追放令嬢ミーティアの世直し諸国漫遊記

せーてん

白身魚のホロホロ煮はとても美味

「我が愛する妹ミーティアよ!私はお前を断罪せねばならない!」


 玉座を前にして金髪碧眼の美男子が高らかに宣言する。相対する金髪セミロング碧眼の美少女は感情を殺した能面のような表情でその言葉を受け止めている。


「陛下、先ほど宰相殿にお渡ししたのが我が妹が私を毒殺せんが為に魔術でも検知の難しい特殊な毒を購入した証拠です」


「資料は既に確認しておる。不自然な点も見受けられなかった。ミーティア・ポタミ・アレーテーよ。余に何か伝えるべきことはあるか?」


「何も……御座いません」


 美少女は無表情を崩す事無く、ポツリと呟いた。


「反論もないという事であれば余はそなたを処罰せねばならない。

 お前の兄ユルゲンより貴族位の剥奪と王都からの追放を求められておる。

 公爵家の人間を暗殺しようとするなど本来なら死罪でもおかしくない罪であるが兄からの恩情であろうな。

 そなたはたった今よりアレーテー公爵家の人間ではない。また3日以内に王都から出ていかねば死罪とする」


「承りました……」


 相変わらずの無表情の少女からは何も読み取ることは出来ない。しかし、公爵家の第2子長女たるミーティア嬢が公爵家より追放された。この事実はあっという間に貴族社会の情報網を駆け巡る事になった。




 国王の追放宣言より二日後の昼下がり。王都の端に商人がキャラバンで使うホロ馬車がポツンと存在していた。

 馬車の中には追放宣言を受けたミーティア・ポタミ・アレーテー改めミーティア・キトゥライアがいる。貴族位を剥奪されたミーティアはアレーテー家に長く使える商家のキトゥライア家に養女として引き取られた。

 しかし、貴族位を剥奪されこれから王都を出てくことになるというのに玉座を前にした無表情とは一変してミーティアの表情は笑顔に溢れていた。


「ミーティア様、そろそろ出発しますがよろしいですか?」


 御者席に座る男が声をかける。紅い髪を短くまとめた金色の瞳を持つ偉丈夫だ。


「ええ、スィング出して頂戴。それともう私は貴族ではないのだから様は不要です」


「わかったよ、ミーティア。それじゃあ出発だ。揺れるから気を付けろよ」


 スィングが馬に鞭を打つとゆっくりと馬車が動き出すも、ガタンゴトンを結構な揺れが搭乗者を襲う。


「ちょっと兄さん!もうちょっとゆっくり出発してよ!私のお尻が酷いことになるじゃない!」


 ミーティアの隣に座る少女が抗議の声を上げる。蒼いストレートロングに銀眼の美しい少女はスィング・ケークスの双子の妹カミラ・ケークスである。


「ホロ馬車とはこういうものですから……」


 カミラを説得するように声を上げたのはカミラの向かいに座る少女レーテ・オクティアであった。彼女はミーティアを養女に迎えたキトゥライア商会に仕える一族の娘で、仮にも養女となったミーティアにキトゥライア家から付き人を一人も出さない訳にはいかず彼女の白羽の矢がたったという訳である。ミーティアは公爵令嬢であったにも関わらず大ごとをやらかして貴族位を剥奪されたとしか聞かせられていない。

 公爵家で蝶よ花よと愛でられてきたミーティアと乳飲み子兼教育係として接してきたスィングとカミラという生粋の貴族様たちをこれから庶民生活に慣らさねばならぬというとてつもなく大きな課題にレーテは密かに嘆息していた。


