番外編第6話 王妃と愛人

今回は、ほんのちょっぴり(?)キスシーンがあります。


------


 ヘルミネは、保養地での出会いから2年後、アンドレ・ド・ロレーヌを自らの侍従として王宮に雇い入れた。それ以来、親し気な2人の様子にアンドレがヘルミネの愛人ではないかという噂が絶えなくなった。


 ヘルミネはそんな噂も気にせず、堂々と他の使用人を下げてアンドレと2人だけで自室で過ごすことも多い。新婚時代に夫フレデリックの部屋と離れた場所に自室を作らせたのは自分ながらいい仕事をしたとヘルミネは自負する。


「ねえ、アンドレ。私、ここにあまり長くいたくないわ」

「王妃陛下、もう少し我慢して下さいませ。それか私抜きで旅行に行くのはいかがでしょうか?」


 アンドレはヘルミネの前に跪き、右手の甲にキスをした。そのキスはただの挨拶にしては異様に長く、アンドレの唇はヘルミネの手の甲にべったりと触れている。


 護衛オリヴィエはアンドレをギロリと睨み、侍女イザベルの目は失望を隠していない。他の侍女達はまた始まったかと半ば呆れている。


「オリヴィエ、それに貴女達、ちょっと席を外して頂戴」

「王妃陛下、お言葉ですが……」

「オリヴィエ、口答えは許しません」

「……申し訳ありません」


 オリヴィエは爪が掌に食い込むほどに拳を強く握り、下を向いて外へ出て行った。


 他の侍女達も出て行って2人きりになった途端、アンドレとヘルミネは唇を深く重ねた。何分も経ってから2人が顔を離した時には、アンドレの唇に口紅がべったりと付き、口の周りが唾液でべとべとになっていた。ヘルミネはハンカチで自分と彼の口を拭い、またキスをした。


「せっかく拭いたのにまた口紅が付いちゃうよ」

「心配ご無用、もうさっきのキスで口紅は全部落ちちゃったわ」

「オリヴィエはまだまだだね。嫉妬が露わになってたよ。あれは仕事のために苦言を呈した顔じゃなかった」

「まあ、彼はただの護衛よ」

「かわいそうに。君は旅先では彼の『妻』だったのに」

「あれはただのカモフラージュよ。貴方だって知っていたでしょう?」

「そうだね。でも彼の目は愛しい妻を見る目だったよ」

「そんなの気持ち悪いわ」


 7歳年下の若い護衛の思慕と敬愛の混じった視線が以前はいつも心地よく誇らしかったのに、アンドレに溺れるようになってから、ヘルミネは嫉妬を隠し切れないオリヴィエを鬱陶しく思うことがある。それでもヘルミネはオリヴィエとの関係を断ち切るつもりはない。同世代のイザベルがオリヴィエを慕って身体の関係すら持っているのに、彼が彼女より7歳も上のヘルミネを愛しているというのは優越感を持ててよい。


「ねえ、いつ私達が夫婦じゃなくて王妃と護衛だって気付いたの?」

「うーん、知り合って間もなくかな。王妃ヘルミネは美人で有名なのに君の変装は下手だったし、変装していてもそこはかとない気品が溢れていたから、ただの田舎成金男爵の妻には見えなかったよ」

「まあ、落として褒めるなんて、貴方は本当に女誑しね」

「君にだけだよ」

「またまた口ばっかり」

「嘘じゃないよ。僕は最初から君に首ったけだ。そうじゃなかったら、家族も事業も捨てて外国まで来ていない」

「わかったわ、貴方を信じる。でも、だったら旅に一緒に来て。ここにいると人前でイチャイチャできないじゃない」

「君と僕がイチャイチャして誰が文句を言うんだい? 誰も僕達が身体を繋げたのを見ていないだろう? イチャイチャしたって大丈夫だよ」

「でもドロテアとフレデリックが……」

「王太后陛下は寄る年波でもうそれほど脅威じゃないし、国王陛下は王太后陛下がいなきゃただの腑抜けだから大丈夫だよ。でもだからこそ、君がいない間は僕がしっかりしていないとこの王宮は駄目なんだ」

「まあ、貴方も言うわね! でも悔しいけどそれも確かね。けど、旅に貴方がいないのはつまらないわ。オリヴィエを夫役にするのはもう嫌なの。いくら嘘でも恋人が他の男の妻っていう振りは貴方も嫌でしょう? 本当ならフレデリックとも離婚したいくらいよ」

「悔しいけど今の僕にはこんな贅沢な旅三昧をさせてあげられないんだ。君にこんな素敵なドレスだってもう買ってあげられない。僕だって多少は商会で成功していたけど、君の側にいるために売り飛ばしてしまってもう何もないんだよ」

「ごめんなさい。貴方は私の側にいるためにこんなにも犠牲を払ってくれたんですもの、贅沢は言わないわ。でも寂しい……」

「僕にいい考えがあるよ。僕の友人で頭の切れる奴がいるんだ。ロベールを覚えているだろう? 彼を僕の補佐として雇ってくれれば、僕ももっと君の旅行に付き合えるよ」

「まあ! それはいい考えね! でも彼の事業はどうするの?」

「彼には優秀な部下がいるんだ。1週間に1日程度事業に当てられれば問題ないんじゃないかな」

「いいわね! さっそく手続きしましょう!」


 それから間もなくアンドレの友人ロベール・リベルテが王妃の側近として雇われた。ドロテアは反対だったが、その話を知った時は反対するには既に遅かった。愛妻の貞淑を無駄に信じていたフレデリックは、もう1人雇えばヘルミネが侍従と2人きりになる機会が減ってが消えるだろうと微かな希望を持って賛成し、わざと実母に事前に教えなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る