転移者と黒猫~誰よりも死に戻っている冒険者  もう一つのパターン

大介丸

第1話

 

 そこは周囲しか視界が効かない真っ暗な場所だ

 空気はひんやりと冷たくかび臭く、得体の知れない濃度で周囲を埋め尽くしていた

 そして不気味なくらいい静まり返っている

 真っ暗な場所に、ウォーキング用のジャージとウォーキングシューズを

 履いた男性が1人が突っ立っていた

 その足元には一匹の黒猫が毛繕いをしている

 それはいささか異様な光景だ

 ウォーキング用ジャージを着こんでいる男性は、不気味なくらい

 静まり返っている周囲に視線をゆっくりと走らせて

 真っ暗闇な虚空を見上げる


 ―――俺はまたここに戻ってきたんだ

 ―――もう慣れてきたといっても良いレベルなのかもしれないけど精神的に

 くるこの光景は好きになれない



 ただ、今までとは違う違和感を男性は覚えていた

「8回目の『死に戻り』ですか」

 キョロキョロと周囲をそれとなく確認しながら、何処かうんざりとした様な

 声で呟く

『630,403回にゃ』

 そう応えたのは、足元で毛繕いをしている黒猫からだ

「もう、飽きてきたんだけど」

 男性はそう応えつつ、グルグルと腕を回し 数回シャドーボクシングをする

 ゆっくりと大きく息を吸い込んで勢いよく天に向けて

 拳を突き上げると何処か鬱憤がはれたと言わんばかりに

 呼気を吐き出した


 その仕草に苦笑いを浮かべる黒猫は小さくため息をついた。

『―それは君にとって必要なことにゃ

 ――君はただひたすらに前に進み続けるしかないにゃよ』

 黒猫は諭すようにそう呟く

 そんな声が届く範囲に誰か他の人間などいない

 ただ暗闇に満ちた空間のなか、そこに居るものはただ一人の孤独な男性だけ。

 だからこそか、その声に耳を傾けていた

「まさかにゃんこさん

 今までの『死に戻り』回数を数えていたりしている?」

 男性は口元に苦笑らしきものを浮かべつつ、足元に視線を

 向けながら尋ねた

 何処か疲れたような口調で尋ねながら、大きくノビをする

 身体の隅々からポキポキと音がなりそうなほど全身を

 ほぐしていく

『それに関しては答えないにゃ』

 毛繕いを終えた黒猫が静かにそう応える



 その後の動作は、素っ気なくそっぽを向いた

 男性は それに答えに別段驚く事無く、肩をすくめた

 身体をぐるりと回転つつ、男性はじっくりと周囲を観察

 するかのように見渡した

 そこは石造りの壁に囲まれた部屋で、 床には魔法陣のような

 文様が描かれている

 男性は大きく息を吸うと、静かに息を吐き出した

 それはまるで身体全体の力を逃がしているようだ

『どうかしたかにゃ?』

 足元にいる黒猫が、男性の様子に異変でも感じたのか声をかけた

「何でもないよ」

 男性が答えつつ、首を横に振って応えた

『なんでもなくは無いと思うけどにゃ~』

 黒猫が訝しげに声を上げる

 男性は小さく笑ってはぐらかし 自然な動作で視線をめぐらした。

 その挙動にぶれや油断は感じられない、見るものにある種の

 清々しさすら覚えるような所作だ。

 視線は、油断なく辺りに走らせている

 魔法陣のような文様が描かれている以外に、室内には机と椅子、そして

 壁際には本棚らしきものが4つ確認できる

 棚には僅かに本が収められているのが見える。

 無遠慮に室内にある物を分析するかのような目で確認していく男性に、

 黒猫は諦めた様子で深くため息をついた。

「さっさと行こうか。にゃんこさん

 最短記録で『死に戻り』は勘弁してほしいし」

 男性は深く疲れきった声で言う

『3回目と14回目の『死に戻り』時にゃね

 魔物の群れに襲われて、ボロボロにさせられて喰い殺されたにゃ』

 辟易としたかのような声が足元から上がった



「ガチで勘弁してください」

 男性は黒猫の言葉に対してむすりと機嫌が悪そうに目を細めつつ、応える

(そしてもう『死に戻り』に慣れてしまった自分が怖い……)

