元勇者の後悔

 先ほどまでの大騒ぎが嘘のように静まり返る村の中心、小さい椅子に座る小柄な少女になってしまったアンヌ、周囲では次第にひそひそ話が始まる。

 内容は「嘘だろ?」とか「あれがアンヌ様?」という信じられないというアクション、次第に語る彼女の話を聞いていくうちに更に絶句していく一同。


 アンヌの話を要約するとこういう事らしい。


 事の発端は今から一週間前、聖女として各ダンジョンと呼ばれる天然の魔物の巣窟の封印作業中の呼び出しだったそうだ。

 聖女は下位から中位までのダンジョンの封印を行い、それが仕事の半分でもある。

 五人いる聖女の内四人と連絡が取れなくなったという報告を聞いたアンヌ、教会で下位ダンジョンの洞窟へと向かったところ、そのダンジョンには生息していない炎属性のドラゴンに襲われたという。

 無論閃光というアビリティを持つ彼女が油断していたとしても本来なら苦戦こそすれ倒せない敵ではないはずだが、そのダンジョンに大きな声が響き渡りその声を聴いているうちに後ろから頭部へのダメージを受けて気絶したそうだ。

 大柄の彼女ではあるがしかし、聖女であるがゆえに基本軽装で頭部には何も装備していないから頭部にダメージを受けるとあっさり気絶したりする。

 本来は頭部へのダメージを警戒しているから周囲の男を聞き分けるアビリティを持っているはずだが、アンヌ曰く『完全隠蔽』のアビリティを持っていたと思うと発言。

 音も姿も消すアビリティ。

 目を覚ました時には牢獄の中で武器も服も奪われ、アビリティも封じられていた時彼女の身長を抽出されてしまったそうだ。

 次第に小柄になっていく体に恐怖を覚える中、それでも小柄になったことで拘束から解放されアビリティを行使可能になったことで脱出、途中で武器と服だけでも取り戻した時、それを見てしまった。

 豪華な服を着ている厳つい髭面の大男と話をしている司祭の一人であるアドレー司祭の肥った姿を。

 何やら怪しげな会話をしており、会話内容を微かに盗聴すると『抽出のテスト』だとか『神々の加護には聞かない』などという単語がはっきりと聞こえてきた。


 神々の加護には聞かなかったが、聖女の加護には通用したようで、アビリティこそ奪われなかったが、それでも身長は奪われてしまったとのこと。

 そもそも固有アビリティやジョブ専用アビリティを奪うという発想自体聞いたことがない。


「奪ってどうするつもりだったのかは分かりませんでしたが…あの様子何やら怪しい実験をしているようでした」

「抽出ってどのくらい出来るものなんだ?」

「話を掻い摘んで聞いている感じだと固有は出来ないとはっきりと言われていましたね。流石にそれだけは出来なかったようで、でもそれ以外は抽出が出来るものとできないものがあるようです。最もアビリティの場合は取り出すのではなくコピーすることしかできないと言っていました」

「コピーしてコピーした能力を抽出する? アビリティは魂に刻まれるという特性上できないということか…でも身長は別か?」

「ええ。最も神々の加護でテストしたときは劣化したアビリティしか抽出できないのでそれは事実上不可能と同じ意味なのでしょう。最も神々の加護では身長も抽出できなかったと聞いています」

「だから事実上の意味を持たないということになる。というかそれなら神々の加護を持っている人間で試したということにならないか?」

「そのようです。同時に何やら怪しい薬の実験もしていましたし…それこそヤバそうなクスリでしたね。真っ赤な錠剤でした。飲んでいるところや効能までは分かりませんでしたが、これも教会の知識あればでしょう」


 聞けば聞くほどヤバそうな話だが、クスリと抽出のテストか…そんなものを抽出して何をするつもりなのかということになる。

 ていうか裸で監禁っていやらしいことでもされているんじゃなかろうか?

