NTRデリバリー

こむらさき

1

「いえーい、オタクくん見てるぅー?」


 自撮り棒を伸ばした俺は、彼女と自分が画角に収まるようにスマホを調整して、セリフを口にする。


「今からオタクくんに特別なものを見せちゃいまぁーす」


 口の中が乾いているのがわかる。

 俺は言葉を続けながら、顔を赤らめている彼女の肩を抱き寄せた。


「ごめんね、オタクくん」


 うっとりとした表情で彼女が微笑んだところで、おもむろに彼女が俺の唇を奪う。別の生き物みたいに彼女の舌が俺の口の中で蠢いて、さっきまで萎え気味だった俺の下半身に熱が籠もる。

 腕を伸ばして自分と彼女の行為を収めようとするけれど、それよりもすべすべした彼女の手で体がまさぐられる快楽でちゃんと映像が撮れているのかまで確認する余裕はない。


「ほら♡ 情けなく屈服ぴゅっぴゅしちゃえ♡」


 そう言われて泣きそうになりながら俺は大好きだった人の写真に精を吐き出した。

 人のよさそうな笑顔で写っている黒髪の少し野暮ったい男は、俺が大好きだった人。

 愛していた人との一回だけの性行為よりも何倍も気持ちが良くて、愛があればなんでも満足が出来るなんてものは幻想だと理解した。

 オタクくん……俺……お前を信じることにもう疲れたんだ。

 そういうことをしたくてお前にそういうのを求めたけれど、断られる度に自分が穢らわしい存在だと自責するのはもう嫌なんだ。


 録画の停止ボタンを押してソファーに横たわる。さっさとシャワーを浴びて戻ってきた彼女は鼻歌を歌いながら俺のスマホを操作し始めた。


「オタクくんってマジでオタクくんって名前なんだぁ。ウケる」


 尾棹オタク、君は俺と彼女の痴態を見てどう思ってくれるんだろう。

 大切にしたいからって中学から大学になるまで一度だけしか手を出してくれなかった。それを愛だと純粋に思えたのは、いつまでだっただろう。

 プラトニックな愛に耐えられなくて、俺はこうしてあいつを裏切ることを選んだ。手を出さなかったことを後悔して欲しいというささやかな復讐心と 男に掘られるよりもあいつはきっと女とやってる俺を見るのがつらいだろうなっていう予想。

 半年前から徐々に連絡を減らして、それから女の影をチラつかせるって演出もした。あいつはデートを増やしてくれたけど、それでも手を出してくれる気配はなくて……。だから、NTRビデオレター風の動画を送りつけて終わらせてやろうって思って、本番有りのそういう店に予約を入れたのが数時間前のことだった。


「ほらほら、既読ついたよ♡」


 スマホを見せてもらって、確かにあいつのLINEに俺と彼女の痴態が送りつけられたことと、あいつが既読を付けたことを確認する。

 それから「どうした?」とか「話をしよう」ってメッセージでも来るかと思ったが、何も来る様子はなくて、お前はそういうやつだよなって妙に腹立たしくなった。

 安いキッチンタイマーの音が部屋に鳴り響き、俺の中でのあいつへの執行猶予も終わりを告げた。

 茶封筒に入れた金を受け取った彼女が小さな鞄を持って立ち上がり、出口へと向かう。


「じゃあ、おつかれさま。NTRビデオレターを送りたいって何かと思ったけどおもしろかったわ」


 彼女はそういうとさっさとホテルの部屋から一足先に出ていった。

 これで俺も別の相手を見つけられるし、あいつも俺のことなんて忘れて次のセックスなんて求めない素敵な相手を探せるだろう。

 これでよかったんだと自分に言い聞かせながら、俺はあいつのLINEをブロックした。

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NTRデリバリー こむらさき @violetsnake206

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