カスタマーサポートセンター

やざき わかば

カスタマーサポートセンター

 人生、何もかもうまくいかない。


 わかってはいる。全ては俺の自業自得。他の誰かが悪いわけではない。にしても、ここまで落ちぶれると、誰かのせいにして精神をなんとか正常に保ちたいと思ってしまうのは、俺だけだろうか。


 こさえた借金が600万。そのうえ、未だに就職は決まらず、フリーター。年齢も三十代に突っ込んだ。確かに今まで好き勝手やってきた。しかし、この未来の見えない状況は、いくらなんでもあんまりだ。


 最近はそんなことばかり考えてしまい、ストレスで胃が痛むようになってきた。とりあえず、バイトを増やしつつ資格の勉強でもしようかと考えてはいるが、どうにもやる気がおきない。ここが俺の一番悪いところだ。


 突然、スマホが着信音を鳴らす。

 見たことのない番号だ。借金の督促かと思いつつ、電話を取る。


「はい、お電話ありがとうございます! カスタマーサポートセンター、担当の片桐が伺います! いかがなさいましたか?」


 ん? 電話がかかってきたと思ったんだが…。


「もしもし? すみません。そちらから着信があったので、電話に出たんですが」

「あれ? おかしいですね。こちらもお電話がありましたので、お取りしたのですが…」


 嘘はついていないようだ。こういうトラブルはよくあるんだろうか?


「不思議なこともあるもんですね。じゃあ、電話切りますね」

「あっ、待ってください! お声に元気がありませんね。失礼ですが、何かお悩み事ですか?」

「最近いろいろあって。あまり聞いてて楽しいものじゃないですよ」

「いえ、誰かに話したら楽になるかもしれませんし、もしよろしければ聞かせてください。こうなったのも何かの縁ですし、なんたってこちらは、サポートセンターですから!」


 その天真爛漫な、悪く言えば能天気な物言いに毒気を抜かれた俺は、まんまと悩みを話してしまった。かっこわるくて、600万の借金を300万に半減して伝えたけれど。


「私にも、過去に大きな借金を背負っていた身内がいましたけど、その人は毎月の光熱費だと思えば気が楽になったみたいで、無事完済したそうです。あ、でも新しく借りることはご法度ですよ!」


 なるほど、毎月の光熱費…。それは考え付きもしなかった。たしかにそう考えると、少しは気も楽になるだろう。


「なるほど、ありがとうございます。胃の痛みも楽になると思います」

「良かったです! お仕事を探すのも資格のお勉強も、無理しないでくださいね」

「そうします。不思議な偶然でしたが、話せてよかったです。ありがとう」

「とんでもありません! それではカスタマーサポートセンター、担当の片桐 遥がお答えいたしました! 失礼いたします!」


 先程までの、激しかった胃の痛みが治まっている。そうか、俺は誰かに話を聞いてもらって、背中を押してもらいたかったのかもしれない。暗い気持ちが嘘のように消えている。


 明日から、頑張れそうだ。


 それから俺は、バイトを掛け持ちし、開いた時間を勉強に取り組んだ。おかげでお金を使うこともなくなり、給料を借金返済と貯金にあてられるようになった。


 そして俺は、言語、IT、建築、電気、果てはドローンの免許まで、国家、民間関係なく、興味のあるものは勉強し、資格を取得していった。

 

 もちろん、ここまで順風満帆にきたわけではない。何度も何度も壁にぶつかり、メンタルもやられた。


 しかし、俺が悩んだり落ち込むたびに、あの「カスタマーサポートセンターの片桐 遥」から着信があるのだ。向こうは「こちらも着信があった」と言い張るのだが。


 彼女と話していると、今まで悩んでいたことが嘘のように解消していく。結局は俺の考え方次第なのだということを、彼女は俺に教えてくれた。


 それから数年後。俺は大きな二択に悩むこととなる。


 俺はすでにバイトではなく、ある大手のIT企業に就職し、安定した生活を送っていた。だが、独立して自分の会社を立ち上げたい気持ちもあった。


 しかし、今の年齢でそこまで冒険をして良いものだろうか。勤め先の上司にその悩みを伝えると、「好きなようにやってみろ。独立するなら、協力会社として仕事もまわしてやるし、相談には乗ってやれるぞ」と言ってくれた。


 それでも一歩を踏み出せない。そんなとき、俺の携帯に着信があった。


「はい、お電話ありがとうございます! カスタマーサポートセンター、担当の片桐が伺います! いかがなさいましたか?」

「こんにちは。ごめんね、また頼りにしてしまうよ」

「あ、こんにちは! はい、どうぞなんなりと!」


 俺は、彼女に独立すべきかどうか悩んでいると、全てを打ち明けた。すると、彼女は軽い感じで答えてくれた。


 「私には、貴方はすでに答えを決めているように思います。そのうえでお答えしますが、私としては、独立して、自分の力を試してほしいです。ここまで持ち直したんですもん。貴方ならなんでもやっていける気がします!」


「ありがとう。そうやって、誰かが背中を押してくれるのを待ってたんだ。独立するよ、俺。そして、成功したら、会ってくれるだろうか」

「申し訳ありません。私、結婚しているので会うことは出来ません。でも、私は貴方のこと、大好きですよ! なんというか、戦友みたいな感じで!」




 そして俺は独立した。最初のころは手探り状態で、そのうえ全ての手続きや業務をひとりでやらなくてはならないので、非常に忙しかったが、とても充実していた。


 だからだろうか。それ以来、サポートセンターから電話が来ることはなかった。


 それから年月が経ち、俺の会社は日本有数の大企業へと成長。会社は軌道に乗っている。その間に結婚し、子沢山の家庭を築く。そして、たくさんの孫が出来た。順風満帆だったが、寄る年波には勝てず、俺は一日の大部分をベッドで過ごす身になってしまった。


 ある日、俺の会社への就職を強く希望している孫が挨拶に来た。もう就職活動か。時間の流れは速いものだ。


「久しぶりだね、遥。最近は何か変わったことはあったかい」

「うん! 私ね、婚約したよ!」

「それはめでたい。お相手のお名前は?」

「片桐さんって言うの。だからまもなく、私は片桐 遥になるよ」


 天真爛漫な、悪く言えば能天気な孫は、満面の笑みを浮かべて報告してくれた。

 なるほど。不思議なことだが、全てが理解できた。


 俺の人生を後押ししてくれた、もう会えないと思っていた人が、こんなに近くにいたとは。


 しかし、俺の憧れの人を独り占めする男は、果たしてどんなやつなのか。

「今度、婚約者の彼を連れておいで。私も会ってみたい」


 もしかしたら、少しいじめてしまうかも知れないが、それくらいは許容範囲だろう。なんたって俺の恋敵だったわけだからな。


 どうにもならないことを誰かのせいにして、精神を正常に保ちたいという悪いクセは、まだ直ってないらしいな、俺は。

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