気弱な彦星の旅物語

@himajintarou

第1話 七夕伝説1‐1

 なぜ今私は処刑台の上にいるのだろうか。彦星はふと空を見上げた。空は処刑台に立つ自分を嘲笑うかという具合に透き通っている。隣に目をやると奇妙なほどに落ち着き、自分の手を固く握る織姫がいる。顔は落ち着いているが、握る手には微かな震えが感じられる。聴衆がざわめきが急に収まった。死刑執行人が現れたようである。自分たちを合わせて一五組の役人や王家の夫婦が並べられた。端から順に命乞いをする夫婦の首を処刑人が太刀で切り落としていく。切り落とすごとに聴衆から歓声が起こり、その様子を国王は悲しげに見守っている。私と織姫は最後に処刑される予定らしい。なんで農民出身の私が国王の娘である織姫とともに処刑台にいるのか。そう、あれは三年前の二月であった。

 突然大声が上がり、一〇人程の農民が竹やりを持って国王と琴、織姫の乗った牛車を取り囲んだ。王宮から農村まで何もトラブルがなかったためか、護衛の気が緩んでいたようで、そのすきを突かれたらしい。私はたまたま町に米を売りに行こうと牛に乗っていたところ、そんな場面に出くわしたのだ。農民は昨年から不作による大規模な飢餓に苦しめられており、国王や役人への不満が高まっていたため、各地で役人や王族が襲われていた。牛舎の中では国王が慌てふためきながらも、

「私を殺しても飢饉は解消されんし、逆に王を失った国は崩壊するまでだぞ。」

と牛車取り囲む農民へ対し訴えかけている。しかし、その言葉は彼らの耳には届いていないようで、一人の農民の掛け声により一斉に手に持った竹やりで牛車を突き刺そうとしていた。私はいくら飢餓に苦しまされていたとしても、人を殺すことには反対していたが自分まで巻き添えになるのが嫌だったので見て見ぬふりをしてその場から離れようとした。しかし、何を思ったのか足が勝手に牛の腹を軽く蹴り、私はう牛とともに牛車を囲う農民をめがけて突進したのだ。突然のことに私も農民はおびえた表情をしたが、暴れる牛に情けは一切通用しない。結局私は牛にまたがり、農民を牛車の周りから跳ねのけて国王一行を助けたのである。このままではすぐに今の農民たちの仲間が来てしまうと確信した私であったが、面倒ごとは嫌いであったため、国王たちに気づかれる前にその場を後にしようとした。しかし何故か立ち去ることができず、結局国王たちへ安全な道を案内しようとした。しかし、国王一行の護衛は国王に対して、

「この青年も先程の農民の仲間で、我々の油断したすきに襲いにかかるかもしれません。」

と私へついていくことに反対したが、国王が

「先程のように襲われたのはお前たち護衛が気を抜いていたからであろう。お前たちが油断しなければ問題はないだろう。」

と護衛を一喝したことにより、結局私は国王一行を案内することになった。もし国王の身に何かあったら、その時点で私は国王を罠にはめようとしたという濡れ衣を着させられ、処刑されるのだから正直案内を断ってほしかった。自分で心の奥底にある小さな正義感を憎しみながらも、自分で提案したことなのだから責務を果たそうと、無理やり自分を張り切らせて一行の先頭に立った。幸いなことにその後難なく儀礼を行う村へ到着したことで護衛も安堵のため息を漏らしていた。私は米を売らなければ病の母のための薬が買えないことを思い出し、国王一行に呼び止められる前に自分の村へ引き返そうとしたが、国王自ら歩み寄り、

「助けていただいたことに礼を言おう。ところで貴殿、名はなんと申すか。」

問いかけた。私は早く家へ帰りたいという気持ちを抑えながらもすぐに王へ対して跪き、

「み、み、道案内をしただけです。それに、、、それに私は名乗るほどの者ではございません。」

と絞り出した震える声で言いその場から逃げようとした。ところが、

「いいや、君は命の恩人だ、きちんと礼がしたい。これは命令だ、名を申せ。」

と国王は強い口調で私を引き留めた。私は仕方なく再び跪き、

「め、命令とあらば従うしかございません。わ、私の名は彦星と申します。」

と最後の力を振り絞ってよく答えた。これには国王もにっこりと笑い、

「そなたの名はしっかりと覚えた。いつかきちんと礼はする。」

と言い、村をあとにする今にでも牛から転げ落ちそうな私のみじめな背中を見送った。

 それから一年程が経ち母を亡くした私は、王を助けたことなどすっかり忘れていた。梅雨が終わりかけていたころ、王の使いと名乗る男が俺の住む村へやって来た。最初は税の取り立てかと思い、村全体が嫌な空気であったが突然男がおびえる私の腕をつかみ、

