殿下、ウロボロスは飼えません。

一ノ瀬一

殿下、ウロボロスは飼えません。

「やーだー、僕ウロボロス飼うのー!」

「そう言われましても殿下……」

 私──クレア・エインズワースは第一王子であるノア王子の世話係として働いているのだが……

「ウロボロスと一緒にお勉強とかお昼寝とかしたいの~!」

「無理ですって……」

 口を開くと殿下がすっぽり入ってしまうくらいの細長い龍が、自らの尾を噛んで円形を描くように綺麗に横たわっている。殿下は魔法の天才と呼ばれていて、このウロボロスも彼の召喚魔法で召喚したものだ。通常では召喚し得ないような生物まで召喚できるのはすごいのだが、毎回その後が大変だ。

「だいたいこんなに大きかったらお勉強のお部屋に入らないでしょ」

「たしかに……お城壊れちゃう?」

「壊れちゃいますね」

「そっかぁ……」

 よしよし、このまま諦めてくれそうだ。サイズ的にお城に入らないことくらいなら殿下の年齢でも分かるよね。そう内心喜んでいると、側にいたウロボロスがしゅるしゅると縮みはじめ、両手で抱えられるくらいのサイズになった。

「ウロボロス、小さくなったー! これなら飼える? ねえ飼える?」

 目を輝かせながらこちらを見上げる殿下は大変可愛らしいのだが、こんなところで負けるわけにはいかない。全く、ウロボロスも余計なことしやがって。

「でもウロボロスにどうやってご飯を上げればいいのか分かりませんからね」

「そっか、ウロボロスお口ふさがってるから」

「ご飯食べられなかったらウロボロス死んじゃいますからね」

「そ、それはやだ……」

 今度こそ諦めてくれそうだ。餌を食べられなければ死ぬことは殿下も分かってくれた。やっと一息つけそうだと思っていると、どこからともなく殿下の手の中にいるウロボロスのそばによく熟れた小さい果物が現れる。これはまずいと思いかけたとき、ウロボロスの口の中から長い舌が伸び、一瞬の間に果実は口の中に吸い込まれていった。

「見た、見た? ウロボロスは果物食べるんだ! 僕ウロボロスがご飯食べるの初めて見た!」

「え、ええ。私も見ておりました。ウロボロスってああやってご飯食べるんですね」

 見ていなかったとシラ切ることも考えたが、ウロボロスは私が「見た」というまで同じことを繰り返すだろう。

「僕、ご飯のデザート我慢してウロボロスにあげるから……それでもウロボロス飼っちゃダメ?」

「で、でもいきなり大きくなって暴れてお城壊しちゃうかもしれませんよ」

「た、たしかに……」

 殿下が言い終わる前にウロボロスの近くに魔法陣が出てくる。殿下が魔法を使った素振りはないので、十中八九ウロボロスが使ったのだろう。嫌な予感がした次の瞬間には簡易的な主従契約がその場にいた王子と私両方に結ばれていた。これでウロボロスは王子と私には逆らえなくなった。

「今、ウロボロス主従契約結んだよね? これがあったらお城壊しちゃうことないよね?」

「ない……ですね……」

「じゃあ、ウロボロス飼ってもいい?」

 キラキラと瞳を輝かせる殿下に私はどう言い訳をしようかと探すが、もう出てこない。サイズも餌も躾もクリアした。他にいい言い訳が浮かばず、私はしぶしぶ頭を縦に振る。

「やったー!」

「でもちゃんとお世話はしてくださいよ、殿下」

 ため息交じりに吐いた私の言葉はウロボロスを掲げて喜ぶ殿下の耳には入っていないようだ。

「僕、みんなにウロボロス見せてくる!」

そう言って殿下はペットになったウロボロスをお城の人たちに見せるために駆け出して行く。私も後を追って、殿下の行く先々で出会う人にウロボロスを見せる旅に同行する。

 おとぎ話でしか聞かないようなウロボロスを皆、物珍しそうに見てから殿下の魔法の才を褒めるのだ。褒められるたびに殿下は誇らしげに胸を張り、手の上のウロボロスも心なしか嬉しそうだった。

 城中を走り回り、夕方になって殿下の旅は終わった。この年頃の子どもは体力がありすぎて付き合うだけで大変だ。殿下は夕食の時間になり、私の世話係としての勤務時間も終わった。疲れて棒になった足で私は使用人の寮に戻り、自室のドアを開ける。そこには殿下がお世話をしなくなったフェニックスやらクラーケンやらがいて、ウロボロスがこの動物園に加わるのは何日後だろうかと私はため息をついた。

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殿下、ウロボロスは飼えません。 一ノ瀬一 @enasni_w

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