「ミーティア様、ところでこれからどこに向かうのでしょうか?」


 馬車は動き出したが目的地を知らぬレーテが尋ねる。


「レーテ、貴女も様付けは辞めて頂戴。変に目立ってしまうわ」


「えっと、ではミーティアさん?」


「まぁ良しとしましょう。それで目的地だけどアデル港よ」


「アデル港ですか……」


 アデル港は王都から馬車なら約1ヶ月程度で着ける港町だ。


「あそこにはこれと言った観光名所などないと思いますが、ミーティアさんは何を目的にアデルに向かわれるのですか?」


「よくぞ聞いてくれたわね!それは白身魚のホロホロ煮を食べる為よ!」


 ミーティアは指を天に向かって掲げて、これぞ本懐といった風に言い切った。


「白身魚のホロホロ煮……ですか?」


 白身魚のホロホロ煮。新鮮な白身魚を独特の煮汁で煮込んだ庶民料理。新鮮な魚が必要なので内陸である王都では食べられない料理ではあるが、今まで豪華な料理を食べてきた元公爵令嬢のお口にかなう一品とはとても言えない。


「えっと、ミーティアさんは白身魚のホロホロ煮の為にわざわざアデルに行くと?」


「ええそうよ!」


「ここから1ヶ月ほど馬車に揺られてまでしてですか?」


「その通りよ!」


「ミトは言い出したら聞かないから……」


「あら、カミラにミトと呼ばれるのは何年振りかしら、子供の頃を思い出すわね」


 カミラから幼少期のあだ名で呼ばれミーティアは上機嫌だ。そんなミーティアとカミラが何事もなかったかの様に話す様をレーテは呆然と見つめていた。たかが魚料理を食べたいが為に1ヵ月の道のりを行く?不合理極まりない判断にこれはお嬢様のワガママに振り回される旅だと覚悟した。




 しかし、そんなレーテの覚悟とは裏腹にアデル港までの旅程は順調そのものだった。

 3人の金銭感覚がおかしい所を何度もレーテが訂正することになったが、3人はレーテの言葉を素直に聞き入れた。小さな藁のベッドで寝ることになっても文句ひとつ言わない元貴族たちにレーテは最初の想定とは全く違ったリアクションに困惑するばかりであった。

 そんなチグハグな旅を続けること1ヵ月。遂に一行はアデル港に辿り着いた。


「さぁ食堂に行ってホロホロ煮を食べるわよ!」


 もう我慢できぬとミーティアが声を上げる。


「ミーティア落ち着け。まずは馬車を預ける」


 スィングの言葉にぐぬぬとなりつつも、一度落ち着きを取り戻すミーティアを見て、本当に兄妹みたいだとレートは思った。

 無事に馬車も預けることが出来たので食堂探しが始まる。


「おかしいわね……」


 既に何件もの食堂を見つけ、入り口の今日のメニューを見るも、どこにも白身魚のホロホロ煮の文字はない。それどころか鳥や豚の料理ばかりで魚料理自体が載っていないのだ。港町なのにである。


「ミーティア、この店にはホロホロ煮あるみたいだぞ」


 10軒目になうかというタイミングでスィングがホロホロ煮のある食堂を見つけた。


「でかしたわ!じゃあ早速その店に入りましょう!」


 脇目もふらずミーティアは店に突撃していった。そして店に入るや否や宣言した。


「白身魚のホロホロ煮定食4つ頂戴!」


 そんなミーティアの言葉に店内がざわつく。


「あの……本当にホロホロ煮定食4つでよろしいんでしょうか?」


 オドオドと給仕の女性が尋ねてくる。


「ええ、勿論よ。何か問題ある?」


「えっとホロホロ煮定食は1名様分2500ゴールドとなっておりますが本当によろしいですか?」


「ちょっと待って!今1人前2500ゴールドって言いました!?」


 レーテが給仕の言葉に噛みつく。


「はい、一人前2500ゴールドです」


「ちょっと待ちなさいよ。ホロホロ煮は庶民の料理でしょ。普通に考えて相場は600ゴールド前後のはずよ!?2500なんてぼったくりもいいところだわ!ミーティアさんこんな店出ましょう!」


