ハロウィンの日、吸血鬼の俺は、それが初恋だとは気付かない。
空豆 空(そらまめくう)
ハロウィンの日、吸血鬼の俺は、それが初恋だとは気付かない。
吾輩は、随分と眠っていたようだ。
(あー背中が痛い……そろそろ起きるか)
ゆっくりと
(ん? なんだ? やけに周りがにぎやかだ……)
そっと押し開けた棺の蓋の隙間から、ひんやりとした空気と共に、賑やかな声や音が聞こえてきた。
この声は……おそらく人間。それも複数。この地下室の上の階から聞こえてくるようだ。
いつもこの洋館は人はおらず静かなのに、今日はどうしたことか。
けれどそれも好都合。寝すぎたから腹が減った。
(今日は目覚めに人間の血をたくさん吸ってやろう)
そう思ってゆっくりと棺から起き上がると、静かに地下室から続く階段を登って行った。
(――なんだこれは)
そこには目を見張る光景が広がっていた。吾輩はこんなに一度に集う人間の姿を見たことがない。いや、これは本当に人間なのか?
漂う匂いは確かに人間そのものなのに、暗い部屋の中に煌びやかに光るライトに照らされて、各々色とりどりの衣装を身にまとい、笑い合い、歌い、踊り、活気付いている。
吾輩がその光景に見とれていると、ドンッと誰かが吾輩にぶつかった。
「ひゃあ!! びっくりしたあ。……ごめんなさい。吸血鬼の、コスプレさん?」
白い服を着た女が吾輩に声をかけた。その女は――とても綺麗だ。
その瞬間、我に返った。
吾輩は吸血鬼。人間などに圧倒されている場合ではない。ここは吸血鬼の威厳を見せつけなくては!
「如何にも。吾輩は吸血鬼である。……早速だが貴様の血を頂く!」
空腹感を思い出した吾輩は、早速その綺麗な女の首筋にかぶり付こうと牙を出した。けれど――
「えーなになにー。私の血が欲しいの? ハロウィンだからってそこまでなり切っちゃう?? ノリがいいなあ、もう。ハッピーハロウィーン」
「は??」
今までの人間の女なら、吾輩の姿に恐れをなして、抵抗する暇もなく餌食になっていたのに。
この女の肝が据わっているのか、吾輩が鈍ってしまったのか。女は一向に怖がる気配はなく、弾んだ声でそう言った。しかも、ハロ……ウィン?
なんだそれは。新しい挨拶か?
しかしノリがいいなどと言われたのは初めてだ。悪い気はしない。せっかくだから乗ってやるか。
「は……はっぴー……はろうぃーん」
せっかくだからとそう言ってみたものの、なんだか腹の中がむずむずする。これも初めての感覚だ。なんだ、こいつは。やはりいつもの人間の女とは……違う?
「あはは、うんうん、ハピハロッ。ねぇ、もしかして恥ずかしいの? 目が泳いでるよ? もしかして人見知りなのかなー?」
女はそう言いながら吾輩に屈託のない笑顔を向けた。なんだ、こいつ。……女にこんな顔をされたのは初めてだ。いやいや、いかん。なんだこの気持ちは。吾輩は高貴な吸血鬼だ。威厳を見せなくては……
「ひ、ひ、ひろみし……、んんっ! ひとみしりとはなんだ。そんなこと、言われたことないぞ。わ、吾輩は人見知りではなく吸血鬼だ。」
「え? ひろみ氏? 私はひろみって名前じゃないよ。アカリっていうんだー。あなたの名前は? 吸血鬼のコスしてるのは分かったから、名前教えて」
「え、な、名前……? 貴様、吾輩の名前を聞いているのか? そんな事聞かれたのは初めてだ……。吾輩の名前は……ヴァイパー……」
「ヴァイパー? ふふふ。どこまでもなりきるんだね。……あ、でもよく見るとあなた、目が綺麗な青色なんだ。色白だし顔立ち整ってるし、そっか、それが本名なんだね。その吸血鬼のコスがリアル過ぎるし、このパーティー会場も暗いしさー? 顔見れてなかったよー。ごめんね。ねぇねぇ、その牙すごいよく出来てるね。見せて見せてっ」
女は吾輩の顔に顔を近づけ、まじまじと吾輩の口元を見ている。
なんだ、このむず痒い感じ。……この女の方こそ綺麗な顔立ちじゃないか。い、いや、しかし。吾輩の頬や口元に、こんなに気安く触れてくるなど……なんてやつだ。こんな女、初めてだぞ!!