 そう思った男性は苦笑しつつ、部屋の扉に向かってすたすたと歩き

 扉をバンと勢いよく開いた。

 扉は木のそれのようだ。

 埃が室内に断続的に舞っていく中で男性が扉の隙間から

 飛び出してくのを見て 黒猫もまた静かに彼の背後についていくために

 駆けるのだった

 630,404回の再出発だ ……



「 ……おいおい」

 男性が、思わず声を上げた

 部屋の外は、石畳や壁が綺麗に舗装されており街中の建物の

 地下と行っても差し支えが無いくらい小ぎれいな空間が

 広がっている景色だった

 松明の灯がなく深い闇に支配されているため、遠くも

 見通せないくらい薄暗いため、一歩先を進むにも一苦労する

 付け加えると、やけに鼻につく臭いが漂っている

「にゃんこさん

 今回の『死に戻り』は、何かヤバい気がする。『異世界』の

 管理人さんが何か介入でもしてきた?」

 薄暗く広い空間をカツンカツンと硬質な音を響かせながら歩く、

 男性の表情は優れない

『 『管理人』じゃなくて『神様』にゃ

 ――― 神様が管理している『箱庭世界』は1つ2つではないにゃよ?

 一つ一つに『介入』するほど暇じゃないにゃ』

 足元から呆れたような口調の声が響いた

 そんな声を聞きながらも男性は歩みを止めない



「……『世界』そのものを一度リセットする事は出来るんじゃない?」

 口ごもりつつも男性は尋ねた

「……神様が何を考えているかまで吾輩は、わからないにゃ――

 兎に角進むしか選択肢は無いのにゃ」

 それに深いため息をつくような、あきれ返るような

 雰囲気の声が届いた

 やがて暗闇の中を歩く男性の動きが急に止まった。

 彼はバツが悪いと言いたげにがりガリと後頭部を

 ひっ掻いているように見える

 もしかしたら後ろ頭を搔いたのかもしれない

 そんな彼の足元にピタリと寄り添うように黒猫も

 またピタと動きを止めた

「俺がいた『世界』で流行っていたラノベという書物で登場している

『神様』や『女神様』というものは、

 うっちゃりミスって1人の人間の命を丸っと決めるような下手打つ

 不真面目やズボラでいい加減なタイプだったよ」

 男性は、何かを考えつつ口を開く

『それは仕方がない事だにゃよ。

 その作者達は実際の『神様』なんて見た事ないからにゃ

 それが分かるくらいならもっと沢山の作品に名を残してるはずにゃ』

 黒猫が、ため息を吐き出しているように間延びした声で男性に応える


「 『最初の頃』は、ラノベやネット小説の影響もあってか

 管理人さんもご多分に漏れずに不真面目や

 ズボラでいい加減なタイプかと正直思ってはいた」

 男性はお道化る様に言う

『―――『神様』は物凄く多忙な生活を送ってるにゃ。

 管理している『箱庭世界』を把握するために、魔法的な力で

 監視カメラのように常に見ているし、 流れ来るトラブルを解決するため

 力を注ぎ込んでいるにゃ』

 やれやれと言った感じに黒猫が言葉を吐いた

「 そのラノベ書籍やネット小説では、地球の文化、特に俺がいた

 日本の漫画文化に毒された『女神様』とか? ってよくあった」

 さらに男性が言う

『・・・そんな時間はないにゃよ』

 その言葉に黒猫は深く呆れたようだ

 男性は思わず苦笑してしまう



 松明の灯がない通路を男性と黒猫は、警戒しつつ進んでいた

「やはりおかしい・・・。

 今間での『死に戻り』で見てきた『ダンジョン』構造じゃない」

 男性の口から不安と警戒の色の濃い呟きが出た

『確かに『今まで』の構造は、パズル形式の複雑に絡み合った

 トラップ配置や入り組んだ構造だったにゃね』

 そんな男性の言葉に黒猫も頷いた

「今回はずいぶん生温いというか、手抜きというか」

 男性は今までとは違う感覚に、怪訝な表情になり首をひねりつつ、

 脚を止めた

『それでも進むしか選択肢は無いのにゃ』

 黒猫がそれに対して応える

「確かににゃんこさんに言う通り、どのみち進むしかない」

 男性が応えると、小走りに通路を進み始め その後ろを

 黒猫もぴったりとついていく


 およそ一時間ほど構造が変わっている『ダンジョン』を進んでいると、

 地響きが男性と黒猫の耳に届いてきた

「こんな現象は初めてだぞ? 」

 男性が立ち止まり、眉間に皺を寄せながら呟く

『少なくとも地震ではなさそうにゃね』

 黒猫が周囲をスンスンと嗅ぎまわりながら呟いた

 すると再び地面が小刻みに揺れた



「・・・この震動はドラゴン・・・いや、オーガ系かトロール系か?」

 男性は思案気に貌をこわばらせ呟きをこぼした

『震動だけで、どんなモンスターなのか判断できるのかにゃ?』

 黒猫が感心げな雰囲気で声を上げた

「 幾度も『死に戻り』を繰り返していると、馬鹿ではいられないのさ」

 男性はそう吐き捨てる様に言うと、一気に駆けだした

 震動と共に遠くから叫び声が微かに聞こえてきたからだ

 地響きのする方向へ、男性は躊躇うことなく掛けていく横を

 黒猫も走っている

 発生地点まで駆けつけたところで、棍棒を持った巨大な青肌の

 トロール系1体の後ろ姿が見えてきた

 モンスターの咆哮と絹を裂くような女性の悲鳴が反響する

 悲鳴を発している女性は、壁ぎわまで追い詰められている

 男性の腰ぐらいまでの身長のトロール系は、手に持つ棍棒をブンと

 振り下ろして壁を崩した

 細かな粉塵が周囲に舞う

 棍棒で壁を打ち崩す音と共に、再び女性の悲鳴が響く

 女性は完全に腰が抜けてしまっているようだ

 彼女は大声を上げながらずるずると後退しているが、追い立てられるままに

 壁際まで来てしまっていたのだ

(おいおい・・・何なんだこのパターンは!?)

 男性は心中で叫ぶ



『武器も防具もない状況で助ける気かにゃ?

 これは最短記録更新にゃね』

 黒猫の心底あきれ返ったような言葉が響いてきた

「外見から判断する限り、襲われているのは同じ日本人の可能性がないとは

 言い切れないだろ?!