 レーテはミーティアの手を取り、店を出ようとする。しかし、そんな2人に声をかける人物がいた。


「ボッタクリじゃねぇ!俺だってこんな値段で出したかねぇんだよ!」


 それは厨房の中にいた男だった。


「どういうことですか?」


 男の言葉にレーテは質問で返す。


「最近領主が漁業税を跳ね上げてな。お陰で魚の価格は高騰しっぱなしさ。勿論街の人間はロクに食えない。食えるのは金持ちの王都の貴族くらいなもんだ」


「そんな横暴許されるんですか?」


「許されちまうのさ。こんな田舎町じゃ王都からの監視の目も届かないし、領主のやりたい放題だよ」


「でもそんなに高くなったら商人達も王都で売ったとして利益が出ないのでは?」


「領主とつるんでいるスリウム商会だけが特別措置として減税を受けている。そしてそいつらが独占して儲けた金を袖の下として領主に渡す。分かりやすい構図さ」


「そんな酷い……」


 店主の言葉にレーテは沈痛な面持ちになる。


「それを聞くとますますここでホロホロ煮を食べるしかありませんわね」


「ミーティアさん?」


「だってそんな高額の税を支払ってまでお魚を仕入れたんでしょ?でも誰も注文しなければ魚は腐ってしまいます。それこそ勿体ないじゃないの」


「確かにミトの云う通りね。それじゃあ懐に多少余裕がある内にホロホロ煮を食べちゃいましょう!」


「ってなわけでご主人。最初の注文通りホロホロ煮4人前頼むぜ」


 そう言って3人は席に着く。レーテはそんな3人をポカンと見ていた。


「ほら、レーテも座りなさいな」


 ミーティアに促されてしずしずと席に着くレーテ。その脳内には『食べ物を無駄にすると勿体ない』という思考を持つ元貴族という常識外の存在への驚きでいっぱいだった。



「あいよ!ホロオロ煮4丁あがり!」


 しばらくすると店主の威勢のいい声が店内に響く。ミーティア達のテーブルに運ばれてきたホロオロ煮は得も言われぬ香りを放っていた。


「それでは頂きましょう!」


 そう言うがいなやミーティアはホロホロ煮にスプーンを伸ばした。ホロホロ煮の名にふさわしく煮込まれた白身魚はスプーンですくうとその身がホロホロと崩れてすくい上げれるほど柔らかい。それを口に運ぶと新鮮な海の味と独特の煮汁の風味が口内に広がり、ここでしか味わえない美味しさを醸し出している。


「やはりホロホロ煮は最高ですわね」


 ミーティアは満足げに頬張っている。しかしふとその表情が曇る。


「でも出来る事なら街中の人たちと一緒に味わって、幸せを分かち合いたいものですわね」


 ポツリとこぼした言葉はレーテの耳には届いていなかった。



「スィングとレーテは宿を探してきて貰えるかしら?」


「それは問題ありませんが、ミーティアさんはどちらに?」


「少し調べものができたのでカミラと2人で少し街の中を散策することにしますわ」


「承知しました。それではホテルが見つかりましたら俺が2人を探しに行くことにしよう」


「悪いわね。スィング」


「いえミーティアの為ですから」


 そういって2組に分かれるとミーティア達は街とは反対の港の方に向かって歩き出した。




「ねぇそこの貴方。スリウム商会についてご存じないかしら?」


 ミーティアは港に着くと片っ端から漁師と思われる男性にスリウム商会について尋ねて回っていた。しかしスリウム商会の名を耳にするとどの漁師も怯えるように去って行ってしまっていた。

