第17話 王家の対応策

 リュドミラ・リシュコフ決起す。

 その一報を受けた国王ゲオルギイは、極少数の者だけを集めて対策を練った。大勢の者に伝えるには余りにも情勢が悪かったからである。現状は殆んど詰んでいると言えるほどだった。


 まず、レマイオス伯爵討伐の為に集められていた兵は、リシュコフ公爵領へ向かわせる事になった。リュドミラへの対応を優先すべきだからだ。

 しかし、それでも迅速に鎮圧出来るとは到底思えない。

 レマイオス伯爵家だけが相手なら迅速に鎮圧することも可能だったその兵力でも、総決起に及んだリシュコフ公爵家を迅速に鎮圧するには足りない。


 そもそも、王都の安全を確保した上で確実にリシュコフ公爵軍を制圧できるだけの兵力があれば、最初からその兵力を使って制圧していた。それが出来なかったから、膠着状態に陥っていたのである。


 討伐軍として派兵可能な兵力ではリシュコフ公爵軍とにらみ合いになる公算が高い。

 そうなれば、事態は悪化の一途をたどる事になる。レマイオス伯爵軍は当然何らかの行動を起こすだろうし、王国の現状を鑑みると、反乱軍を速やかに鎮圧できないという事実が明らかになれば、反乱が続発する可能性は高い。それに対処する事はもう無理だ。


 更に言えば、彼我の士気の差を考えた場合、討伐軍がリシュコフ公爵軍に敗れる可能性すらありえる。そうなれば、その時点でゲオルギイは破滅だ。

 このような現状を打破する為には、何らかの策を弄して迅速にリシュコフ公爵軍を打ち破るしかない。しかし、そんな策は簡単には出てこなかった。


 早くも会議が暗礁に乗り上げた時、会議室にノックの音が響いた。扉の近くで控えていた者が慎重に扉を開け、そこに居た者と何事か言葉を交わす。

 その者は外からの言付を受け、それをまず宰相アルティーロ子爵に伝えようとした。

 だが、ゲオルギイがその動きを制して声をかける。


「構わん。その場で直接告げよ」

「は、畏まりました。王太子ジュリアン殿下が入室を願い出ておられます。献策したい事がある。とのことです」


「……分かった。通せ」

 ゲオルギイは少し考えてからそう告げた。

 ジュリアンの献策とやらに期待は出来ないが、今のような状況だからこそ、ジュリアンにも現状を理解させておくべきだと考えたのだ。


 会議室に入って来たジュリアンはゲオルギイの近くまで進む。その態度は自信に満ち溢れているように見えた。以前の動揺など忘れているかのようだ。

 そして、やはり堂々と発言した。

「父上、私に上策があります。リシュコフ公爵軍を速やかに粉砕する策です」


「お前の浅知恵でどうにかなるなら、苦労はせんわ」

 ゲオルギイはそう言い捨てる。しかし、ジュリアンは反論した。

「父上、そう侮らないでください。確かに私が実績の面で劣る事は認めましょう。ですが、私には有能な部下がいます。リシュコフ公爵家について熟知している部下がね。

 父上も、あの者から得られた情報を重宝につかっていたはず」


「……言ってみろ」

 ゲオルギイはそう告げた。確かに、ジュリアンが味方に引き込んだリシュコフ公爵家の元使用人から有益な情報が得られたのは事実だ。


「ええ、お聞きください……」

 そう言って、ジュリアンが説明した策というのは、要するに間道を通ってリシュコフ公爵軍を奇襲するというものだった。

 リシュコフ公爵領の地理に詳しい家臣にも確認したが、現状に即して考えた場合、それは確かに実現可能性がありそうな策だった。

 しかし、同時に極めて危険な策でもある。その間道は行軍に適しているとは到底いえなかったからだ。

 行軍に適した道は警戒され奇襲になど使えないから、当然といえば当然の事ではあるのだが。


 特に、崖の中腹を通る桟道は危険だった。地理的に敵は崖の上での待ち伏せが可能であり、待ち伏せされたなら全滅は必至だ。

 つまり、もしも情報が漏洩してしまえば、それだけで対応不可能な事態に陥る。全てお仕舞いになってしまうのである。


 現状がこれほど追い詰められていなかったなら、ゲオルギイはこのような危険な案を即座に却下した事だろう。

 だが今は、それほどの危険な賭けにも縋るしかない。ゲオルギイにはそう思えた。

 配下の者達にも賛同する者もおり、他の者もはっきりとは反対しなかった。


「……それしかないか」

 ゲオルギイがそう告げると、ジュリアンが勇んで応えた。

「この策を採るならば、どうか私に討伐軍を率いさせてください」

「馬鹿を言うな!」

 ゲオルギイは即座に拒否した。


 このような乾坤一擲の危険な賭けに出る部隊の指揮を、実戦経験のないジュリアンに任せるなどありえない。そして、それ以上にゲオルギイは、危険な作戦に一人息子を従事させたくはなかった。

 王位の後継の事を考えれば王としても当然の判断だし、子を案じる父としても当然の事だっただろう。


 しかし、意外にもジュリアンの考えを推す声が上がった。近衛騎士団長ゴノス子爵だった。

「陛下、ジュリアン殿下のお考えは、悪くないものかと思われます。

 軍の指揮については、適切な者を補佐につければよいでしょう。そして、討伐軍出発後の王都の情勢を鑑みても、ジュリアン殿下が軍とともにあることは有意義かと」

「……」

 ゲオルギイは、ゴノス子爵の発言の真意を察して沈黙した。


 ゴノス子爵は、王都も安全ではないと言っているのである。

 確かに、大規模な討伐軍を出発させれば、その分王都の安全性は下がる。王都の現状を鑑みれば何か変事が起こる可能性は低くない。要するに王都も十分すぎるほど危険なのだ。

 であるならば、王と王位継承者は共に王都にいるべきではない。別々の場所に居た方が、何れか一方は助かる可能性が高くなる。

 軍の指揮についても、補佐役とした者を実質的な指揮官とすればよい。それが、ゴノス子爵の考えだった。


 もちろん、ジュリアンの身の安全だけを考えるなら、危険な作戦になど従事させずにどこかに身を隠させるべきだ。しかし、それでは王位後継者が逃げたという事になる。それをきっかけに王を見限るものが更に増え、そのまま破滅しかねない。

 そのような情勢を考慮すれば、王太子が軍を率いて王都を出るというのは、適切な行動と思える。


「……わかった。お前を討伐軍の司令官とする。だが、補佐の者の言うことを必ずきくのだ」

 結局ゲオルギイはそう告げた。


「ありがとうございます。父上、必ずや期待に応えて見せましょう!」

 勇んでそう告げるジュリアンを見て、ゲオルギイは不安に駆られた。息子がこの作戦の危険性を正しく理解していないと思ったからだ。

 しかし、ジュリアンを王都から離した方が良いと判断した今、命令を覆すことも出来ない。

「十分に気をつけるのだぞ」

 ゲオルギイには、そう言って注意を促すことしか出来なかった。

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