、お姉口調の男は俺の方へと振り返る。

 伸ばした髭面と厳つい表情がお姉口調とのギャップを生み出しているが、正直に言えば慣れた。

 しかし、流石に俺は分からないだろうなぁ~と思っているとにっこりと笑顔を作り出してウィルスは俺の名を呼ぶ。


「全く。常識のない子だね。生きていたなら一言言ってくれればいいのに。ジャック君」

「上着を着て勇者の刻印は見えていないはずだし、どうやって理解したのか教えてくれる?」

「おや? 大きくなって性格まで若干ワイルドさが出たかしら? まあ、その辺は私の直感よ! で? 依頼って?」


 俺は「ああ」と言って中へと入っていき、一室の端っこに隠れられる席へと向かい事の詳細をしっかりと話した。


「なるほど…最近このあたり一帯で失踪騒ぎが起きているって分かっていたけど、そんなことになっていたとはね。でも、その可愛いアンヌちゃんも見てみたいわ」

「良いけど。お前知らないって分かっているよな?」

「でも、遠くから見たことあるわ。興味がある話よね。魔力などを抽出してどうするつもりなのかしら? それに聖女を狙ったという理由も良く分からないわ。でも、最高司祭のどちらかがこの事態を仕組み、どちらかが解決しようとしているというのは本当の事でしょうね」


 やけにはっきりと言い切る。


「ジャック君は騎士団って聞いたことある?」

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