くそ、さっきから腹の中がむずむずする。いや、腹と言うよりは心臓か? いかん、眠り過ぎて立ち眩みを起こしたのかもしれん。
「そ、そんなに顔を近づけるな。この牙はホンモノだ。血を吸うから人間から見れば特殊に見えるのかもしれないが……」
「えー? ふふふ。もう。君はおもしろいなあ。どこまでも吸血鬼になりきるんだね。じゃーあ、あなたは吸血鬼だから血が欲しいけどお、私はナースのコスプレだから、私もあなたの採血がしたーいなっなんて」
吾輩の言葉にたじろむ様子もなく、女は弾んだ声でそう言った。
「さいけつ? さいけつとはなんだ」
「ん? 血を抜くってこと。ほらほら、腕出してー」
どこまでも陽気でマイペースなこの女に、手を掴まれた。
まずい、なんだこいつ。手を掴まれた途端、ますます心臓が苦しい。
(もしやこいつ、人間ではなく吾輩の知らないタイプの魔族なのか? このままでは吾輩の方が血を抜かれてしまう)
心配してると、女はにこっと笑顔を向けて、吾輩の手に何かを握らせた。
「え?」
「はいっ。今日はハロウィンだからねー。お菓子あげる。ちょっといいチョコレートなんだよ? チョコにはほんのチョコッと鉄分も入ってるから、血の代わりってことで」
――ドキッ!!
いたずらっぽく笑う女の顔を見た瞬間、今までよりも心臓を打ち抜かれるような衝撃を感じた。
だめだ、何か魔法をかけられたのかもしれない。苦しい。苦しいのに……離れたくない。
『はーい、では、そろそろ本日のハロウィンパーティーは解散となりまーす』
その時、天井から人間の物とは思えないほど大きな声があたりに響いた。
まずい、吾輩が人間の血を吸ってやろうと思ったのに。眠り過ぎている間に、人間たちは魔法を使えるようになったのかもしれない。
これはまずい、由々しき事態だ。ひとまず棺に帰ろう。帰ってゆっくり考えよう。
そこまでやっと考えた時。
「あーあ、そろそろお開きの時間かあ。私も電車があるうちに帰らないとねー。じゃあね、ヴァイパー! そのチョコ、せっかく上げたんだからちゃんと食べてね? 絶対おいしいと思うからっ」
女は、また吾輩の心臓を打ち抜く笑顔を見せてから、手を振り背を向け去って行った。
――今日は……棺に帰ろう。
俺はしずしずと棺に戻って横になって考える。
さっきまでの賑やかさとは違って、棺の中は静かだ。
あの女は――アカリと言ったか。人間の名前を覚えるのは初めてだ。
まだ心臓が締め付けられるように苦しい。
吾輩は……血を吸うより先に、何かの魔法にかけられてしまったようだ。
こんなことは初めてだ。まさか、吾輩の方が先にやられるなんて……もうこの命も長くはないのかもしれない。
それならばいっそ、このもらったチョコレートとやらを食べてみるか。
毒薬かもしれない。この胸の苦しみに、とどめを刺してくるものかもしれない。
けれど、それもよし。
「――アカリ……」
女の名前をぼそっと呟きながら、もらったそれを口に放り込んだ。
その瞬間に広がるはじめての香りは、アカリを思い出させる。
そして口の中には――濃厚な、まとわりつくような初めての味が広がった。
なんだ、これは。まずい。
おいしいって言ったじゃないか、うそつき。
――まずいのに。
その中に微かに感じる鉄分の味。
それは今まで飲んだことのあるどんな血よりも、――中毒になりそうなほど、うまい。
(ああ、これがあの女の言う“おいしい” なのか?)
……出来ることならもう一度食べたい。
叶うなら――今度はこれを食べる彼女の顔が見たい。
願わくば、吾輩も彼女と一緒にこれを食べられたなら、そんなことを思ってしまう。
アカリはきっと、弾けるようなあの笑顔で、これを頬張るのだろう。
その笑顔を思い浮かべながら、吾輩は再び眠りについた。
きっと吾輩はもう死ぬのだろう。
――こんなに胸が苦しいのは、生まれて初めてなのだから……
ハロウィンの日、吸血鬼の俺は、それが初恋だとは気付かない。――完
――――――――――――――――――――――
最後まで読んでくださりありがとうございました!!
ぜひ、評価やコメントなど残していただけると嬉しいです(*ノωノ)
そして、今水面下では新作長編を執筆中です。
そちらは悪魔に転生してしまった美少女が、人間の男性に恋してしまう物語。
『夜明けとともに人間は悪魔のことを忘れてしまう』という呪縛のもと、種族と記憶の壁を乗り越え、絆を深めていく二人のじれったくも甘いストーリーの予定です。
そちらも公開の際はぜひよろしくお願いします。
作者フォローして、出来たら過去作も読みながら(厚かましい?)
待っててくださいww
空豆 空(そらまめ くう)
ハロウィンの日、吸血鬼の俺は、それが初恋だとは気付かない。 空豆 空(そらまめくう) @soramamekuu0711
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