 そう思って聞いていると、どうやら司祭自身が「手を出すな」と言われていたようで、それを悔やむ兵士達の声が聞こえてきたから間違いがない。

 フム…手を出されると困るのか?

 よくわからない。


「しかし、神々の加護なんてそんなに数いるか?」

「そこそこは居ますよ。神々の加護は一億人に一人の割合で生まれてきますから。割合だけで言えば六十人は居る計算ですよ。実際教会が把握しているだけで貴方を含めて二十は居ます」

「しかし、聖女様。これからどうなさる御つもりですか? 話を聞く限り教会に訴えることもできないですし、このままだと被害が増えるばかりでは?」

「ええ。だから邪神討伐前に勇者に乗り出してもらおうと思ったのです。ですが、まだ教会が貴方の生存を知らないならむしろ好都合です!」


 元気よく椅子の上に立つアンヌ、背が小柄だからそれでも俺より低い姿で胸を張るアンヌは可愛い。

 あのデカブツを可愛いと思う日がやってくるとは思わなかったが、この話には問題があることに気が付いていない。

 もしかして幼くなったことで馬鹿になったわけじゃなかろうか?


「問題がある。俺はもう勇者じゃない。ましてや聖術はまるで使えず、魔術は知らないので行使も出来ない。剣術だけで勝てる相手とは思えない。教会の手助けなしに司祭の暴走を、しかもまだ裏に何人いるのかすら分からないほどに不明な状況、それを二人だけで解決できると?」

「そ、それは…」

「しかも、この状況だとお前は追われていて、俺が生きているとバレれば俺も追われる。教会本部に戻っても最高司祭が黒幕なら意味は無いだろう?」

「それはあり得ません! 最高司祭が黒幕ならもはや…教会全てが…」


 椅子に座りなおすアンヌ、やはり背が縮んで性格まで幼くなっているようだ。

 記憶まで抽出できるわけじゃないから、身長や体格に性格や知性の一部が影響を受けているという感じか。

 俺が背が高く筋骨隆々の大男に成ったことで少々性格が荒くなっているように、彼女は性格が丸く幼くなっている。

 昔の彼女なら問答無用で教会本部まで行き、最高司祭に事の次第を確認しに行ったはずだし、即連絡だったはず。

 それをしないでここまで走ってきたのは、彼女が幼くなっている証拠だ。


「もう一度確認だ。吸われたのは身長や体格なんだな? 年齢じゃなく?」

「はい。彼らは身長は取れないと言っていたのを逃げる際に盗聴しましたから」

「ならもう気が付いているとは思うが、お前が身長や体格を奪われると同時に性格や知性の一部が影響を受けて丸く幼くなっていることは気が付いているか?」


 本気で驚くアンヌ。

 周囲までもが驚いている顔をしている。


「俺が大きく強くなると同時に多少荒くなっているように、お前は小さくなったことで性格や知性が幼くなっている。昔のお前なら問答無用で最高司祭まで向かっていたし即連絡だ。何より約束を破った俺に今起こっている場面だ。それがない。ということはお前は幼くなっているんだ」

「そ、そんなことありません! 貴方が約束を破ったことを本当に!」

「それ以上に生きていてくれたことに安堵を覚えていて、どうでもよくなっている。むしろこの状況を何とかしないとという気持ちが焦って前面に出ていて、同時にお前は……」


 この先を言うかどうか一瞬だけ悩みながら、それでも言うべきなのだと判断してから発言する。


「弱くなっている。心が折れているんだ! 今こうしているときもお前は威圧を放っている俺が怖くて目を見ようとすらしていない。強がっているときも虚勢を張って胸張っているときも俺の顔を見ようとする振りだけだ」


 村人の中に「確かに…」やら「昔のアンヌ様なら…」なんて知っている人は違和感を覚えていたようで、村長も小声で「確かにの…」と納得する声が聞こえてきた。


「ジャック君のように性格は少なくとも身長や体格に強く影響を受けるからね。それに先ほど話を聞く限りだと酷い環境の中に居たようだし、それも幼くなるきっかけになったようだ」

