第22話 ペン子、世界の理を知る

 食事を終えた頃。

 コンコンっと均等な間を置いたノックの音が響いた。


「どうぞ」


 フィエナが入室を促すと、一人の兵士が一礼をしながら現れる。


「失礼します。アヴェンス隊長、舟艇の修復作業が完了いたしましたのでご報告にあがりました」

「分かった。では、そのまま出発の準備を進めてくれ。俺もすぐに行く」

「はっ!」


 扉付近で直立していた兵士は、軽く頭を下げ、そそくさと船室から出ていく。


「でも運が良かったよね。ずっとここに留まっていたけど、魔物が1匹も現れないんだもん。日頃の行いのおかげかな?」


 未だ死線領域デッドラインに留まっているこの船は、いつ魔物から襲われてもおかしくはないはずなのだ。

 だが、昨日から魔物から襲撃されるわけでもなく、平穏が保たれていることに、ペン子は疑問を抱く。


「クラーケン討伐した後、マナ濃度が規定値を超えている場所に船を移動したからな、この辺りは魔物が少なくて当然なのさ」

「……まなのうど?」 


 初めて聞く単語に、ペン子は首を傾げる。


「えっと……その、『まな』っていうのは、いったい何なの?」

「マナはマナというか……この世界に満ちる生命の根源さ。お前さんだって、加護を発動するときに使用していただろう?」

「『まな』……『かご』……???」


 次々と発せられる未知の単語に対して、ペン子は頭上にクエスチョンマークを大量に並べながら、頭を抱える。

 それはもう、頭から煙が出ているんじゃないかってほど、訳が分からなくなっていた。


「……今までどうやって生きてたんだ」


 呆れているのか感心しているのか、何とも言えない表情で呟くアヴェンス。


「私で良ければ、簡単にご説明いたしますわ」


 人差し指を立てながら、フィエナは順序立てて説明していく。

 

「『マナ』というのは、この世界に満ち溢れる生命の源……というと、いったい何のことだか分かりませんよね」


 そういうや否や、フィエナはペン子の正面に立つと、両手で水をすくうような形にし、すっと前に突き出す。


「ペン子様、これが何なのか、お分かりになりますか」


 質問の問いかけに答えるべく、ペン子は彼女の手の中を覗き込んでみる。

 が、そこ見えるのは手の平だけ。

 首を傾けていろんな角度から見ても、結果は変わらない。


「? 特に何もないように思うけど……」

「その通りです。今、ペン子様の目に映っているのは、私の手の平だけでしょう。ですが、実はそうではありません。『マナ』というのは、我々が視認出来ないだけで、確かに手の中ここに存在しているのです」


 そう言いながら、フィエナは演説をするかのように手を大きく広げながら、ゆっくりと辺りを見回す。


「この手の中だけではありません。この室内にも、この船上にも、この世界にも。あらゆる空間において、目に見えない『マナ』という物質が満ち溢れ、我々が住まうこの世界を構築しています。そして、これらの『マナ』を体内に取り込むことによって、私たちは生命機能を維持したり、『加護』というものを使役することが出来るのです」


 一旦、一呼吸を置きながら、フィエナは続ける。


「では、『加護』というものは一体何か。それは、かつてこの世界に存在していたと言われる『神様』が残していった力……と言われています」

「神様……?」

「そうです。この世のあらゆる物や事象に宿り、信仰の対象とされていた神様たちは、天上へ去る際、残された生命がこの大地で生きていけるように、力を分け与えてくださったそうです」

「じゃあ、フィエナから翼が生えていたのも、その加護のおかげってこと?」

「仰る通りです。私であれば『天空の女神』、アヴェンスであれば『剣神』の加護をこの身に宿しています。これらの力のおかげで、我々は生活を営み、発展させることが出来たのです」

「なるほどー。じゃあ、その、マナ濃度を調べることで、どうしてここが安全だって分かるの?」

「魔物っていうのは、海中に含まれるマナをその身に吸収することで、生命活動を維持する生き物だからな。そのせいで、奴らが生息する海域は、他の海域よりもマナ濃度が薄くなる傾向にあるんだ」

「魔物がマナを食べすぎちゃうってこと?」

「そういうことだ。つまり、海中のマナ濃度を調べることで、そこに魔物が生息しているどうかの目安になるわけだ。死線領域デッドラインを判別するための基本となるから、覚えておくと良い」

「へぇーなるほどなぁ」


 言われてみると、納得できる。

 ペン子が死線領域デッドラインかどうか感じ取っていたのは、無意識のうちにマナ濃度を読み取り、判別していたのだろう。


「さて、船を出しますので、俺はこれで失礼いたします」

「ええ。お願いいたしますわ」

「またね、アヴェンス!」


 そう言い残し、アヴェンスは部屋を出ていく。

 王国へ向けて、今、動き出す。

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