 そんなミーティア達に近づく一団の姿があった。


「おう、お嬢ちゃん達。スリウム商会について嗅ぎまわってるそうじゃねぇか」


 いかにもゴロツキといった感じの男たちが10人ほど集まっていた。


「ええ、ちょっと気になっていることがありまして」


「そーかい。だがスリウム商会はアンタらに用はねぇのさ。とっとと帰りな」


「そちらは無くともこちらにはありますの」


「そーかい、そーかい。ならそれなりの目にあって貰うしかねぇなぁ」


「兄貴、それよりも今夜なら……」


 今にも殺気を爆発させようとしたゴロツキのリーダーだったが仲間の一人が耳打ちすると態度を変えた。


「普段ならお前らに話すことなんざ何もねぇんだがラッキーだったな。今夜ならお前らと『お話』してやるよ」


「あら、それはありがたい事ですわね」


 態度を一変させたゴロツキに先導され、ミーティア達はスリウム商会の本館へと招かれることとなった。




「ねぇミト。いつまでここで待つのかしら?」


「さぁ?まぁ気長に待ちましょう」


 館の正面にあるホールに突っ立つこと1時間。真面目なカミラも流石にうんざりしたようでミーティアに尋ねるもその答えをミーティアが知る由もない。

 そんな2人が痺れを切らそうとしていた時だった。


「やぁやぁお待たせしたね」


 ホール上部から声が響く。現れたのは中年ではあるが彫りの深い顔立ちも整った男である。


「私の名はグラン・スリウム。スリウム商会で長を務めている者だ。お嬢さん方以後よろしく」


「ほう、なかなかのお嬢さん達じゃないか」


 グラン・スリウムの後ろからはでっぷりと太った中年男が姿を現した。その男は舐めるような目つきでミーティアとカミラの肢体を見つめる。


「貴方はアクト・アデル子爵ですわね」


「ほう、ただの旅の女がワシの顔を知っておるか。ワシの知名度もなかなかじゃのう」


「何故漁業税を高騰させ、民をいたずらに苦しめるのです?」


 ミーティアの飾らぬ真っすぐな質問に場の空気が凍る。アクト子爵やグランの目つきは鋭くなり、それに応じるかのようにホールに待機しているゴロツキ達も険しい表情になる。


「民など貴族の為に存在するもの。いくら苦しもうと知った事ではないわ。いやむしろ苦しむ様こそ私の見たいものなのだよ」


「なんと下劣な。それでも人の上に立つべき貴族ですか」


「黙れ小娘!人の上に立つ貴族であるワシには平民の命なぞ自由にできる権利があるのじゃ。それに貴様らはそんな心配をしている場合ではないのだぞ?」


 アクト子爵の発言にやれやれとかぶりを振る。


「ワシは女を死ぬまで犯すのが趣味でな。しかし領民でそれをやると後始末が面倒だ。その点お前たちのような旅の女は丁度良い。今夜はたっぷりと責め苦を味あわせてやるぞ」


「なるほど、先ほどゴロツキどもが私たちを急に招くように態度を変えた理由はそれでしたか」


 ミーティアは呆れて物も言えないという表情で嘆息する。


「何を呑気な顔をしておる!今から貴様らはどういう目にあうのか分かっておるのか!」


「ええ、勿論分かっておりますよ」


 ガシャーーーーン!

 ミーティアの言葉が終わると同時にホールの窓を突き破って何かが建物内に突っ込んできた。


「な、なんじゃ!?何がおきとる!?」


「あれは外の巡回をしていた警護!?」


 ただただオロオロするアクト子爵と警護兵が窓から吹っ飛んでくるという謎の現象を必死に理解しようとするグラン。

 しかし2人が現状を把握する前に次の展開が待っていた。


 ギィ……


 ホールの扉が開き、外から恐ろしい殺気を纏った男がホール内に足を踏み入れた。

 

「ミーティア、これでいいか」


 ホールに踏み入ってきた男はスィングであり、手に持っていた長剣をごく自然にミーティアへと渡していた。


「外には20人以上の警護兵が居たはずだ!一体どうやってここまで来た!」


「あ゛?あの程度で警護兵名乗ってるとかお気楽なもんだな。全員お陀仏して貰ったよ」


「バカな!?あの腕利き20人をたった一人で突破してきただと!?」


 ありえない、とグランは頭を抱える。


「お前たちはいったい何者だ!?何が目的だ!?」


 グランは半狂乱で叫ぶ。


「ただの商家のキャラバン隊にすぎませんわ。ただ、貴方達の悪事と命は今夜限りですわ」


「こ、ころせぇ!」


 凛としたミーティアの声に反応して、怯えるようにグランはゴロツキ達に指示を出した。


「たった3人しかも2人は女だ!やっちまえ!」


 ゴロツキのリーダーが叫ぶと同時に80人以上いるゴロツキどもが3人に殺到した。


「アイシクルランス!」


 そんなゴロツキ集団に対して無慈悲な一撃が加えられる。カミラの発した呪言により氷の槍が顕現し、ゴロツキ数名を貫いた。 


「ま、魔術師だと……」


 数百人に一人の割合で生まれる魔術師、更に戦闘に耐えうるレベルの魔術を使える者となると数万人に1人しかいないとされる。そんな異次元の存在を目にしてゴロツキ達の士気が下がりかける。


