点滴穿石

小狸

短編

 *


点滴てんてき穿石せんせき

 小さな水滴でも、長く落ち続ければ石に穴を開けることができるということ。 転じてわずかな力でも積み重なれば、大きな仕事が成し遂げられるということ。


 *


「努力できることも才能だ――って、時に人は言うけどさ、行春ゆきはる的には、実際どうなんだと思う?」


「誰かに言われたのか、河岸かしはら


「うん、言われた。コーチに。ほら、私さ、陸上やってるじゃん」


「やってるな」


「そう、それで、球技みたいに、基礎練みたいなのがあるわけよ、陸上にも。私どっちかってうとタイム計測とかよりそっちの方が好きで、基礎練ばっかり――って言い方は良くないかな、基礎練に重点を置いて練習してたんだけど、それをコーチが見て、そう言ったんだよね」


「それは良い意味で言ったのか」


「うん。そうみたい。『河岸原の姿勢を皆も見習え』って言ってた。でも、なーんかモヤるんだよね。どう思う? 『努力できることも才能だ』って文言に対して」


「どうしてそれを俺に聞く」


「そういうまどろっこしいこと考えるの好きでしょ、行春」


「もう少し言い方というものがあるだろう」


「良いじゃん、幼馴染なんだから。それで、どう?」


「ふん。激励の下手なコーチだと思うな」


「相変わらず辛辣ねえ」


「辛辣にもなるさ」


「その心は?」


「それは逆説的に、と言っているようなものだ」


「あー……なるほど」


「才能ってものは、良し悪しや二元論で語ることのできるものじゃないんだよ。例えば――俺は良く知らないが、陸上だって、多種多様な競技があって、お前にも得意不得意があるのだろう?」


「あるある。私短距離型」


「それは見方を変えれば、という風に捉えられるだろう」


「才能が違うか、でも才能って――」


「そうだ。『才能がある』という状態は、具体的な定義が難しい、んだよ。陸上で中学新記録を出せる領域から、その時その場限りで一番になることのできる領域まで、見ようによっては『才能がある』とも言えるだろう?」


「言えるね、確かに」


「結局『才能がある』という言葉は、それを発する側の、観測者側からの定義に基づいたものでしかない」


「でも、皆普通に『あいつは才能ある』って言うよね、それはなんで?」


「それはそいつらが、『自分の定義こそ普遍である』と勘違いしているからだろう。勘違いという表現は、この場合、悪い意味では使っていない。『自分こそ正しい』『自分は間違っていない』――そんな認識は、ある種自己肯定感、人間として少しは必要なものだからな」


「はぁ、なるほどねぇ。っていうか、良くもそんなペラペラと言葉が出てくるね、行春」


「それは莫迦ばかにしているのか?」


「いやいやまっさかぁ」


「続けるぞ。ひるがえって、『努力』はどうだろう。『努力がある』とは、言わないよな」


「言わないね」


「努力は、『ある』ものではなく『する』ものだ。辞書的な定義を言うと、心をこめて事にあたること。骨を折って事の実行につとめること。つとめはげむこと――そうっている」


「ふむふむ」


「あまり言い換えは好きではないが、要するに『何かを頑張ることができるか』、という話だ。しかしこれも結局、観測者側からの視点というのが必ずと言って良いほど存在する。例えば――たとえ話ばかりになってしまって悪いが――テスト勉強でとても『努力した』、しかしテストの点数という結果がともなわなかったとする。するとその状態を見た他人は『あいつは努力した』と言うだろうか」


「……言わないね。ひょっとしたら『努力していない』って言うかもしれない。積み重ねを知りもしないのに」


「そう。自分で『努力した』と思うのと、他人が『努力した』と思うのは、それだけの差異ズレがある。才能も努力も、それだけ自分と観測者――つまり他人との齟齬そごの大きい言葉なんだ。使と、俺は思っている。俺はお前の『努力』を知っているが、それを『才能』などという中身のない言葉では収まりきらないと思っている。それくらいお前は積み重ねているとな」


「あれ、ひょっとして、はげましてくれてる?」


「……どう捉えてもらっても構わない。ただ――そうだな、そのコーチの言葉をより現実に即した形で言い換えるのなら、『努力をができるのは才能』だということだな。まあこの言葉も、俺は気に食わないことに変わりはないのだが」


「続ける――それって同じじゃない?」


「そうでもない。何かを続ける。継続する。そうそう簡単なことじゃあない。大抵の奴は、どうでも良い理由で『努力の継続』を諦めてゆくものだ。自分より上の奴がいたとか、勉強が忙しくなったとか、時間がないとか、つらいとか、面倒だとか、家庭の事情とかでな。そんな中で、ずっと一つの事に意識を集約することができる。これを『才能』と言わずして何と言うか、という話だ。まあ結局『ずっと』という期間も、前述の通り自身と観測者の間で異なるから――一概に定義できるものじゃない。それだけ、重く、実体のない言葉なんだよ。『努力』も、『才能』も。だから、そんな下らない所で足を取られるな。お前は前だけ見ていれば良い」


「ふうん。そっか。ありがと。なんか、元気でた。もにょってた部分が、明らかになった感じ。流石は行春だね」


「そうか。それは良かった」


「そうだ。お礼に今度、どっかご飯食べにいかない? 私おごるよ」


「そこまでのことか? まあ、それでお前の気が晴れるというのなら、行かないこともない」


「相変わらず分かりやすいなあ」


「何か言ったか?」


「ううん、何にも」




(了)

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