 それに今までには無かった貴重な『転移者』か『転生者』を死なせる

 訳にはいかない」

 男性は、自分にそう言い聞かせるように呟いた

『情報が欲しいだけじゃないのかにゃ』

 黒猫がそう喋る間にも状況は刻一刻と進んでいく

 トロール系は棍棒を振り上げて、今にも力一杯に

 振り下ろそうとしている

 棍棒をまともに受ければ、致命傷は避けられないだろう

 しかし追い詰められた女性はその場にへたりこんでおり、動けそうにない

 トロール系が棍棒を振り下ろす寸前、男性は一陣の風の如く

 女性とトロール系のモンスターの間に滑り込む

 振り下ろした棍棒は、男性が腕一本で受け止めていた



「グオオ?!」とトロール系のモンスターが情けない声を発した

「貴重な『転移者』か『転生者』を、そう易々と死なす訳にはいかないんだな。

 これが

 ・・・お嬢さん怪我はない?」

 振り下ろす寸前の棍棒を腕一本で受け止めながら、彼はそう喋りかける

「え――?」

 女性は、男性とトロール系のモンスターを見上げながら茫然としている

『そんな軽装で、トロールの一撃を良く受け止められたにゃね』

 いつの間にか茫然としている女性の横にいた黒猫が、そう喋りかけた

「・・・トロール系の攻撃パターンには心当たりがある」

 男性が淡々と言葉を発する

「――猫が喋ってる?」

 我に返った女性が呆然と呟きを漏らした



「グオオオ!?」と再びトロール系のモンスターが雄叫びを発し、

 再び振り上げようとした

 が、一瞬先に男性の蹴りがトロール系のみぞおちに入り吹っ飛んでしまう

「グギャオオォッ――!」と悲鳴を発しつつトロール系のモンスターは壁に

 激突し、そのまま倒れ伏した

「・・・やけにモロいトロールだなぁ。普通種か?」

 戦闘を終えた男性は、軽く息を吐きつつそう呟く

『なんだかんだ言っても経験者にゃね。余裕だったんじゃないかにゃ』

 黒猫が呆れ交じりにそう喋りかける

「ところでお嬢さん、怪我はないかな?」

 男性は蹴り飛ばしたトロール系モンスターが、起き上がらないのを

 確認した後 へたり込んでいる女性に視線を合わせる様に屈み込んだ

「・・・いえ・・・大丈夫だと思います――危険なところを

 助けていただきありがとうございました!」

 女性はそう礼を口にすると慌てて立ち上がった

『危ないところだったにゃ』

 黒猫が喋ると、女性は驚いたのか目を丸くしたがすぐに

 平静を取り戻した

「・・・え? あ・・・うん。そうね。ありがとうございました」

 少しの間を空けてそう言って頭を軽く下げた

「どういたしまして」

 男性は淡々とした調子で返事を返す

『まるで無愛想な人間みたいにゃ』

 と黒猫が呟きを漏らした

「で、お嬢さんは『転移者』? それとも『転生者』?」

 男性はそう尋ねながら、視線は倒れたトロール系モンスターから

 外していない

「へ?」

 女性はポカンとした表情で男性を見つめながらそう返した

 猫が喋る事にも驚きを隠せない様子ではあるが、今の

 発言内容には理解できない部分があった様だ



『所で、この空中で飛んでいるのは『ドローン』かにゃ?』

 黒猫が女性の返答を聴く前に喋った

「いやいや、にゃんこさん、限りなく中世ヨーロッパ世界にそんな

 テクノロジーがあるわきゃ・・・・・マジか」

 男性はそう言いながら、辺りを見回すと小型ドローンが円を

 描くように飛んでいた

 飛行高度はかなり高く、高さ20mぐらいの所を鳥のように

 優雅に滑空しているように見える

 ドローンの形状は、丸く平べったい物体だ。

 また、ドローンにカメラが二つ付けられている