「バカ野郎!魔術師と言えど懐に入ればこっちのモンだ!ビビらず突っ込め!」


 ゴロツキのリーダーの激で何人かのゴロツキがカミラを切りつけようと近づく。


 キィン!


 しかし、その目的は敵わず地面に臥す事になる。スィングの一太刀でゴロツキ数名が絶命していた。


「くそ!リーダー格のあの女を狙え!」


 ゴロツキは次にミーティアを目標にし、襲い掛かる。

 ヒュッ、ザシュ!

 だがその目論見も上手くいかない。

 ミーティアはゴロツキの刃を危なげなく躱し、次々と切り伏せていく。まるで戦場で踊るかのように舞っていた。



 3人の次々とゴロツキ達は屠られ、80人はいたであろうゴロツキも10数名となってしまった。

 

「こんなはずは……」


「バ、バカな……」


 グランとゴロツキリーダーは信じられないと呆然自失となっていた。残ったゴロツキ達ももう反抗の意思すら無い。ただ1名を除いて。


「き、貴様たちこんなことしてタダで済むと思うなよ!貴族に逆らった罪で一族郎党皆殺しだ!」


 アクト子爵が顔を真っ赤にし、怒りの声を上げる。



「黙りなさいアクト子爵!」


 しかし、そんな子爵の声を遮ったのはカミラであった。


「このエンブレムを見よ!この方をどなたと心得る」


 そう言うとカミラは懐から出したエンブレムを掲げる。それは王冠と大鎌を描いたエンブレムであった。


「そ、そのエンブレムは!!」


「こちらにおわすは国王陛下より絶対的司法権を委譲されし断罪騎士ディカスティスミーティア・ポタミ・アレーテー様なるぞ!」


「ば、バカな!?アレーテー家の長女は貴族位を剥奪されたはず!ましてや断罪騎士の称号など!!」


「ふっ……。貴様に語る必要などない。ただ私は今も陛下に忠実なる断罪騎士であり、貴様のような腐った貴族を粛清する権利をもっているというだけだ」


 断罪騎士ディカスティス。それは王家の剣と称される軍事と公安を一手に引き受けるアレーテー家にて国王から認められた一部の者にのみ与えられる特別な地位で、相手が貴族であろうと裁判を経ずに直接断罪することを認められた超特権階級である。


 コツ、コツ、コツ。


 ミーティアが一歩ずつホールの階段を上り、アクト子爵とグランに近づく。


「領主でありながら私腹を肥やすために領民を悪戯に苦しめ、更には婦女への暴行を繰り返した罪。万死に値する。双方ともここで断罪する!」


「ヒッ!」


「た、助け……」


 逃げようとするアクト子爵、命乞いをするグラン。しかしその両者の首には等しく断罪の刃が振り落とされ、その首を刈った。


 コツ、コツ、コツ。


 首を刎ねた2人にもう興味はないとばかりに階段を下りるミーティア。


「お兄様、やはり地方には中央の眼が届かぬ悪が潜んでいます。これらを駆逐するまで私は王都には帰れません」


 そう口にするとミーティアは玉座の前での追放劇から1週間前のやり取りを思い出していた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「お兄様、私を王都から追放して下さい」


