雇用契約〜不穏
闘技場から離れた場所、森林が広がる奥深くにセイブルの豪邸が建っている。
おやっさんも連れてその場所へ訪れると、ランスローとセイブルが出迎えてくれた。
客間へ案内されたあと、俺は単刀直入にセイブルに聞く。
「知ってたのか? カイトがシュヴァルツ・アシェ……ヴィルトゥエルの生体CPUだってことを」
「最初は知らなかった。カイトが世界政府に指名手配されたあと、多くの企業が血眼になって探していたし、お偉いさんがわざわざ影の国に訪ねて、俺にしつこく聞いてきたからな。なんかあるんじゃねぇかって思ってランスローに調べさせたら、カイトに関する機密情報がわんさか出てきたぜ」
セイブルは俺に分厚い書類を投げ渡す。
俺はそれを受け取って中身を確認する。カイトの幼少期から現在に至るまでのことが記されていた。
「カイトがカエルレウムに捕まった、と聞いたときはすぐにでも助けに行きたかった。結局、野暮用で行けなくなった挙げ句、クロガネに先を越されたけどな」
嫉妬のまなざしを向けてくるセイブルに、俺は話題を変える。
「野暮用ってなんだ? おまえが乗ってた新型パンツァーに関することか?」
「……まあな」
セイブルの歯切れの悪い返答に、俺はランスローへ視線を移す。
言いにくそうなセイブルに代わって、ランスロが説明をしてくれた。
「あのパンツァーはKOT製の新型機。機体名はクラレント。セイブルさんの御父上アルトリウスさまから賜われたものです」
「ちょっと待て。アルトリウスって、KOTの社長“アルトリウス・ナイト”のことか? もしそうなら、セイブルはアルトリウス社長の息子……」
おやっさんが驚いて問い返せば、ランスローは静かにうなずいた。
「はい。セイブルさんはKOTの社長アルトリウス・ナイトの御子息になります。ただ出生が特殊でして……」
ランスローはセイブルを横目で見る。すると、セイブルは呆れた口調で告げた。
「いまさら隠す必要もないだろ。俺の首を取ったところで跡継ぎにはなれねぇんだから」
特に気にした様子もなく、セイブルは自らの出生を語る。
「親父はKOTの社長アルトリウス・ナイト。お袋は親父の実姉モルハ・ナイト。俺はお袋のくだらねぇ策略のために生まれた、禁忌の子だ」
母親の策略、禁忌という単語で俺はセイブルのお家事情を察する。
KOTの跡継ぎ騒動は外部に漏れているほど有名な話だ。モルハが会社の実権を狙っている、数名の部下たちはモルハに反発しているなど、泥沼な情報を嫌になるほど聞いた。
「母親の言いなりになるのが嫌で家出したのか?」
俺の質問に、セイブルは「そんなところだ」と答える。
「お袋の言いなりのまま社長の座についても、得をするのはお袋だからな。あの女がふんぞり返る態度を想像したら
「おまえらしい理由だな」
「俺の話はもういいだろ。問題は……おまえたちのほうだ」
セイブルは真剣な面持ちで俺に話しかける。
「おまえたちに起きたこと、ヴィルトゥエルのこと、全部話してもらおうか」
俺はセイブルの眼を見つめる。なにかを企んでいる感じじゃない。純粋に真実を求める眼だ。
(性格は最悪だが、こいつなら信用できる)
俺はセイブルにカイトとの出会い、ヴィルトゥエルのことを包み隠さず話した。
俺の話を聞き終え、セイブルは眉間にしわを寄せる。
「ヴィルトゥエル……。そんなトンデモ技術があれば世界の情勢は一変する。マティアス博士はこれを見越してカイトを生体CPUにしたのか。だが――」
ひとりで背負うものじゃない、とセイブルはつぶやき、カイトに尋ねる。
「カイト。おまえはどうしたい?」
「……え?」
「ヴィルトゥエルの技術を世界政府、或いはどこかの企業に提供すればおまえは自由の身だ。だが、それは争いを激化させる火種となる。逆に提供しなければ、一生お尋ね者として追われる日々だ」
「俺は……」
カイトは考える。一瞬俺へ視線をやると、意を決したようにセイブルへ告げた。
「俺は、ヴィルトゥエルの技術を世界政府と企業に提供はしない」
「お尋ね者として追われるのか?」
「そっちに関してはヴィルトゥエルを呼び出せるようになってから覚悟はしていた。戦争の火種になりそうな超兵器の回収も続けていくつもりだ。ただ……」
