第7話 ペストコスからの警告
魔術師は、より超自然に近い存在であった。呪文を用いず奇跡を起こす力があり、個体数も少なかった。そのため普通に生活していれば一生出会えない事が殆どであった。出会ったとしても、人との接触を好まず放浪癖がある性質から、再会は運任せであった。故にカエムワセト達も、もうリラと会う事は無いだろう、と諦めていたのである。それだけに、今日の再会は皆、内心驚いていた。
アーデスは、カエムワセトから受け取ったカバ肉のサンドイッチをたった三口で完食したリラをぼんやりと眺めた。ふいに目が合い、ぎくりとした。垂れ目がちな輪郭の中でアーデスをまっすぐ見つめるその瞳は、驚くほど無垢だった。一体どういう生活をしてきたらこんな目になるのだろうと思いながら、アーデスはなるべく優しい笑顔を意識してリラに話しかける。
「あれから今まで何をしてた……かは、ライラが怖いから訊かないとして、どうしてまたひょっこり現れたんだ?」
一つ目の質問を口にした瞬間ライラが眼光を鋭くしたので、実害が出る前に次の質問に移った。
もともと常にうっすらと微笑みを浮かべているリラだが、その微笑みをアーデスに向けて深くすると、続けてカエムワセトに顔を向けて言う。
「あんたに困ったことが起きそうだから、来たんだよ」
三人の食事の手がぴたりと止まった。
「私に?」
カエムワセトは確認する。
リラはこくりと頷いた。
「ペストコスが、もうすぐ嵐が来るって言うから」
「ペスト……?」
聞きなれない単語を聞いて眉を寄せたライラに、アーデスが「ペストコス。セベク神の使いのこと」と説明した。
セベク神とはワニの頭を持った男神で、農耕地の守護神であり、豊穣の神という性格を持つとされている。ペストコスはその化身や眷属のワニである。
「つまりナイルワニね。よく食べられなかったわね。無事でよかったわ」
ライラがそう言ってリラの頭を撫でた。神の使いが人間を喰らうわけがないのだが、ペストコスをあくまで唯のワニとしかとらえていないライラは大真面目である。
「嵐というのは?」と、カエムワセトが詳しい警告の内容を問いかけた。
「まだ分らない」
リラは答えた。
「どこに来るのか。どうやって来るのか。どんなものが来るのか。でも、エジプト王家に悲劇の一石を投じるのは確かだよ」
「おいおい。それじゃ、ただ脅かしに来ただけじゃねえか」
「アーデス!」
思わず責めてしまったアーデスを、ライラが叱った。
「おっとすまん。ちょっとでも助けになろうと思って来てくれたんだよな」
慌てて謝罪したアーデスに、リラは「ううん。はっきりしないのは本当だもん」と首を横に振った。
「殿下、ご安心を。私は、いつ何時何が起ころうとも王家をお守りいたします」
胸に拳を当てて身を乗り出したライラが、力強い口調で宣言した。
「『殿下をお守りします』の間違いだろ?」
アーデスがすかさず茶化した。
代償として、ライラから焼きたてのパンを顔面にくらう。
「ありがとうライラ。頼りにしているよ」
腹心二人が揉み合う様を笑いながら、カエムワセトは答えた。
「確かにあやふやではあるけれど、神様の方からわざわざ警告をくれたのなら、それだけでも大サービスだよ。今はまだ何が起こるか分らない状況だけれど、だからといって怯える必要はない。前兆をいち早く察知できるよう周囲に気を配りながら、できる限りの準備と心積もりをしておこう」
腹心達と客人の顔を順に追いながら、カエムワセトはその場をまとめた。四人は頷き合った。
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