第34話 好きな人

 あくる日。時刻は昼過ぎ、よい子は学校で午後の授業を受けているであろう時間。


 俺は寮の共有スペースで、目の前に置かれた1枚の紙とにらめっこしていた。


「うーん……まったく思いつかない」


 そう、これはあの時最後に勢いでぶちかました爆破についての反省文。


 その最初の書き出しで俺は躓いていた。


「何も書く気がないなら、そんな紙さっさと捨てたらどうだ?」


 俺の向かいに座る白衣の女子、サラマンダーは楽しそうに言ってくる。


 二人仲良く停学中のため、こうして授業の時間でも俺たちは寮にいる。


「お前は生徒指導室を出た瞬間に丸めてゴミ箱に捨てたもんな」

「当たり前だ。私が反省する要素はどこにもない」

「その潔さよ。俺は健全な学生だから、そんな反逆者みたいなことはできないな」

「書かないなら一緒だと思うがね」

「内容が思いつかないんだよ」

「それは、心の奥では秋志も反省する必要がないと思ってるからだろう?」

「……」


 言葉に詰まる。なんとなくサラマンダーの言ってることは合ってる気がした。


 もう1時間以上は二人でこうしている。サラマンダーも律儀なのか、それとも停学で研究室へ行けないからなのか、ずっと俺に付き合ってくれている。


「それにしても、君が私のせいにしたせいで、私の停学期間の方が長いんだが?」


 ジトっと抗議の視線を向けてきたけど、それは無視して紙と睨めっこを続ける。


「爆弾を使った後のことまでは指定されてないからな。最大限自衛させてもらった」

「はぁ……抜かりないな君は。とは言え、約束を守ってくれたことには感謝してるよ。内心では、約束したけど反故にされても仕方ないと思っていた」

「まぁ、約束したからな。なんであろうと、そこは守らないとだろ?」

「普段の言動はアレだが、変なところで律儀だね秋志は」

「普段の言動がアレな分、俺は人間性で勝負してんだよ」

「たしかに、それは言えてるかもしれないな」


 ちなみに、俺は停学1週間。サラマンダーは2週間。


「そう言えば、あの二人は別れたそうじゃないか。ずいぶん早い終焉だったね」


 俺が黙って反省している風の文章を捻り出していると、サラマンダーが再び口を開いた。黒田辺りから聞いたんだろうか。まあ、そうなるのは想定内だ。


「ま、今回は相性が悪かったんだろうな」

「噂では、どこぞの誰かが大立ち回りしたとか」

「お前、そういうの信じないタイプだろ?」

「まあ、そういうことにしておこう」


 それから、内心では反省してない反省文を書き終えるころ、時間は夕方になっていた。


 サラマンダーも何もせず俺に付き合うのは暇だったのか、気づけば自室へ戻っていた。


「よし、完璧な文章だ」


 反省してないけど、ものすごく反省した文ができた。


 紙を持ち上げて自分の書いた文章を眺める。完璧だ。


「どれどれ……では内容を拝見!」


 後ろから声がしたかと思えば、パッと俺の反省文が拾い上げられる。


 授業が終わって戻ってきた星宮だった。


「どうよ? この完璧に反省した俺の文章は」

「言動がまったく反省してないけど?」

「反省しすぎて吹っ切れた男の姿がこれ。反省はしてる」

「そうかなぁ……なんか文章が綺麗過ぎる。定型文みたいな感じ」


 中身を見た星宮から冷たいレビューをいただく。


「反省文なんてそんなもんだろ」


 企業の不祥事に対する反省文だって、読み解けばだいたい同じことが書いてあるし、俺はそれにならって当たり障りのない内容に仕上げただけ。


「ほら、やっぱり反省してない」

「ま、本気で反省する必要はないと思ってるから」


 星宮は奪い取った紙をそっと机の上に置いた。


「今日は一人で帰ってきたのか? 桜野は?」

「今日は御門君の様子を見たいから先に帰ってきた」

「え……」


 それ、どう反応すればいい? 嬉しすぎてうっかり反省文を握り潰しそうだった。


 そんなことをしたら物理的にも反省してないのがバレるからなんとか踏み止まった。


「そういえば、巻村はちゃんと約束を守ったっぽいな」

「うん。御門君が停学になったあと、教室にいるみんなの前で謝ってくれたから、とりあえず一発ビンタしてお別れしたよ」

「巻村どんな顔してた?」

「嬉しそうな顔してた。ちょっと不気味でクラスも変な空気になってた」

「えぇ……」


 どうした巻村? この前のあれで新しい扉開いちゃったのか?


「あと、孤児院への寄付は続けるってさ」

「へぇ……色々大変だろうにな」


 九條商事の不祥事が表に出てから、世間は色々騒がしくなった。


 あることないことネットに書かれたり、謝罪会見やらなにやらしたり。ただ、おそらく今回の主犯は巻村だったはずだけど、それが表に出ることはなかった。


 噂のひとつすら出てこないのはさすがに違和感を覚える。けど、きっとどこぞのエージェントが裏でなにかをしていたのかもしれない。


「まあ色々表に出て直接は難しいみたいだけど、それでもこっそり寄付するってさ。せめてもの贖罪だって言ってたよ」

「最初からそうしてれば、もう少しちゃんと星宮の心を掴めたような気がするな」

「だからね……私は巻村君を許すことにしたよ」

「いいのか?」


 俺は巻村の処遇を星宮に委ねた。星宮は一番の被害者で、俺には巻村を裁く資格が無いからと取った選択。結果として正しいかはわからないけど、どこぞの誰かが知らない内に裁きを下すより、被害者本人が裁定した方がスッキリするだろう。


