第20話 恋心?


「ねぇ、ねぇ理斗。お出かけしようよ、お出かけ」


 僕が休みの日に、九時まで寝ていたら、夕太郎が布団に入ってきた。

 お互いの部屋を仕切るのは、襖だけだし、キッチンに繋がるドアも鍵なんて付いていない。プライバシーは有るのか無いのか。


 チラリと目を開けて、隣に横たわる夕太郎を見る。今日も格好いい。仕事は週二くらいだけれど格闘技トレーニングは毎日欠かさないから、シャープな顔と血色の良い肌。肘枕の逞しい筋肉。雄としても完璧だし、整った顔は芸術としても傑作だ。


「……夕太郎って、無人島とかで暮らしたら最強だよね。あと、弱肉強食な原始的な世界なら王様になれそう」

 そうかなぁ、とニッコリ笑った夕太郎が、僕の頬にチュッとキスをした。段々と夕太郎のスキンシップに慣れてきて、鼻で笑うフリをしながらも、結構喜んでいる自分がいる。

「あっ、夕太郎はライオンだよ!」

「ん? 最強で、格好よくて、百獣の王だったりする、主役でヒーローな感じ?」

「雄ライオンな感じ。戦いの時は頼りになるけど、普段は働かないしダルダルだし、ハーレム作ってるし」

「はい、理斗にいさん。俺は決してハーレムは作りません。常に一人に全力で愛を注ぎます。理斗は今までで一番、面白いし、気も合うし、好き。二人の関係は永遠です。捨てないでねぇ」


 夕太郎は、きゅうーんと子犬みたいな声を出して、僕を抱きしめた。その金の頭を、よしよしと撫でる。この沼は深い。夕太郎は、顔が綺麗なアホなヒモじゃない。そう見せているだけだ。一緒に暮らしていて、段々分かってきた。彼の凄さが。まず、人間好きで、会った人の名前、特徴、声、聞いたプロフィールは全部覚えている。コミュニケーション能力の鬼で、周囲の人間はすぐ魅了される。人と人の間に壁が無い、でも、相手が本当に望まないスペースには踏み込まない。僕は、とんでもない男に拾われたのかもしれない。


「ねぇ、理斗。親父がバーベキューするってよ、行こうよ。無料で和牛、無料で海鮮だよ」

 夕太郎のお尻のポケットから、スマホが取り出された。そこには一目で高級とわかる肉が、雑に何枚も焼かれている写真が写っていた。

「僕も行って良いの?」

「もちろん」

 さぁ、着替えて、と僕の長袖Tシャツがむしり取られた。爆発した髪をくしゃくしゃと撫でつけられ、追い立てられるように準備をして、いつのも軽トラックに乗り込んだ。



 親父さんの経営する建設会社の広い駐車場には、数台のダンプトラックとバン、建機が並び、中央ではバーベキューパーティが行われていた。十一月に入り、秋を感じるようになってきたのに、熱気が凄い。ガタイの良い男達が、酒を片手に笑っている。


「おー、おせぇぞ」

ビールケースに座っている男性が、やって来た僕らに声を掛けた。男性は、一際強い存在感を放っていた。声を何度か聞いたことがある。この人が親父さんだろう。小柄だけど、ガッチリした体型と半袖から覗く入れ墨、白髪交じりだけど綺麗に整えられた短い髪。顔立ちは、さっぱりしていて夕太郎に似ていない。だけど、ニコニコしている雰囲気が似ている。


「理斗の寝顔が可愛くて、全然起こせなくてさぁ」

 僕は、肩を組んでキスをし、爆弾発言をした夕太郎を睨んだ。人前で何てことを。僕は、目を泳がせたけれど、皆の空気は、はいはい、といった感じだった。

「まぁ、確かに今までで一番めんこい顔してらぁ。だけどお前、男のプライドはないのか、こんな子供のヒモとは、情けねぇぞ」

「こう見えて、理斗は二十八歳だし、俺なんて尻でペチャンコにされてるんだよ」

 夕太郎は、親父さんの話など何処吹く風で、さっさと皿を手にし「何食べたい? 何飲みたい?」と僕のお世話を始めた。

「お前ってヤツは」

「まぁまぁ、親父。夕太郎ですからね」

 隣に立つ男性が、親父さんの肩を叩いた。夕太郎のお兄さんだろうか、と視線を向けたけれど、男性は親父さんと同じくらいの年齢に見えた。


 ん? 皆が親父さんを、親父って呼んでる?


