第10話 隊長、苦悩する

「フィエナ様!?」


 今まさに救助班を向かわせようとしていたアヴェンス達は、突然海から現れた二人に誰もが目を奪われ、唖然あぜんとする。


「けほっ! けほっ!」


 海水を船上にまき散らしながら、甲板に着地した少女たちはその場に座り込む。

 フィエナは首に手を添えながら、肺に入った海水を吐き出そうと必死に咳き込んだ。

 咳き込む彼女を邪魔しないように、少女はゆっくりと甲板に下ろしてあげ、フィエナを支えながら背中をさする。


「大丈夫、ゆっくりで良いから。楽になるまでこうしててあげるから、ね?」

「けほっけほっ……あり……がとう……」


 優しく背中をさする少女にもたれ掛かりながら、フィエナは苦渋の表情を浮かべつつも何とか感謝の気持ちを伝える。

 そんな二人の元へアヴェンス達が駆け寄り、状況を確認する。


「フィエナ様、ご無事だったんですね! 良かった……本当に良かった……これで死罪はまぶがれる……!」

「アヴェンス隊長、本音が洩れてますよ」


 仲間の肩を借りながら、彼女の生還を心から喜ぶアヴェンスに対して、兵が冷静にツッコム。

 アヴェンスはそんなやり取りを気にすることなく、傍らでフィエナを支える少女に目を向ける。


「それと、君は一体……?」

「私はペン子。通りすがりのペンギンだよ」 

「ペン……ギン……? しかし、君はどう見ても……」

「ギュエエエエエエエ!!!」


 疑問を投げかけるアヴェンスを遮るように、海上からクラーケンのおぞましい咆哮が響き渡る。

 聞きたいことは山ほどあったが、今はそれどころではないと察したアヴェンス達は再び魔物へと目を向ける。

 先ほどまで痛みに悶え苦しんでいたクラーケンだったが、ゆっくりとこちらに近づいてきていた。


「まだ狙ってくるのか! どれだけ執念深いんだあのタコ野郎は!」

「こ、こっちに向かって来ています、隊長!」

「クソッ……この体では……!」


 先ほど打ち付けた衝撃で全身にダメージを負った今のアヴェンスでは、まともなパフォーマンスで剣を振るうことは難しい。

 この状態で再戦するか、それとも逃げるか。

 しかし、逃げるという選択肢はとっくに潰した以上、いかに活路を見出すかを考えるしかなかった。


「まだ……私も戦えますわ……」


 しばらく咳き込んだ後、何とか言葉を紡げるようになったフィエナは、救護班を呼ぼうとする兵を手で制止し、戦いの継続を申し出る。


「無茶ですって! そのお体では力を発揮するどころか、あのお姿になるのも難しいでしょう!」

「大丈夫……です……少しの間だけなら、まだいけますわ……!」


 びしょびしょに濡れた全身をゆっくりと持ち上げながら、弱弱しい声で呟く。

 頬からしたたり落ちるしずくが、海水なのか冷や汗なのか。

 一目見ただけでは判断できなかったが、体を支えきれずふらつく足が、体力の限界さを物語っていた。


「しかし、そのお体では……」


 戦うことを申し出たフィエナを静止つつも、アヴェンスは肩の後ろで束ねられた自身の碧髪へきはつを撫でながら、この状況を打開する方法を模索する。


 ――どうする。

 今の戦況で、彼女抜きで倒す方法なんて存在するのだろうか――無理だ。

 相手も手負いとはいえ、とてもじゃないが衰弱した俺たちだけでは困難だろう。


 じゃあ、これ以上フィエナ様をこの場に留めて置くことが正解なのか?

 仮に天使化出来たとして、継続時間は? 期待できる効果量は?

 もしかすると数十秒と持たないかもしれないし、本来の効果を発揮できないかもしれない。

 そんな状態でフィエナ様を狙われたら、俺たちは守り切れるだろうか?

 彼女が死ねば、隊は間違いなく総崩れとなり、敗北が決まったも同然だ。

 そんなリスクも背負いながら、勝利を掴むことが出来るだろうか。

 考えろ、考えるんだ……何か良い手が……!


「私がやるよ!」


 アヴェンスが苦悩していると、背後から可愛らしい、それでいて力強い声が耳に入ってくる。

 背後に目を向けると、服に沁み込んだ海水を払い落とし終えたペン子が、アホ毛をヒョコヒョコと揺らしながら、透き通った眼差しを向けていた。


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