「あ、えっと……『ダンジョン』探索動画配信をやっています……」

 女性はかなり緊張しているのか、しゃべりがぎこちなかった

「 ダンジョン探索動画配信? 」

 男性は円を描くように飛んでいる小型ドローンを不思議そうに

 眺めながら尋ねた

 今間での『死に戻り』では、少なくとも魔法や剣のガチガチの

 ファンタジー系中世ヨーロッパ世界だった

 それが今回から 近未来や機械文明を全面に押してきたとなれば、幾度も

『死に戻り』を経験していても 男性は戸惑う気持ちを抑えられない

 まるで『現実世界』にいるような感覚だった

『今回から新しく追加された『ジョブ』かもしれないにゃね』

 黒猫がしゃべる

 女性は、黒猫が人と同じように喋っている事に驚き眼を開いていた


「まったくここにきて新しい展開とは・・・つくづく管理人さんの

考えている事が―――

にゃんこさん、そのお嬢さんを任せるよ」

男性は若干げんなりとした表情を浮かべながら言葉を漏らすと、警戒したまま

鋭い視線を通ってきた通路に向き直す

『素手で闘うのかにゃ?』

黒猫も何かに気づいたのか、そう喋った


女性は男性と黒猫の行動に唖然としてしまっている

「回復薬もなく武器もなければしかたがないよ

それに女性がいるんだから、少しは見栄ぐらいはらないとさ」

男性はそう言うと、軽い準備運動をした

『で、どうするのかにゃ?

団体のトロールにゃよ』

黒猫が喋り終えると、同時に地響きをともなってトロール系モンスターの

集団が雄叫びを上げて姿を現した

「・・・あれぐらいだったら何とでもなりそうだ」

男性は平然とした様子でそう言葉を漏らした

「逃げた方が!」

女性が悲鳴を上げるように男性に向かって叫んだ

『まぁ大丈夫にゃよ。ああ見えて死ぬほど経験しているにゃ』

黒猫が女性に喋りかける

トロール系モンスターが男性の戦闘範囲に次々と入り込んでくると

一斉に棍棒を振り上げる

棍棒の連打につぐ連打が男性に襲いかかる

棍棒が男性に当たる寸前のタイミングで、男性は躱し続けた

その躱した速度を利用しては、トロール系のモンスターに足を払うような

ローキックや間合いを詰めて腹に拳を叩きこむ

トロール系のモンスターは、攻撃をするたびに逆の足を軸に

体を回転させるように体術を混ぜた反撃を受けていた

次々と倒れていくトロール系モンスターの光景に、女性は口を

開けたまま呆然としていた

そしてその光景は、宙に浮いている小型ドローンが撮影している


〈なにやってんだよこいつは!?〉

〈殴り合いだけど・・・なんという体術だ。格闘漫画みたいだぞ!!〉

〈棒立ちのようだが、全く隙がないな・〉

〈まじか。あの「トロール」相手に瞬殺とか強すぎるだろう〉

〈それより黒猫が喋っていたよな!?〉

生配信を視聴している視聴者も、同様の感想を抱いたのかコメントが

滝のように流れて行く


「うっそぉ・・・」

女性は、目まぐるしく動く光景にそんな声を漏らした

『さてお嬢さん。戦闘は彼に任せておいて質問したいにゃよ

お嬢さんは、『転移者』『転生者』のどっちにゃ?』

黒猫は、男性の戦闘には興味が無いのか質問をした







 ――――この時はまだ黒猫と男性は一体どんな状況になったのか判断は

 できていなかった

 この助けた女性が、人気探索系配信者であることを知る由もなかった

 そして生配信中ということも・・・

 それは後にいつもとは違う、大騒動の幕開けに発展するのだが

 この先の話は、また何れかの機会に・・・


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