「国王命令だ。ご動向を願う。」

「ま、ま、ま、待ってください、こ、こっ国王陛下に呼び出されるようなことをした覚えがありません。」

と暴れる私を牛車へ押し込んだ。村の人も、誰ともコミュニケーションを取らず黙々と、ただ毎日畑を耕すことしか特にしない私が何かしでかすとは思えなかったようで牛者を発車させまいと取り囲んだ。しかし、男は鞭で地面を叩き村の人を威嚇し、何の抵抗もできない私を横目に、牛舎を急発進させた。なすすべもなく牛車を呆然と見送る村の人たちが米粒のようにしか見えなくなったあたりで男は口を開いた。

「手荒く牛車へ押し込んだことには詫びを申す。ところで、貴殿は先程国王へ呼び出されるようなことをした記憶がないと言ったな。」

「はっはい。」

「本当にか。」

私は問い詰めてくる男を不審に思い怯えたが、ふと一年前に国王の乗った牛車を助けたことを思い出した。

「あっ、、、。」

「ようやく思い出したようだな。」

男はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、牛を鞭で叩き牛車を急いで王宮へ走らせた。

 数時間が経過し、牛車は一面田畑が広がる農村から王宮のある都へ入った。間もなく王宮の前へ来ると、巨大な門がゆっくりと開く。男は私に牛車から降りるように言うと、私のことを還暦を迎えてるであろう白髪の平安装束を装った男に受け渡した。白髪の男は猫背の私へ深々と頭を下げると、

「この度はよくぞお越しいただきました。早速、こちらの装束に着替えていただき国王陛下のもとへ参りましょう。」

私はその男に控室へ案内され、手渡された平安装束に着替えた。装束はとても肌触りがよく、普段来ている服がやすりのように感じられるほどであった。

「大広間へご案内いたします。」

男は長く続く廊下を手で示すと、すり足で廊下を進んでいく。長い廊下を進み、角を右に曲がると衛兵が二人おり、身震いする私の身体検査をした。どうやらこの奥が大広間らしい。特に問題がなかったらしく、衛兵たちは廊下のわきへ退き敬礼をした。男を先頭に奥に見えていた、金箔のはられた襖の前に来た。男が襖の前で正座し、廊下を指で軽くたたき、

「例の青年をお連れしました。」

と一言告げる。少し間を開けてから急に襖が開いた。大広間は五つの部屋を一直線に並べて構成されているらしく、次々に五つの襖が開いていく。一番の奥部屋だけ一段高くなっており、金箔のはられた椅子が三つあった。右側の椅子には国王の妃である琴が、左側の椅子には国王の末の娘である織姫が、そして中心には国王が鎮座していた。織姫は一年前に見たときよりも一層美しく、こちらを見る切れ長の目はまるで夜空に尾を引き光る彗星のようだった。その美しさに見とれていると、後ろから男に強く畳に頭を押しつけられた。

「国王陛下の前で頭を下げないとは何たる無礼。」

急に強い口調で私は男に怒られた。先程まで優しかった男の態度の急変に恐怖を感じながら自分に

(そうだ、ここは王宮だ。自分のいていい場所ではないんだ。)

言い聞かせていると、

「そんなに叱りつけることはないだろう。今から家族になる人間に。」

国王は苦笑いをしながらこちらへ近づいてくる。

(国王にまで気を使わせちゃってるんだ俺。斬首刑確定かな。ていうか恥ずかしいから今すぐ斬首してくれないかな。何が家族になるだ。えっ、、、家族になるってどういうこと?)

恐る恐る顔を挙げて国王を見上げると国王はにっこりと笑い、

「お願いがあるんだがよろしいかな?」

と言い私の前で胡坐をかいた。(断れるわけがない。)そう思いコクリと私が頷くと、国王は男に私を客間へ案内するよう指示をした。客間の真ん中にはガラスの長机があり、机を挟んで左右に3脚づつ肘掛けの着いた椅子が並べられていた。

右側に並べられている椅子の真ん中に座らされ、右横には男が、左横にはどこからともなく表れた衛兵が座った。少しすると向かい側に先程と同じように、右側の椅子には国王の妃である琴が、左側の椅子には国王の末の娘である織姫が、そして中心には国王が鎮座した。

「君にどうしても頼みたいことがあるんだ。」

国王の穏やかで重厚感のある言葉とともに会話が始まる。国王が無理やり目を合わせてきて、

「落ち着いて聞いてくれるかね?」

と問う。震えながらも小さくコクリと頷く私を見て国王は再び口を開いた。

「私の末の娘である織姫と結婚してほしいんだ。」

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