第9話 ペン子、出会う

「あいたたたた……勢い付けすぎちゃったなぁ……」


 自身の想定よりも遥かに早い速度でロケット頭突きをしたペン子は、頭を抱え込みながら痛みに耐える。

 氷山島にいたときは力を使わないように厳しく言われていたため、全力を出したのは随分と久しぶりだった。


「でも、取り合えず魔物から距離を離すことが出来たねっ!」


 涙目になりつつも、魔物を見事引き離すことに成功したペン子は、ひとまずほっと息を撫で下ろす。

 その時、ペン子は視線を下に向けると、海中へと沈みゆく何かを遠目に発見する。

 

「あそこに見えるのはなんだろう……?」 


 ペン子は目を細めながら、その沈みゆく何かの正体を見極める。

 じっくりと観察してみると、金色の髪を生やした生き物が、苦しそうにもがいているようだった。

 その細くて長い手足を使い、必死に上昇を試みようとしているようだが、無情にも海底へと沈みゆくばかり。

 このままでは数十秒と持たず力尽き、海の藻屑となるのは目に見えていた。


「誰かが溺れてる!? 早く助けてあげなきゃ!」


 ペン子は水中を華麗に旋回しながら、急いで救出に向かう。

 力を使ったばかりで先ほどまでの勢いはなかったが、自主訓練により鍛え上げられた泳ぎで彼女との距離をどんどんと縮めていく。



 ~~~


 船上から投げ出されてから1分足らず。

 船への帰還を試みるフィエナだったが、水の抵抗や自身の運動神経の無さが相まり、どんどんと海底へと引きずり込まれていくばかりだった。


 徐々に力が弱まり、苦渋の表情を浮かべるフィエナは、届くはずのない右手を海面へと伸ばす。

 この手を誰かが掴んでくれると信じていたからなのか、それとも無意識なのか。

 それは自分でも分からなかったが、誰かの呼び声が聞こえた気がするのだ。


 でも、それはあり得ないと自分に言い聞かせる。

 今、アヴェンス達は強力な魔物との戦闘の真っただ中。

 ましてやフィエナの支援がない状態では、自分の身を守ることで精一杯のはずだ。

 そんな余力のない状態で助けに来たところで、全滅するのは目に見えている。

 それにここは死線領域デッドライン。いるとすれば、獲物に飢えた魔物ぐらいだろう。


(私、魔物に食べられるのかしら……痛いのは嫌ですわ……)


 再び加護を発動しようにも、呼吸が出来ないこの状態では、うまく顕現することが出来ない。

 今の自分は、無力なお荷物でしかなかった。


 ――ああ、私が出来損ないだから。

 片落ちの翼じゃなかったら、みんなを助けられたのかな――


(助けて……お兄様……)


 薄れゆく意識の中、伸ばした手を引っ込ませようとしたその時だった。


「掴まって!」



 ~~~



 駆け寄ったペン子は、暗い海へと沈みゆく彼女から伸ばされた手をしっかりと掴み、自身の体に引き寄せる。


「……!」

 

 一瞬、彼女はびくっと体を震わせ、瞳を大きく見開く。

 驚いた表情でうつ向いた顔を上げると、颯爽と現れたペン子と目が合う。


「大丈夫!?  すぐに上まで連れて行ってあげるから!」


 彼女に通じているかは分からなかったが、震える手を握りしめながらはっきりと伝える。

 ペン子は彼女をしっかりと抱えたまま、足先に光の粒子を纏わせ、陽光差し込む海面へと猛スピードで泳ぐ。

 そしてその勢いのままに海面を飛び出し、軌跡を描くように宙を舞いながら、傷だらけの甲板へと着地をする。


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