「ええ。俺がそうであるようにな。昔の俺ならこんなことを君に言わなかったろ? 学生時代君から「チビ助」と言われて傷ついて反論できなかった俺が、こうして君を見下している中で正直に言って勝ち誇る気持ちがある。きっと勇者である頃の俺なら絶対に抱かなかった。否定したいが、俺は大きくなって性格も変わった。そして、君は小さくなって性格が幼くなった」

「そ…それは……ぐすっ」


 涙を流し始めるアンヌ、俺の威圧感や発言が彼女を傷つけているのだと分かるからこそ俺の心は多少なり傷つくが、それ以上に腹が立つ。

 苛立ち始めている俺。

 彼女に対してじゃない。

 俺は片膝をつき彼女の視線に無理やる合わせるようにしゃがみ込み、彼女の両頬をそっと持ち上げて視線を無理矢理合わせる。

 昔の彼女なら考えられない涙目にぐしゃぐしゃになった顔つき、心が締め付けられるような痛みが走り見えない表情が歪む。


「俺を見てくれ。アンヌ…怖いか? 素直に教えてくれ」

「………うん。怖い。貴方を見た時本当に恐怖した。今も貴方が全身から放っている威圧感で畏怖してる。もう…私は強くないんだね? 私は弱くなった」

「実力なら落ちていない。そこまで弱くなったのなら君は逃げきれていない。多分戦闘では多少は実力は落ちたかもしれないが、それは戦い方でカバーしきれるうえむしろ上を目指せる要素だろう。でも…問題はそんな弱くなった君が君自信を一生背負って生きていくことだ」

「一生?」

「そうだ。気が付いていないかもしれないが、恐らく肉体が縮んでしまった状態を元に戻す術はない。いや、あるとしたら魔神のアビリティにもある肉体を強化することだ。でも、これはお前にはできない」


 村人の中に「どうして?」と疑問を抱くものが出始めた。

 すると、村長が代わりに説明し始める。


「お前達は知らないだろうが、ジョブは本来自由に転職可能じゃ、じゃが例外がある。それは勇者と聖女などの一部最高位のジョブは例外になる。勇者は期間限定で勇者でいる間はジョブチェンジは絶対にできないんじゃよ。そして、それは聖女も同じじゃ。むしろ聖女は役目を終えるという条件が存在しないから、一度なれば生涯聖女。そして、聖女には肉体強化関連のアビリティは存在せん」

「そう。たとえ俺から劣化した肉体強化をコピーして抽出した場合でも、どこまで身長が戻るのか分からない。ましてや話を聞いている感じだと、それを直接注入できるとも思えないから、何か装飾品として一時的な能力という形で活用しているんだろう」

「……………」

「俺は怒っている。お前をこんな幼い姿に変えた奴らを。ごめんな。俺はお前を救ってやれなかったんだな。俺が戦って終わらせればお前は傷つかないで済む…馬鹿か俺は! お前は…お前は傷ついていたのに…弱っていたのに。すまん。痛かったろ? 苦しかったろ? 辱められただろう? 助けてやれなくて…」


 抱きしめる俺の腕の中で彼女は大粒の涙を流しながらワンワン泣き出した。


「駄目なの! もう…強くいられないの! 分かってた…知っていたの…でもね虚勢でも張っていないと貴方に失望されるって…あなたの隣に居られない…貴方の前を歩けない私に意味なんて無いんだって…」

「そんなこと無いさ」

「私怖い…教会全てが敵かもしれない、一人じゃ勝てない。それが分かっているから怖い」

「なら二人で考えよう。俺達で…一緒にな。今度は俺がお前を守る。勇者じゃないけど…俺はお前を守りたい。いや…守らせてくれ。今度こそ…絶対に」


 アンヌはやっと笑顔を作ってくれた。

 この幼くなってしまった笑顔を守りたい、改めてそう誓った。

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