パートタイムの娘

 僕は驚いて時計を見るともう21時だった。

そうか、今日は帰りが遅れたから・・・

「あの、延長とかは難しいかな?」

「すいません。次が入ってて・・・契約は月・金曜日の18時から21時までなんで、今回遅れた1時間半の分は後日指定口座に返金となりますので」

彼女はそう言うとぺこりと頭を下げた。

「あ・・・いいよ、ゴメン。こっちこそ無理言って」

「いえいえ。お仕事お疲れ様です」

彼女はそう言うとそそくさと立ち上がり、隣の部屋に行き仏壇の前に座ると手を合わせた。


彼女「サヤ」とレンタルファミリーの契約を結んだのは、1年前だった。

その1年前。今から2年前の冬の日。

飲酒運転の車によって僕の娘「道子」は16歳の生涯を閉じた。

道子・・・みーちゃんが6歳の頃に妻が病気によって死んでしまって以降、2人で頑張って肩を寄せ合いながら生きてきた。

それが突然砂の城のように崩れて消えた。

毎日、ただ真っ暗な部屋に籠もり死ぬことばかり考えていた。

そんなある日。

何気なく見ていた携帯のサイトに「レンタルファミリー」と言うものを見つけた。

条件に見合った代金を払うことで、決まった時間の間スタッフがお客の望む「家族」を演じてくれるという物。

馬鹿馬鹿しい。

怒りさえ覚えながらサイトを閉じようとした僕は、スタッフの1人を見て我が目を疑った。

そして、震える指で料金設定を調べ始めた。

スタッフ一覧に写っていた「サヤ」と言う子が道子そっくりだったのだ。


どうせ素人の演技なんだろうと期待はしていなかった。

それでも、みーちゃんの面影だけでも・・・ほんの少しでも感じることが出来れば。

縋るような気持ちだったが、利用してみて想像以上の完成度に驚いた。

最初にみーちゃんの話し方や癖、好きな食べ物や趣味等々基本的な情報を会社に伝えてあったが、サヤはそれらを完璧に身につけており、まるで本当にみーちゃんが帰ってきたかのようだった。

後で会社のスタッフから聞いた話によるとサヤはその卓越した演技力と容姿によってかなりの人気らしく、契約も週2回、18時から21時しか取れなかった。

でも・・・それで充分だった。

彼女との時間が今の自分の支えと言っても大げさでは無い。


「これ・・・マカロンの残り。良かったら持って帰って」

「すいません。業務時間外での飲食物や物品の受領は禁止なので。契約書に明記されているので、またご確認ください。あ、ご飯は冷蔵庫の中にあるので召し上がってください。じゃあまた月曜に」

サヤは携帯を見ながら早口でそう言うと、靴を履いてぺこりと頭を下げて出て行った。

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