重苦しい

堕なの。

重苦しい

 夏が少しづつ消えて涼感を感じる頃、まだ青々と生い茂った木々の中にある高校の校舎に青年と少女がいた。二年一組と書かれた古い木のプレートはこの学校の歴史と趣きを包含している。

 少女は冬服を、青年は夏服を着ていた。窓も扉も閉め切られたこの密室で、夏服では寒く冬服では暑い気持ち悪い気温が二人の肌にまとわりつく。二人は会話をせず、教室の右前と左後ろに座っていた。

 青年が立ち上がり黒板の前に立った。チョークを掴んで、レールに戻す。数瞬迷った後、今度は赤いチョークを選んで文章を書き始めた。

「どうすれば信じてくれますか?」

 美しいだけの文字で書かれた悲しい言葉が少女の目に映った。そして少女は苦しそうな表情をした。俯いていて青年からは彼女の心中を測ることはできない。

 少女は偽りの笑顔を纏って、顔を上げた。それはゆっくりと、息を飲むような空気感で行われた。美しい動作、完璧な作り笑顔。今度傷ついた顔をしたのは青年だった。

 二人とも一歩も動かない。指先すら揺れることはない。瞬きだけが、この密室に存在する唯一の動きだった。見つめあったその目は、青年の方が気まずそうに見える。少女の宝石のように澄んだ瞳は、青年の目を、そのさらに奥を見つめていた。

「ごめんなさい」

 その言葉に、青年の目は揺れた。悲しい気配を纏った瞳が、定まる場所を探している。そして、少女の瞳を真っ直ぐ見つめた。向き合うしか道はないとでも言うように。

「分かるんですよね。蛇の道は蛇と、先生が言いましたから」

 責め立てるような瞳が青年を次々に刺していく。全てを受け止めた青年は酷く苦しそうで、見ているこちらが辛くなるほどである。しかし青年は目を逸らさない。逸らせない理由があった。

「分かりますよ。賛同はしません」

 少女は机の横にかけてある鞄の中から一通の手紙を出した。宛名には先生へ、と書かれている。

 かさりと乾いた音がしてその手紙は開かれた。ただ一言、愛していると書かれている手紙は至る所に赤が散りばめられている。

「家に帰ったら、大切なものが消えていた」

「ずっと閉じ込めていたから逃げたんじゃないですか。私と先生は分かり合える。良いパートナーになれると思うんです。だって好きが、愛が重いから」

 青年は黒く重厚感のある鞄から銃を出した。そして、それを自らの頭に突きつける。

「やっぱりこれですかね?」

「裏切った罰ですよ。先生」

 二人だけの壊れた関係。お互いがお互いを縛り、そして愛し合って成立する関係。青年はそれを破った。別の女を囲ってしまった。その瞬間から、少女の殺意と決意は定まっていった。

「こちらの方が良いのでは?」

「いや、これが良いんですよ」

 少女が鞄から出したのは既に他の人の血が着いた包丁だった。それは赤黒く変色して、青年の視界の視界の中で揺れる。

「さようなら」

「さようなら」

 少女に応じるように青年も答えた。そして、青年は引き金を引いた。頭の中に音が響いた。

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重苦しい 堕なの。 @danano

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