第21話 お墓参り




 帰り道、夕太郎が軽トラックを運転しながら、今更なことを言いだした。


「今日、俺、二十三歳の誕生日なんだよね」

「はあ⁉」

 聞いてない、と言おうとして言葉を呑んだ。もうキスが日常となりつつある、友達以上、恋人未満な関係なんだから、それぐらい聞いておけば良かったと反省している。そうか、今日の焼き肉パーティは、誕生日会みたいなものだったのか。そういえば、従業員のオジさんに「とんでもない男前に成長して良かったな」とか言われていた。


 プレゼント。もちろん何も用意していないし、ぱっと思いつくモノが無い。でも、僕のポケットには、親父さんから貰った小遣いが入っている。コレがあれば何か買える。僕は、得意げに微笑んだ。


「夕太郎、何が欲しいの?」

「理斗、超かっこいい。婚約指輪って言いたいけど、それは、もう少し後で良いし、ロマンティックにサプライズでしてね」

「……一生贈らないから安心して」

半分目を閉じた、ジト目で夕太郎を睨んだ。それでもなお、夕太郎の左薬指は、理斗の永久リザーブだからね、と食いついている。

「きゅうーん、じゃあ、ご主人様。一緒に散歩したい場所があります」

「そんなんで良いの?」

「うん。俺って低コストなヒモでしょ?」

 夕太郎が眉を上げて僕を見た。

「まぁ、確かに。むしろ、別にヒモでもない気がする。家賃掛からないし、車持ってるし、あれ? 夕太郎、ただのすねかじりじゃない?」

「我こそは、妖怪、スネのヒモかじり犬なり!」

 歌舞伎の真似をした夕太郎の仕草に、僕は腹を抱えて笑った。


 空が夕暮れに変わる頃、車が何処かの駐車場についた。住宅地から少し離れた広い公園のような場所だった。車から降りると、お線香の匂いがした。駐車場の側には、水場があり、手桶とひしゃくが並んでいる。


「ここお墓?」

「そう、誕生日は、やっぱりお母さんに会わないとね」

 少し寂しそうに微笑んだ夕太郎が歩き出したので、その後を静かに付いて行った。

 つまり、お母さんはお亡くなりになっているんだ。僕と同じだ。


「理斗を紹介しないとね」

 振り返った夕太郎が僕の手を握った。

「桶とかいらないの?」

「管理費、超高いらしいんだ。そのせいか、いつ来ても綺麗なんだよね。やること無い」

「お花はいいの? 僕、さっき花屋さん見たよ。買ってこようか?」

「良いんだ。お花を供えるのは、まだって決めてる」

「……」

 夕太郎が、いつもと違う。雰囲気が大人しい。


 でも、すごく近くに感じる。見えない膜の中に居る夕太郎の隣に入れた気がする。

 静かな手を、そっと握った。ほんの少しだ。僕が側に居る、でも君の邪魔はしないから。そんな気持ちで、まっすぐ前を見ている夕太郎と歩いた。


 霊園には、昔ながらのお墓の区域と、新しく作られたような、見通しの良い区域があった。夕太郎の足は、新しい方に入って行った。

 新しいお墓は、どれも高さが低い。肩幅くらいの石のプレートが角度を付けて埋め込まれている。


「こっちと、こっちなんだ」

 夕太郎が指さしたお墓は二つ。一つは、海棠家と大きく書かれ、下の方に、智子という名前と数字が記されている。もう一つは、文字は無く、没年の数字だけ刻まれている。お二人とも、亡くなったのがここ数年の事のようだ。

「……」

 夕太郎は、目を伏せて、二つのお墓の真ん中に立ち、手を合わせた。普段は前屈み気味の背筋もピンと伸びている。哀愁を漂わせる夕太郎は、全く別人に見えた。

 僕も、夕太郎に習って手を合わせた。そして、夕太郎のお母さんに謝った。息子さんを僕の事件に巻き込んで、ごめんなさいと。


ただ、もう少しだけ一緒に居させて欲しいです。僕、夕太郎に恋してしまったみたいです。


僕らは、しばらくの間、心の描く世界に浸り、やがて風や木々の音に現実に戻された。

「……」

 この無記名のお墓が、夕太郎にとって、どんな関係の人なのか聞いて良いか迷った。チラリと彼をみると、目が合った。


「誰だか聞かないの?」

「聞いて良いの?」

「もちろん。親友なんだ。家出仲間ってやつ? コイツはマジで恋愛感情なしで友達だった」

 そう言って故人を思い出すように笑う夕太郎の顔は、その頃に戻っているのか、少年みたいだった。少し生意気そうで、気の強そうな感じがする。


「どうして亡くなったの?」

「んー、色々あってね、しばらく入院して頑張ったんだけど、最後はあっという間って感じでさ……理斗は元気で長生きしてね。俺の方が若いけど俺より先に死なないでね」

 夕太郎が僕の背中を押して歩き出した。

「なんで、生涯ずっと一緒にいる設定なの?」

 何故か、僕は素直になれない。ずっと一緒みたいに言われて嬉しかったのに。

「なんで、一緒に居てくれないの⁉」

 夕太郎が普段通りに戻り、後ろから僕に抱きついてきた。それを引き剥がすフリをしながら受け入れて車に向かった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る