「我が愛する妹ミーティアよ。急に何を言っているのだ」


妹から大事な話があると私室に呼ばれたユルゲン・ポタミ・アレーテーに妹から浴びせられたのは理解不能な言葉であった。


「現在王都で国や民を食い物にしているクズどもは狡猾になっており、アレーテー家の公安の網にかからないことも多くなっております」


「うむ、その事は懸念事項ではある。しかしそれとお前の追放の何が関係あるのだ?」


「実は数年前から私とお兄様は次期公爵の座を巡って対立しているという噂を社交界に流しております」


「その噂は俺も耳にしている。根も葉もない噂の発信源がまさかお前とは思わなかったぞ」


「更に私がお兄様を毒殺しようと特別な毒を取り寄せようとした、という嘘の書類も偽造しております」


「ますます話が分からん」


「この偽の証拠を元に私を断罪し、王都から追い出すのです。事前に流した噂のお陰で疑う者は少ないでしょう」


「だから何故お前を追放せねばならん」


 全く分からんという表情でユルゲンは呆れている。


「簡単です。アレーテー家がお家騒動で分断されており、公安の動きも鈍ると見せかけて、悪徳貴族どもの油断を誘うのです」


「あえて、公安の動きを乱して、油断を誘い、一網打尽にせよ。ということか?」


「その通りです。お兄様」


「しかしそのような事を陛下がお許しになるか……」


「陛下にはもうお許しを頂いております」


「我が妹ながら恐ろしい手の速さだ。して追放された後のお前はどうするのだ?」


「陛下からは断罪騎士の資格はそのままにすると言われておりますので、中央の眼が届かぬ地方で非道を行っている貴族や商人どもを裁いていこうと思います」


「なるほどな。そこまで決めたらもうお前はテコでも動かぬだろう。わかった。お前の案に乗ろうではないか」


「ありがとうございます、お兄様。しばしの別れとなりますがどうかお元気で」


「お前こそ身体に気を付けるのだぞ」


 そう言ってミーティアとユルゲンは互いを抱きしめ、しばし家族のぬくもりに浸るのだった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 アクト子爵が断罪されて2日。

 あっという間に代理の貴族が派遣されてきて領主の座につくと漁業税は元の率に戻され、スリウム商会は軒並み取り潰しとなり、アデルの街に平和が戻った。


 そして、そんな日の昼時。

 どこの定食屋でも白身魚のホロホロ煮を始めとして、多くの魚介定食が並ぶようになっていた。

 そんな街先を4人が歩いている。


「ミーティアさん、一昨日はホテルに戻ってくるのが遅かったけど何かあったのですか?」


「いいえ、別に何もありませんでした。ねぇ2人とも?」


「そっすね」


「ミトの云う通り何もなかったわよ」


「むぅ……怪しい……」


 レーテは3人にいぶかしむ視線をぶつけるも3人からは何も帰ってこない。そんな時だった。


「お嬢ちゃん達!まだ街にいたんかい!」


 そう声をかけてきたのは先日ホロホロ煮を出していた定食屋の店長だった。


「ええ、まだまだ海鮮を楽しみたくって」


「そんなら今からウチに来な!とびっきり活きの良いのを仕入れたからよ!」


 そう言って店長がリアカーにいっぱいの海鮮類を見せてきた。


「これは決まりですわね!」



 店に入ると既に多くの客が店長を待っていた。


「ホロホロ煮定食3つ!」


「こっちもホロホロ煮定食2つだ!」


 そんな注文が飛び交う。


「わーったわーった。おめぇら落ち着け。ところでお嬢ちゃんは何にする?」


「そうですわね。色々と楽しみたいですがまずはホロホロ煮を1人前お願いいたしますわ」


「あいよ、ホロホロ煮全部で6丁!」


 店長の明るい声が店内に響き渡る。

 それだけではない。店の中で今か今かと魚料理を待っている客たちの顔はどれも幸せに満ちていた。


「やはりみんなと一緒に笑いながら食べる食事が最高ですわね」


 そんなミーティアの言葉は晴れ渡る青い空に吸い込まれていった。


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 ふと追放令嬢+水戸黄門を書きたいというアイデアが降ってきたので突発で書いた短編です。もしかしたら同じような作品あって何番煎じになってる可能性もありますが書きたかったからいいのだ!もし読者様の反応良かったら不定期で続編書くかも?

 ではカクヨムコン用の長編執筆に戻ります!また次回作でお会いしましょう!

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