第16話 奏多、暗女家へ遊びに行く①

「ここだよな?」


 スマホの地図を頼りに歩みを進めてゆくと年季の入ったアパートが目に入った。


 俺は意を決してチャイムを鳴らす。

 すると中から、ドタドタ走り回る音が聞こえたあと、4,5歳くらいの男児と女児がひょっこり顔を出した。


「わー! ほんもののカナタだ!」

「すごーい! すごーい!」


 その場で俺の周りをグルグルと回り出す。


「なっ! なんだ!」


 突然の出来事に驚いていると中からエプロン姿に身を包んだ暗女が顔を出した。

 珍しく髪を縛っていてとても可愛らしい。


 今俺は、暗女の自宅に来ている。この前修行をしてくれたお礼で家に招待してくれた。

 女性の家に上がるなんて失礼だと思ったんだけどどうしても言うので断れなかった。


「ちょっと! 朱莉あかり友哉ともや! 奏多さんに迷惑かけちゃだめでしょう」

「ねー! ねー! サッカーしようよ!」

「ダメ! カナタお兄ちゃんはわたしとおままごとするの〜」


「奏多さん困ってるでしょう! 後にしなさい」

「「はーい」」


 暗めは子供たちを優しく叱った後、子供たちはスタスタと家の中に入ってゆく。


「いい子たちだな」

「すみません……お見苦しいところを……」


 先ほどのお姉さんの威厳は消え失せ、いつもの暗女に戻っていた。


「どうぞ、中へ」

「お邪魔します」


 一礼してから玄関に入る。

 中は俺のボロアパートと遜色ない広さだった。


 ここに兄弟五人が住んでるのか……。

 リビングとはいえないそこにはちゃぶ台が一つとテレビだけがあった。


「やー! やー!」

「わーい! わーい!」


 兄弟たちは俺が部屋に来たからかその場で飛び跳ねている。

 無邪気で可愛らしい。


「他の子たちは?」

「上の子たちは学校に行ってます。二人とも中学生なんです」

「そうなのか。色々と大変だな」






「ダンジョンいいんかいしねぇぇ!」







 たわいのない会話をしていると、友哉くんが突如大声を上げた。


「こら、死ねとか言っちゃだめでしょう!」

「だって、カッコいいじゃん!」


 すると友哉くんはその場で俺の抜刀のポーズを取り出し。やー! とー! っと、声を出しながら

 新聞紙を刀代わりにして思い切り振りぬいた。


「す、すみません。奏多さんの配信をみてからセリフを真似するようになってしまって……」

「あはは……元気でいい子じゃないか……」


 俺の影響力って凄かったんだなと、改めて実感させられるな。


「俺の配信見てくれてるんだな。ありがとう」


 俺は友哉くんの頭をそっと撫でた。

 すると、えへへ、と笑顔を浮かべる。


 これからは配信で変なこと言うのはやめよう。

 俺は心の中でそう誓った。


「いまちょうど、お昼を作っているんです。もう少し待っていてください」


 暗女はもじもじしながら口を開いた。


「ありがとう。手伝おうか?」

「大丈夫です……奏多さんはくつろいでてください……!」


 すると、暗女はエプロンの紐を縛り真剣な眼差しで野菜を切ってゆく。

 家庭的な暗女は初めてみるのでとても新鮮だ。


「かなたお兄ちゃん〜。一緒におままごとしよ〜」


 妹の朱莉ちゃんがスタスタと駆け寄ってきた。


「いいよー」

「それじゃあ、わたしがかなたお兄ちゃんのお嫁さんする」


「「えっ!?」」


 妹の朱莉ちゃんがそう言うと、暗女が俺と同じ反応をした。


「あなた、お帰りなさい~」


 朱莉ちゃんはもう役に入ってるらしい。


「あ、朱莉ちゃん。た、ただいま〜」


 おままごとなんてしたことないけど、こんな感じでいいのだろうか。


「あなた、ご飯にする? お風呂にする? それとも……わたし?」

「……っ!」


 朱莉ちゃんが笑顔で口を開いたその時、暗女が一瞬反応した気がした。

 気のせいだろうか。


「そうだなぁ~。それじゃあご飯にしようかな。お腹ペコペコだし」


 お腹をさすりながら演技をする。


「そうだわ! あなた、お帰りのちゅーは?」

「えっ!? ちゅー?」


 えっ!? おままごとってそこまでするの!?


「そうよ! わたしとあなたは夫婦なのよ! 当たり前でしょう?」


 小首を傾げる朱莉ちゃん。


「そ、それはさすがにヤバいと言うか……コンプラに違反するというか……大人としてちょっと……」


 すると、朱莉ちゃんは唇を尖らせる。


「こんぷら? なーにそれ? ねーねーはやく~」


 それを横目で見ていた暗女がスタスタこちらに寄ってくる。


「こ、こらっ! 奏多さん困ってるじゃないの!」

「えー! どうして〜? かなたお兄ちゃんとチューしたかったのに〜」

「おままごと意外の遊びをしなさい! いいわね?」


 必死にやめるよう促す暗女。

 心の中で安堵する。暗女がいて助かった。

 

 最近の女児、恐るべし……!


「分かった! お姉ちゃん、かなたお兄ちゃんに嫉妬してるんだー!」


 弟の友哉くんが口を開いた。


「なっ! なに言ってるの!?」

「だってお姉ちゃん、かなたお兄ちゃんが来てから顔真っ赤だもん! チューするって言った時ももじもじしてたし! ぜったいそーだ!」


「そ、そんなわけないでしょう……! 私は奏多さんが困ってたから……」


 暗女が頬を染めながら言う。


「かなたお兄ちゃんはわたしのものよ! 誰にもわたさないんだからね!」


 プクっと頬を膨らませながら俺の腕にしがみつく朱莉ちゃん。この状況は色々とヤバい気がする……。

 これは、まだおままごとの途中なのか……?


「こらっ! もう離れなさい!」

「やだ!」

「ちょ、ちょっと……二人とも落ち着いて」


 さすがに見てられないので冷静になるよう促す。

 だが――


「あなた、浮気してたのね! ひどいわ!」


 えっ!? そういう展開?

 おままごとって浮気までやるの!?


「わたしとは遊びだったのね! もうしらないわ!」

「あっ、いや……えっと……」

「もう! 朱莉、いいかげんにしなさーい!」


 事態を鎮めようとしたのに悪化してしまった。

 俺はその様子をただボーっと見つめることしかできなかった。

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