第6章 灼熱の地

第19話 灼熱の地Ⅰ

 廊下の壁に備えられた蝋燭の僅かな明かりがけが灯る中、ミユの部屋の前へと向かう。

 今はアレクが見張りをしている筈だ。

 会議室へ向かう分かれ道を通り過ぎ、フレアの部屋の前まで来ると、もうミユの部屋の前に居るアレクの姿が見えていた。腕を組み、壁に寄り掛かり、今にも眠ってしまいそうだ。


「アレク、交代の時間」


「……あ?」


 彼は瞼を開け、ちらりと此方を見る。体勢を立て直すと伸びをし、肩をぐるぐると回し始めた。


「変な事は起きなかった?」


「あぁ。ミユもぐっすり眠ってるみてーだし、異常はねーだろ」


 良かった。ほっと息を吐き出した。笑みも漏れる。

 アレクは頭を掻き、長い前髪を靡かせる。


「オマエもあんま思い詰めんなよ。いざって時に動けなくなるからな」


 通り掛けに俺の肩を叩き、アレクは欠伸をしながら去っていった。気怠そうな足音と、蝋燭に照らされる束ねられた薄茶の長い髪が鮮明に残る。

 影は今、何を考え、どう行動しているのだろう。考え始めれば不安だけが膨らんでいく。

 窓の外は白み始め、太陽が顔を出す。それと共に、計り知れない心の闇も取り払われるようだ。

 アレクとフレアが朝食を持って現れたのは、その三時間ほど後だった。


 朝食も終わり、またミユの部屋の前で警備に勤しむ。腕を組み、壁に背中を預け――未明に見たアレクの姿とそう変わらないだろう。

 ミユの頭痛はようやく治まったようだ。朝食の時も笑顔が絶えなかったし、安心して良いだろう。

 そのせいか、段々と眠くなってきてしまった。コクリコクリと居眠りをしては、はっと目を覚ます。


「クラウ、ちょっと休んだ方が良いよ」


 突然の声に驚き、振り向いてみると、苦笑いをするフレアが居た。


「そんなに心配なら、あたしが見てるから」


「うん、そうさせてもらう」


 体勢を直し、小さな欠伸をする。僅かに溢れた涙を左手で擦り、自室へと向かった。

 それから休息し、目を覚ますまではあまり覚えていない。ベッドから体を起こすと、テーブルの上には湯気の立ち上るペスカトーレと海藻サラダが置かれていたのだった。

 

 一息つき、再びミユの部屋へと向かう。その途中で、何やら笛の音が聞こえてきたのだ。聞き慣れない笛の音――

 それはどうやらミユの部屋から鳴っているらしい。

 ドーレーミーファーソー――と、俺でも分かる音階の音――恐らくロングトーン練習だろう。一瞬、家族の顔が過ったが、もう会えはしないと首を横に振った。

 ミユの顔が早く見たい。自分でも歩く足が速くなっていくのが分かる。

 ドアの前に着くと息を整え、ドアノブを回していた。


「ミユ」


「ひゃっ!」


 しまった、ノックするのを忘れていた。

 それにしても、ミユも驚き過ぎだとは思う。楽器を今にも落としそうな程に肩を震わせていた。

 俺がショックを受けたことに気付いたらしく、彼女は小動物のように首を傾げる。


「どうしたの?」


「部屋に居たらさ、笛の音が聞こえてきたから」


 部屋に居たというのは嘘になってしまうか。あまり変わらないから、良い事にしよう。

 朝も確認したが、もう一度確かめておこう。


「体調はもう良くなった?」


「うん。頭痛も無くなったよ」


「良かった」


 胸を撫で下ろすと同時に、顔が緩む。

 ミユの傾げた首が、更に傾いた。

 何を不思議に思っているのだろう。


「ん?」


「何しに来たの?」


「えっ? うーん……」


 こんなにも直球に疑問を投げかけられるとは思っていなかった。

 俺もストレートに返してしまっていいのだろうか。一瞬迷ったが、言う事にした。


「ミユの顔が見たくなったから。それじゃ、ダメかな」


「へっ!?」

 

 ミユの顔が一気に薔薇色に染まる。

 そういえば、ミユの部屋で二人きりになるのは初めてだったな、と気付く。

 しまった、と思う間も無く、彼女は楽器をテーブルの上へと移動させた。此方を再び向いても、目を合わせようとしない。


「私、喉乾いちゃった。会議室にジュースあるかなぁ」


「えっ? うん、あると思うよ。アレクとフレアもそこに居るかもしれなけど」


 嫌な予感しかしない。


「私、行ってくるね~」


「えっ? お、俺も行くよ」


 確実に俺を避けている。

 胸が抉られたかのようにずきりと痛む。

 足早に部屋を出ていくミユを慌てて追った。

 こんな時、何を話していいかが分からない。横に並ぶでもなく、物理的な距離も心の距離も縮まらない。

 何をやっているんだ、俺、と自分自身に苛立ちを感じる。

 そうこうしている間にも、会議室へと到着してしまった。

 ミユが扉を押し開けると、柔らかな紅茶の香りが漂ってきた。


「オマエら、どーしたんだ?」


 アレクとフレアは指定席に座り、ティーカップを持っていた。その香りは二人によるものだと判断出来る。


「私、ジュース飲みたくなっちゃって」


 ミユが答えると、二人はちらりと此方を見て小さく笑う。


「何味が良い?」


「う~ん……オレンジ!」


「分かった、持ってくるね。座って待ってて」


 フレアはにこやかに笑うと、部屋から颯爽と去っていった。

 ミユの「あっ……」と呟く声が聞こえた気がした。

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【改訂版】輪廻転生って信じる? しかも異世界で ~blue side story~【第一部 ヒーロー視点】 ナナミヤ @nanamiya5

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