 僕は混乱し、夕太郎に擦り寄った。

「ねぇ、夕太郎。親父さんって、夕太郎のお父さんじゃないの? 通称が親父なの?」

「親父は、親父だよ」

「ん? ちょっと分からない」

「通称も親父(おやじ)だし。俺の父親。この海棠建設は、俺の将来の財布」

 夕太郎は、建物を親指で指して、ニッコリ笑った。

「そりゃ、三日で潰れるわ」

「俺、親父が死んだ日に退職するわ」

「ひでぇ、皆、俺の為にしっかり働いてよ」

 夕太郎は、此処でも皆に愛されていた。軽口の中にも親密さが伺えた。


「本当にどうしょうもねぇ息子だ。俺に何かあったら、お前にしっかりして貰わねぇとならねぇのに。まぁ、そん時は、ちゃんとやれよ。あと、そこの坊ちゃん。何か困ったら、いつでも来いよ」

 夕太郎を愛しくてしょうがないって顔をした親父さんが、立ち上がって僕の皿に肉をボトボトと乗せた。そして『お小遣い』と書かれた袋を僕のポケットにねじ込んだ。

「あっ……あの」

「わーい、お小遣いだ」

 夕太郎が、その袋を僕のポケットから出そうとして、親父さんに蹴られている。

「てめぇのじゃねぇ、この坊ちゃんのだ。良いか坊主、お前の為に使えよ」

「えっ、でも……あの」

「俺は出した金は戻さねぇから覚えておけ」

 困惑する僕に、夕太郎が「貰ってあげなよ」と言う。

「あっ、ありがとうございます」

「おぉ。よし、全員揃ったし、もっと焼け」

「了解っす」


 この時間は、とても楽しかった。僕には経験が無いけれど、仲の良い親戚、友人大勢と過ごすと、こんな風なのかなぁと思った。夕太郎が隣に居て、甲斐甲斐しく世話してくれたお陰で、緊張も直ぐに解けたし、今日初めて会った人達とは思えなかった。途中、夕太郎が親父さんに呼び出されて、すみっこで真剣に話しているシーンがあった。


「いい歳なのに、親に説教くらった」

 と、座っている僕のお腹に抱きついてきたので、丁度摘まんでいたピーマンを口に近づけた。

「あーん……理斗、二個目は、焼き肉つめてケチャップかけて」

「は?」

「俺、大好物がピーマンの肉詰めなの」

「へぇ、イメージじゃ無い」

「えー、俺、どんなイメージあるの? キャビアとか? ワインとか?」

「ラーメン」

「ラーメン⁉ まだ一回も一緒に食べてないじゃん。そもそも、人の奢りじゃないと食べないし」

「なんで?」

「割と意識高い系の人とばっかり暮らしてたからかな?」

「……」

 僕は、夕太郎の為に、お皿の上でピーマンに肉を詰める作業をしていたけれど、辞めた。目の前に座った夕太郎が、不思議そうに首を傾げている。


「理斗? どうしたの?」

「なんか……」

「なんか?」

「好きじゃない」

「ラーメン?」

「……僕より、前の人達の話」

 自分でやりなよ、とピーマンと肉のお皿を夕太郎に押しつけると、そのお皿はそのままテーブルに置かれた。


「理斗!」

「うわぁあ」

 夕太郎が、飛びついて膝の上に乗ってきた。その勢いを受け止めきれずに、後ろに倒れそうになったけれど、夕太郎の長い脚が地面を押し返して、元に戻った。


「理斗可愛い! 理斗可愛いよぉ!」

 夕太郎が、顔中にキスをしてきた。

「重い! 暑苦しい!」

 逞しい胸を押し返そうと頑張るけれど、まるで歯が立たない。


「ついに俺に恋しちゃった? 愛しちゃった? 両思い? 結婚する?」

 僕の上から降りた夕太郎が、目の前に跪いた。僕が、魚みたいに口をパクパクさせていると、周りの人達が口を挟んできた。

「男同士じゃできねーだろ」

「あれ? なんか、ありませんでした? メンバーシップ? シップスクラーク?」

「パートナーシップだろ」

「それな」

「しません! 夕太郎の馬鹿」


 跪く夕太郎と反対の方を向いて、目に付くピーマンを、ばくばく口に突っ込んだ。夕太郎は僕を抱きしめて、締まりの無い顔で笑っていた。「やめて、離して」と言いながら、僕の心は満たされていたし、夕太郎は僕のモノだという感情すら生まれ始めていた。

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