天才になる

うさだるま

天才

 「天才になりたい。誰もが羨む天才になりたい。」僕はそう願った。

 

 日差しが照りつけるように暑く、気持ち悪い湿気が肌を撫ぜるあの夏の事だ。

 僕はいつものように、机に向かい小説を書いていた。まあ、小説と言っても駄文。年に数冊売れたらいいなといったレベルのアマチュア小説家なのだが。

 それでも僕は何者かになりたくて、毎日のように筆をとっていたのだった。

 当然、稼ぎもろくになく、親の仕送りとバイトで稼いだ金で生活しているので、借りているアパートにエアコンなど付いてはいない。

 窓を全開にし、汗を肩にかけたタオルで拭いながらの執筆作業だ。

 いつもなら、アイデアが出なくても、数時間うんうんと唸った末になんとか妥協できるようなアイデアが浮かんでくるモノなのだが、今日は違った。

 全くもって何も出なかった。

 頭を捻ろうが、逆立ちしようが、比喩ではなく本当にしようが、何も出てこなかった。

「仕方ない。気分転換だ。」そう思い、僕は外に出る事にする。

 暑くて仕方がなかった日中も、日が傾けば、まだ過ごしやすい気温になっていた。

 近くの田んぼや畑から蛙の鳴き声が聞こえてきそうだなと思った。

 僕が当時暮らしていたのは、所謂田舎と言われるような場所で、コンビニも必死で探さないと見つからなく、スーパーマーケットなどもない。野菜は八百屋で買うし、魚は魚屋で買う。近所には若い人なんて全然いなくて、爺さん婆さんしかいない。そんな村だった。

 その日も八百屋の前を通り、田んぼを横目に、山に続く石階段を登っていったのだった。

 数分登ると、直ぐに石で作られた灰色の鳥居が見えてくる。

 村唯一の神社がそこにはあるのだ。

 ただ、爺さん婆さんは何十段とある石階段を登れないし、ここを管理している人もいないので、社の屋根もボロボロで穴があき、雑草も酷く生い茂っている。手入れのされていない神社だ。

 山の真ん中にある、草木に囲まれた寂れた神社。趣はあるが、どこか物悲しい。

 僕はどうしても話のアイデアが出ない時に、よくここを訪れた。

 虫の声。草木が風で揺れる音と青い匂い。

 その日、僕はなんとなしに、神社を掃除して帰る事にした。

 雑草をむしり、そこらへんに転がっていた竹箒で落ち葉を掃いた。

 あらかた綺麗になった頃、辺りは真っ暗になっていた。

 山の中は少しの明かりもなく、怖い。

 そんな中、目を疑うような光景を目にする事になる。

 柔らかく光る男がゆっくりと空から降りてきたのだった。

 男は自分を神だと名乗り、神社を久しぶりに掃除してくれる人間がいた事に感謝を述べた。

 そして、神は御礼をしたいと言うのだ。


「何か欲しいものを一つ、何でも与えてやろう。」


 神はそう言った。

 僕は半信半疑だったが、どうせ神じゃなかったからといってどうにもなるまいと思い、本当に欲しい物を願った。

「天才になりたい。誰もが羨む天才になりたい」と。

 神は快く僕の願いを聞き、呪文のようなものを唱える。

 そして次の瞬間、塵となって消えた。

 その時は、あまりの不思議な事にタヌキにでも化かされたのかと思ったが、家に帰り、筆を取ると、今まででは考えられないほど、画期的なアイデアが溢れ出したのだ。

 筆が止まる事を知らず、直ぐに一冊書き終えた。僕が書いてきた話のどれよりも素晴らしいできのものだった。

 その本は飛ぶように売れた。見向きもしなかった人から見られるようになり、様々な人から評価された。楽しかった。ようやく小説家というものになれた気がした。

 なん冊も本を出版し、どれも高い人気を誇った。月すら買えそうなほど、僕は儲けに儲けた。

 だが、その人気は次第に翳り初めた。

 本を出す度に、購入者が露骨に減り始めたのだ。

 何ということはない。読者が僕の作風に飽き始めたのだ。

 僕はそれでも書いて書いて書いた。

 でも、それは状況が悪化するだけで、なんの足しにもならなかった。

 日に日に減る読者。僕はあの日、訪れた神社に立ち戻る事になるのだった。

 石階段を一足飛びで走り、古びた社に突撃するような勢いで神を呼び出す。

 

「どういう事だ!天才じゃないじゃないか!人気が落ちて仕方がないぞ!話が違う!」


 僕は憤慨した。しかし、神は知らん顔で言う。


「君が欲しがった天才とはそういうものではない。才能とはそういうものではないのだ。才能とは人より高次元の努力をする権利だ。人に見られ、その度に努力する権利だ。君は何もせずに理想の自分になりたかったのかね?ならば、そう言えば良かったのに。」


 神はあの日と同じように塵となって消えた。

 僕は今でも、話を書いている。

 

 




 

 

 

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