みーちゃんと僕

京野 薫

家族の食卓

「ああ・・・嘘だろ」

いかん、思わず声が出てしまった。

目の前でドアが閉まる電車を恨めしそうに見ると、僕「江口 康輔(えぐち こうすけ)」は首を振りながら時計を見る。

次の電車じゃ6時までに家に着くのは無理だ。

「そんながっくりしなくてもいいじゃないですか、江口さん。急ぐわけでも無し」

後輩の「坂口 加奈子(さかぐち かなこ)」の言葉も今の僕にはただ煩わしい。

「いや、今日は急いでるんだよな・・・」

苦笑いしながらそう言うと、坂口さんはニヤッとしながら言う。

「あ、デートですか?」

「いや、そんな気にはならないよ。別の・・・そう!友達と会うんだ」

苦し紛れにそう言うが、全く信用していないようだった。

「ま、そういうことにしときます。・・・それより、あまり根を詰めすぎないようにしてくださいね。何かあったら話してください」

気もそぞろに坂口さんにお礼を言う。


駅を降りた僕は時計を確認する。

なんて事だ。もう19時・・・

早歩きから、小走りに変わる。

せっかく有名店のマカロンも買ってきたのに・・・

マンションの前に着くと、呼吸を整えてインターホンを鳴らす。

少しすると、鍵の開く音が聞こえてドアが開いた。

「遅いよ、パパ!」

「ゴメン、みーちゃん。仕事が長引いて」

「ダメ、許さない。せっかくご飯作って待ってたのに」

「そう言うな。お詫びにマカロン買ってきた。春風堂の。お前好きだって言ってたろ?」

「え!本当に?じゃあ・・・許す!一緒に食べようよ。紅茶いれるから」

彼女の言葉に僕はホッとしながら頷く。

良かった。怒ってないようだ。

せっかくの貴重な時間だ。

へそ曲げて無駄になったら泣くに泣けない。


彼女は鼻歌を歌いながらキッチンに戻り、紅茶を煎れ始めた。

「その鼻歌の奴、最近流行ってる曲だろ」

「パパ、知ってるんだ!そうそう。学校でもみんな歌ってるから。カラオケ行ったときのために練習しとかないと」

「そうか。・・・良かったら今度カラオケ行くか?」

「・・・考えとく」

彼女はニッコリと笑ってそう返してきた。

その返事に僕も曖昧に頷くと、彼女が煎れてくれた紅茶を飲む。

「今日は学校はどうだった?」

「うん。バッチリ。私、勉強できるからさ」

「自分で言うなよ」

彼女の言葉に思わず笑い声が出る。

こんな何気ない会話が出来るなんて、1年前には考えられなかった。

2人でマカロンを食べながら、夢中で二日間の話をした。

主に仕事のことだったが、みーちゃんに聞かせるため若者向けの音楽や配信動画の事も調べたのだ。

「え~、パパ凄いね。そんなに調べてくれたなんて・・・嬉しいな」

みーちゃんの嬉しそうな表情に心がポカポカと暖かくなる。

マカロンも紅茶も美味しい。

幸せだ。

その時、突然みーちゃんの携帯が鳴った。

ハッとした表情でみーちゃんは携帯を取り出すと、画面を確認し僕に向かっていった。

「すいません。時間になったのでそろそろ切り上げたいのですが」

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