「ただ?」
「父さんがなんでヴィルトゥエルを造りだしたのか、俺は知りたい」
カイトの発言に、俺も同じ疑念を抱く。
なぜマティアス博士はヴィルトゥエルの技術を世界政府や企業に提供しなかったのか。自らの技術力を知らしめるためにはそうするはずだ。
だが、マティアス博士は非人道的な形でわが子であるカイトにヴィルトゥエルを託した。その真意を知るには――。
「マティアス博士に関わっていた者たちから話を聞くか、研究所跡地を調べるしかないな」
俺の提案を聞いて、セイブルは笑みを浮かべる。
「オマケにしては良い答えだな」
「オマケって言うな」
「ヴィルトゥエルのオマケだろ、おまえは」
セイブルは嫌みたっぷりに言い返すと、話を本題へ戻す。
「マティアス博士の研究所跡地は世界政府の管理下にある。いまの状況を考えて入り込むのは不可能だ。まずはマティアス博士と関わりが深かった者たちから話を聞くのがベストだな」
「話を聞くってどうやって? カイトはお尋ね者だぞ」
「カイトはな。動くのはおまえのほうだ、クロガネ」
「……あ?」
セイブルの言っていることが理解できず、俺は問い返す。
「俺が動くってどういうことだ?」
「おまえはシュヴァルツ・アシェのパイロットとして、ランスロから仕事をもらう。仕事の依頼主はほぼマティアス博士と関わってきた連中だ。報酬をもらうついでにマティアス博士の情報を聞き出せ」
「なるほど。いつも通り傭兵の仕事をしつつ、さりげなく情報も手に入れるってことか」
「そういうことだ。だが、気をつけろ。連中のなかにはろくでもないことを企んでいる輩もいるからな」
するとセイブルは俺に詰め寄り、声を潜めて告げる。
「今回のバスタルドの襲撃も気になるが、一番警戒すべきなのは……ロードナイトだ」
ロードナイト。
俺にカイトの救出依頼をしてきた、穏やかな物腰が特徴的な世界政府総帥の騎士でもある男。
俺が嘘の報告をしても報酬金を振り込んでくれた。思い返せば都合が良すぎる気がする。
「……ロードナイトのこと、なにか知ってるか?」
俺の問いに、セイブルは首を横に振った。
「調べたことはあるがさっぱりだ。総帥の側近をやる前はなにをしていたか、どこで生まれたか、なにもかも謎に包まれている」
現在に至るまでの経歴がほぼ不明。セイブルとランスロですら探れなかったとなると、闇深い感じがしてならない。
「……そうか」
「あと、これはおまえが拠点にしていた町にあった酒場のマスターからの
「マスターから?」
「クロガネたちが去ったあと、世界政府がやってきた。町長はロードナイトに“カイトを処刑してくれ”と頼んだそうだ」
「なっ……!! あの野郎!!」
「話は最後まで聞け。そのあと、どうなったと思う?」
セイブルが険しい顔つきで俺に問いかける。
俺は、どうせろくなことではない、と吐き捨てるように言った。
「カイトの捜索が始まったんだろ」
だが、予想外の返答がセイブルの口から発せられた。
「違う。世界政府は……町民たちを虐殺し、町を焼き払った」
世界政府の行動に俺は言葉を失う。ヴィルトゥエルの技術力が狙いなら、町民たちの言葉など気に留めないはずだ。
だが、世界政府は町民たちと彼らの町を消し去った。
(世界政府は、企業と異なることを考えているのか?)
俺は世界政府の目論みが読めない反面、なにか恐ろしいことが起こるのでは……という不穏が
(それでも俺のやる事は変わらない)
カイトの護衛。そして、マティアス博士に関する情報を集める。いつもよりハードになるであろう傭兵の仕事を熟していくだけだ。
ふと、ジャケットの
「クロガネ……」
「大丈夫だ。そう簡単に俺はくたばらねぇよ。おまえは俺が絶対に守る」
俺の言葉を聞いて安心したのか、カイトの表情が柔らかくなった。
一方でセイブルの嫉妬に満ちた視線が全身に突き刺さり、俺はセイブルと雇用契約するのを(やめようかな)と一瞬思ってしまった。
仮想戦機ヴィルトゥエル〜黒い灰〜 鷹夏 翔(たかなつ かける) @kakeru810
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