邪断の元勇者ジャック〜元勇者は大陸追放されても救うことを止めないようです〜

中一明

序章:元勇者と幼い聖女

勇者の最後と聖女の逃走劇

 中央大陸この世界は中央大陸が存在し、その外に内海があり、更にその外に中央大陸を囲むように四つの大陸と外海と内海の上にある浮遊大陸がある。

 今勇者と呼ばれている若者が居る場所は浮遊大陸の中央大陸寄りにある邪神城と呼ばれている場所。

 全体で十階に及ぶ城の最上階に大きな広間が存在し、そこで戦っていた。

 百六十センチ程度の身長の若者は身の丈に合った鋭い剣をいかつい表情の男へと振り下ろし、五百メートルは超える化け物のようなその肉体の脳天に剣が食い込んでいき、若者の雄たけびのような叫び声と共に剣は化け物の体を縦に傷つけていく。

 激しい血飛沫を上げて断末魔を上げながらも化け物は最後の抵抗とばかりに鋭い爪で若者の体を斜めに切り裂いた。

 若者の胴体に右下から左上に掛けて巨大な傷跡が出来上がりそのまま地面に落下する。

 お互いに『ドスン』という音と共に倒れ動かなくなるが、それでも化け物の体が光となって消えていくのが若者の目にもはっきりと分かった。

 それだけ若者はここで戦った甲斐があったのだと納得し、力なくしてそのまま大の字で血を大量に流しながら動かなくなる。

 少年のような整った顔にも無数の傷があり、細い腕にや足からも血がどんどん流れていく、もうもうじき自分が死ぬと分かっていても正直怖いとは思わなかった。

 昔っから何度も願った人の為に生きたいという願いがどんな形でも叶ったのだと、邪神を討つことが勇者である若者『ジャック・アーマルド』の役目でもある。


 その役目が今終わった。


 化け物が完全に消え去りそこには若者だけが残されていた。


「父さん。母さん。アンヌ…終わったよ」


 ネースト教会という宗教団体、世界で最も権力が与えられている組織の一つに属し、勇者であるジャック自身すら所属していたこの教会の聖女アンヌ。

 同じ学校の同級生である彼女を思い出す。


「邪神と戦いに行くときは教えて。絶対に手伝うから」


 百八十センチはあろうかという巨体とは裏腹に心配そうな彼女の表情、だから何も言わず邪神討伐へと乗り出した。

 誰にも犠牲になってほしくなかったから、犠牲は自分だけでいいと言い聞かせてここまで来たのだ。


「もし…後悔があるのならそれだけなんだ。ごめんな。約束守れなくて…」


 でも、世界は平和になった。

 小さい問題は社会問題は残るかもしれないけれど、勇者としての役目は終わったのだと思い目を閉じる。



 生きている。

 ふと目を開けて体を起こそうとすると体の重みか、それとも疲れからなのか妙に体が重く感じてしまう。

 どういうことだろうか?

 そもそも俺は死んだはずだ。

 生きているはずがないんだと思い体を今度こそ起き上がらせてから周りを見てみると、邪神降臨の間と呼ばれていた場所、空高くに舞い上がっているこの邪神城の一室であることは疑いがない。

 五百メートルを超える邪神が居ても狭く感じないほどの巨大な部屋、無数の柱や周囲を覆う窓ガラスや壁は傷つきボロボロ。

 この傷は先ほどまでの俺と邪神の戦闘が原因で間違いがない。

 でも、ならどうして俺は生きている?

 そう思って自らの両手を見ると、両肩から両腕の甲にかけて伸びている教会からの『勇者の刻印』がはっきりと見える。

 それは良いのだ。

 

 問題なのはそんな自分の肌が褐色肌であること。


 この中央大陸の北側に位置する俺の村は代々肌色、なので俺も肌色で邪神と戦っている間もずっとそうだったはず。

 というかそもそも俺には呪いなどの類は一切通用しない。


「ていうか…なんで肌が見えるんだ? アーマーを着ていたはずだけど…?」


 ふと後ろを見てみるとそこには破けた服と外れたアーマーが見え、その中にパンツが見えた気がして体全体を見てみる。

 分厚い胸板が見えた瞬間何かおかしいと感じた。


「俺…細身なんだけど…? え? 他人の肉体? なわけないよな? 邪神がつけた傷跡がはっきりと肉体に残っているし…」


 混乱し俺は形が残っているガラスへと近づいて全体図をじっと見つめる。


 そこには褐色肌の二メートルの筋骨隆々の大男が立っていた。

 というか俺は肉体が変化していた…頭部だけは見たこともない黒いの金属製のマスク付きの兜が存在していたが。


「は、外れない? え? これ…何!? 黒い? いや…黒く見えるだけか…じゃなくて!! マジで外れない! なんだこれ!?」


 大混乱なまま俺はとにかく部屋から出ていくことにした。

 まずは服だ!!!



 一人の少女は走っていた。

 身長は百四十センチほどのカールが掛かったフワッとした金髪に赤いカチューシャ、身の丈に合わない清楚さを感じる服は泥だらけ、腰にはこれまた身の丈に合わないレイピア、足元のヒールが付いている口は諦めて脱ぎ捨て口で食わる。

 手がかりをこの場に残すわけにはいかないと自らに言い聞かせ、同時にとにかく走る。

 後ろから複数名の男の声がはっきりと聞こえてくるのを焦った表情で振り返って確認。


「まずい…彼が邪神討伐に向かう前に向かわないと…」


 それは変わり果てた聖女アンヌだった。


「どうして……こんなことに」


 数日前の事、協会本部から「勇者ジャック様が邪神討伐に向かった」という報告を聞いた時には彼女はこんな身なりになっていた。

 高い背丈は今ではただの少女にしか見えない。

 邪神討伐に向かった勇者を止めるため、彼の故郷を目指す聖女アンヌは知らない。


 勇者は既に邪神討伐を終え、そして噂では死んだことになっているということを…本当は生きているということを知らない。

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