 その結果、星宮は巻村を許すことにしたらしい。


「いいの。全部綺麗に片付いたし……それに、きっと憎み続ける方が精神的にキツイから、この件はこれで全部おしまいにする」

「そうか……」


 星宮がそう決めたなら、それでいい。星宮が女神でよかったな巻村。


「ところでさ、御門君は銀河で一番私の幸せを願ってるの?」


 伺うように俺の顔を覗き込んでくる星宮。


「んん?」

「あの時、言ってたよね?」

「言ってたなぁ……」


 本当は本人に言うつもりがなかった言葉。今思えば、星宮を救うためとは言え、調子に乗ったことを言ってしまった感はある。幸せになれないとか、本来俺が決めつけていいもんじゃないしな。


 星宮の幸せは、星宮自身の意志で決めないといけない。そこに俺の意志は押し付けない。この一件でそう学んだ。だから、これからは星宮が自分で選んだ幸せの道を、全力で応援する所存。


「そうすると、私はこの先幸せにならないといけないんだね?」

「星宮に限らず、誰でも幸せであるべきだと思うけど」

「それは……そうかも。で、そのことなんだけどね……私、見つけたよ」

「何を?」

「えっと……」


 星宮は胸の前で手をモジモジさせている。


 目もどこか泳ぎ気味だった。


「その……私を幸せにしてくれそうな人」

「え……?」


 星宮は顔を仄かに赤くしながら、恥ずかしそうに続けた。


「私……好きな人できた」

「へぇ……ええ!?」


 衝撃が強すぎて反省文を力いっぱい握りつぶしてしまった。これで物理的にも反省していないことになったな。いやそれよりもね?


「それをね、私の幸せを願ってくれる御門君に伝えたかったんだよ。それが今日の本題」


 え……え!? この前のことがあってすぐに!? 誰を!?


 星宮の心の傷の深さは計り知れないから、これからは側でじっくり支えて行こうかなぁとか思ってたんだけど、え、恋したの? マジで?


「だから……まだ色々怖いけど……少しずつ、頑張ってみる」


 彼女は控えめに笑った。


 失うのが怖いと、だから恋人を作らないと言った彼女。巻村との偽りの恋人関係が終わった矢先、どうやらその恐怖を凌駕する想いが芽生えたらしい。え、いつ?


「あの……そこまで報告するなら相手が誰かまで教えてもらうことって……」

「ダメ!」


 彼女は手でバツ印を作った。


「御門君だけには言えない」

「え、なんで?」


 俺だけって、なんで? それは酷くない? じゃあ圭一とかには言えるの?


 というかそれならなんで俺に報告したの? 生殺しだよそれ?


「じゃ、じゃあどんな感じの人かだけでも!」

「な、なんでそんな知りたがるの⁉︎」

「銀河で一番星宮の幸せを願ってるからだろ!」

「うぅ……そう言われると弱いな。まあ、それくらいなら……大丈夫かな」


 星宮は頬を赤らめて視線を逸らしながら続けた。


「えっと……その人はね、自己評価が低くて、普段はわざと無神経なのに、ここぞと言う時は恰好よくて、だから実はかなり頼りになって……それで、私のことを本気で想ってくれてるってすごく伝わってくる人なんだよ」

「え……誰その最強の人?」


 その内容だと塩見は違う。それに巻村も除外される。でも俺の脳内キャラ図鑑には、まだそれ以外で最強の存在はいないんだけど。え、隠しキャラ?


「あとはね、周りのことはよく見てるくせに、自分のことになると超が付くほどの鈍感! きっと私のこの気持ちにも気づいてないと思う」

「は? めっちゃ罪作りじゃんそれ……」


 星宮からこんなに想われてるのに気づかないとかやるなぁ。


 俺ほどの愛があればすぐに気づける自信しかない。


「そうだね。めっちゃ罪作りだよ」


 ジトっとした目を俺へ向ける星宮。


 なぜか俺が責められている気分になった。


「だから、頑張ってみるよ。私も少しずつ前に進みたいって、そう思ったから」

「そっか……いつでも手伝うから、その時は言ってくれ」

「うん。その時はよろしくね」


 どこのどいつかわからないけど、ちゃんと気づいてやれよ。


 星宮ひかりの寵愛を受けるとか、人生を何回やり直しても手に入るものじゃないぞ。


「絶対振り向かせてみせるんだから!」


 そう言って、彼女はニシシと歯を見せて笑ってきた。


 今まで見たどの笑顔よりも、目が釘付けになるような気持ちのいい笑顔だった。


「その笑顔を見せれば、きっとその鈍感男も一撃で落ちると思うぞ」

「それはどうかなぁ」


 星宮的にはピンと来ていないようだった。


「たぶん……無理なんじゃないかなぁ」

「そりゃ手強いな」

「それは今とても実感してる。じゃあ私は部屋に戻るから、また晩御飯でね!」


 彼女は笑いながら手を振って去って行った。


「いや……マジで相手誰だよ……?」


 冷静になると、相手が気になって仕方ない。手強くても頑張るって、ガチな奴じゃん。


 まあでも、今はいいか。星宮の最強な笑顔を見られたのなら、それでよしとしよう。


 時間はたくさんある。これからゆっくり星宮が想い人を攻略する様子を眺めさせていただくとしよう。だから、まずは相手を特定するところからだな。よし、次にやることができた。


 推しの幸せを一番近くで眺める。その目的のために、俺の戦いはまだ続く。





~あとがき~

ここまで読んでいただきありがとうございました。

というわけで、公募に落ちた作品の供養でした。

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攻略対象外のサブヒロインを主人公とくっつけたい男の話 国産タケノコ @takenokono-sato

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