第2話

 突然だけれど私には『前世の記憶』というものがあるの。

 日本で生まれ、激動の時代を生き、そして愛する人に出逢い、家族に恵まれた記憶。


 ──幼い頃は毎日、食べるものに困っていたわ。それは私だけではなく、お隣さんも級友もなのだけれど。

 けれどそれよりも、本当に苦しかったのは、大切な人との別れを経験したことよ。それも、幾度となく。

 父と母は幼少の時に。姉もある日、体調を崩したと思ったら、そのまま旅立ってしまった。

 15歳で家族を皆失い、必死の思いで生きていた。

 ──それから少し、あと。好きな相手に出逢ったの。自然と恋に落ち、十八歳で結婚したわ。

 後々にして、あの頃に恋愛結婚をするなんて、珍しいと言われたわね。

 歳を重ねると共に、世の中も目まぐるしく変動し続け、私を取り巻く環境も変化していったわ。

 天涯孤独になった私が結婚し、子どもが四人産まれたの。

 子どもが成長すると、それぞれ皆結婚し、気がつくとたくさんの孫に恵まれたわ。


 ──ある日、同居する孫の菜子なこちゃんがアニメを観ていた。

 題名は……あら、いやだ。横文字だったからかしら。さっぱり覚えていないわ。

 ともかく、菜子ちゃんが観ているそのアニメを何気なく観ていると、いつの間にか続きが気になって、毎回欠かさず観るようになっていたの。

 だって、チラチラと勿体ぶって登場する、魔王様。黒々とした髪の毛に鋭い眼光。薄い唇。全てが一年前に先立った、若い頃のじいさんに似ているんだもの。

 菜子ちゃんに言ったら、「推しができるなんてさっすが、私のばあちゃん!」なんて言われたわ。

 ──そのアニメの世界。主人公の女勇者・ソラという女の子として生きていることに気づいたのは、この世界に生まれて四年目の頃だった。

 アニメでは活発でお転婆てんばな少女だったけれど、前世の記憶を思い出してからはすっかり前世の口調や所作に戻ってしまった。

 そのせいか、アニメのソラと今のソラとではずいぶん違った性格になってしまったの。

 私が魔王討伐に立候補した時は皆に驚かれたし、止められたわ。

 けれど、ソラの体力や能力は生まれ持ってのもの。

 初めて皆の前で剣を振り下ろし、太い幹を持った木を一振りで伐採して見せたら、皆豆鉄砲を食らったような顔をしていたわ。

  

「──どうした? 呆けたツラして」

 ララは言葉の荒々しさとは裏腹に、眉間を下げて心配そうな表情を浮かべている。

「あら、ごめんなさいね。前世の記憶を思い出していたの」

「ハハッ、ソラはその冗談が好きだな」

 あら、いやだ。全く冗談ではないのだけれど。


「──ここはネオちゃんがいなくなった場所だわ」

「……そう、なのか? ずっと薄暗い森で違いなんか分からないけど……」

 ──ネオちゃん。一緒に旅を始めた、冒険者の男の子。二十歳の割に童顔で、小柄な体型だったけれど、俊敏しゅんびんで体力もあり、とても頼もしい方だ。


 ──私が一緒に旅をすることになったのは、アニメの通り、魔導師のレイン、シスターのララ、召還士のアレク、そして冒険者のネオ。

 ──ここだけの話。ネオちゃんはララのことが大好きなの。

 心優しい、穏やかな性格のネオちゃんだけれど、ララに対してはまるで中学生男子のようにちょっかいをかけては、彼女に怒られていたわ。

 ……けれど彼は、忽然こつぜんと姿を消してしまった。いえ、“忽然”という表現は少し、違うかもしれない。

 彼はあることに気付いた。──そして、自分の意思で姿を消したの。

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