第31話 落とし前

 

 結局一日中授業をサボった不良な俺。


 今は校門に背中を預けて、学校から帰る生徒一人一人に目を配る。


 用事があるやつらを見逃さないように、ずっと目を凝らしていた。


 待つこと数分。目当ての二人が通りがかる。今日も仲良く下校か。


「ようお二人さん。今帰りか?」


 遮るように二人の前に立った。手なんか繋いで、見せつけてくれるじゃねぇか。


「御門君? ヒメが今日はお腹壊してずっとトイレにいるって言ってたけど?」


 桜野……お前もうちょっとこう……いい理由はなかったのか?


 文句を言いたいけど、桜野は今ここにいない。全部終わったら文句を言おう。


「悪いもん全部出したからこの通り元気いっぱいだ」

「ならよかった」

「それで、僕たちに何か用かな?」


 横から巻村が口を挟む。


「お前ら二人に話したいことがある。特に巻村、お前には色々とな」

「……ここじゃダメかな?」

「俺は人前で目立ちたくないんだ。3人で静かに話したい」


 既に若干名が俺たちに注目している。


 俺の真意を測るように、巻村は眉ひとつ動かさないでジッと俺を見つめた。


「なるほど。じゃあ、場所を変えようか」


 二人を連れてやってきたのは校舎裏。


 地味に人が来ないから告白スポットらしい。


「それで、話ってなにかな?」


 巻村は俺に見せつけるように星宮の肩に手を回す。


 星宮は嫌がる素振りを見せず、ただ穏やかに笑ってそれを受け入れる。


 一見すればお似合いのカップル。だけど、俺はもう知っている。


「巻村……もうこの辺にしておけ。お前、これ以上は取り返しがつかなくなるぞ?」


 そっと諭すように語りかける。


「なんのことかな? まったく見当がつかない」


 だけど、巻村は素知らぬ顔で首を傾げる。


「なら、単刀直入に言う。星宮を解放しろ」


 その言葉に、巻村の眉が僅かに動く。


「ずいぶん強い言葉を使うんだね」

「これ以上ない適切な言葉だろ」

「それじゃまるで僕がひかりを縛りつけているみたいじゃないか。心外だな」

「違うのか?」

「それはひかりに訊いてみようか。どうかな?」


 巻村は星宮に優しく笑いかける。わかってるよね、とでも言いたげだ。


「私は……私の意志で巻村君と付き合ってるよ」

「ほら、相思相愛だ」

「どこが相思相愛なんだよ? 孤児院の寄付を人質に、って言葉が抜けてんだろうが」

「え……」


 反応したのは巻村じゃなくて星宮だった。


「言いがかりはやめてくれないかな?」

「……言いがかり?」

「証拠もないのにそんなこと言わないでよ。嫉妬だとしても面白くないよ?」

「あぁ……証拠。証拠ね。悪いやつってのはすぐ証拠を求めたがるよな」


 言いながら、俺は地面に置いたバッグから資料を取りだす。


 ほんと、証拠の提示を求めている時点で半分自白してるようなもんなんだよ。お前は探偵ものの漫画とか読んで来なかったのか? 証拠の提示を求め始めたら詰みまで秒読みって習わなかったのかな?


 手に取った紙の束を巻村へ押し付けた。


「はい証拠。これで満足か?」


 巻村は俺から渡された紙の束をめくる。内容を見るにつれ、顔から余裕が消えていく。


「…………これをどこで?」

「さぁな。正義の味方が色々調べてくれたらしいぜ?」


 思い返すのは、塩見と朱音さんと話した内容の続き。


 ☆☆☆

 

「これは孤児院に寄付をしていた企業の内部情報だ」


 塩見は極秘と書かれた資料を更に机に並べた。


 明らかに外に出ないような、機密文書と言った類が机に並ぶ。


「これって……下手しなくても犯罪なのでは?」

「俺の仲間には凄腕の情報屋がいるんだ。それに、足がつかなければそれは白だ」


 言ってることが悪人のそれなんだよ。清々しい顔で言ってんじゃねぇぞお前。


 正義の味方もクリーンではない、と俺の心に刻まれた瞬間だった。敵が出た、必殺技ドーン、勧善懲悪! とはならないらしい。まあ、裏から国を支えるエージェント。表の世界でさえクリーンと言い切れない昨今、表が綺麗じゃないのに裏がクリーンなわけなかった。だいぶ黒いけどな。もう真っ黒よ。


「さっきも言ったけど、寄付の打ち切りには全てある企業が関わっている」


 資料の何個かに目を通す。たしかに、差出人は全て同じ企業だった。


「……九條商事」


 それは誰でも知ってる大企業の名前。でもそれだけじゃない。それ以外にも俺は絶対どこかで聞いている。それも学園で、誰かが誰かを紹介するときに言っていた。


「代表取締役社長、巻村正嗣。どこかで聞き覚えがある名字だよな?」


 記憶を辿っている俺に、塩見が静かに告げる。


「巻……村?」

「そう、巻村の父親だ」


 そうだ。思い出した。たしか巻村は九條商事の御曹司だった。


「いや、でも……どういうことだ?」


 巻村の親父の会社が孤児院への寄付を打ち切るように圧力をかけていた?


 なんのために? そんなのがバレたら洒落にならないだろ。誰でも知ってる大企業がそんなリスク管理もできないのか?


「そして、孤児院へ新たに寄付を申し出たのも九條商事だ」

「……は?」


 もっと意味がわからなくなった。


 孤児院への寄付をやめるように周りに圧力をかけて、それなのに自分の会社が孤児院に寄付をする。マッチポンプもいいところだ。何がしたいのか全くわからない。


「孤児院を潰そうとしたくせに、自分で孤児院を救うのか? 意味がわからない」

「御門君……たぶん、孤児院の寄付金問題は目的のための手段でしかないんだよ」


 朱音さんが神妙な面持ちで俺を見る。


「どういうことですか?」

「九條商事が寄付を名乗り出た日はゴールデンウィークが明けてすぐだ。何か気づかないか?」


 その前後であった変化。変わったこと。なんだ? いや、大きな変化があった。


「星宮と巻村が付合い始めた」

「そうだ。そして、それからすぐに九條商事から寄付の申し出が来た」

「きっと、初めから目的はひかちゃんだったんだよ……」


 朱音さんは目を伏せる。塩見が続ける。


「確証はない。残念だけどそこだけは調べきれなかった。それでも、状況から導きだされる仮説がひとつだけある」

「星宮が巻村と付き合うことで、孤児院に寄付をする約束」


 塩見は苦々しい表情で首を縦に振る。俺の考えと同じ。


 そんな……そんなことがあっていいのか。


「ひかちゃんがここをすごく大切に想ってくれてるのは知ってた。それに、失うことに対してすごく敏感になってることも。もし、そんな条件を提示されたら、ひかちゃんはきっとその約束を飲む」

「なんだよそれ……そこまでするのかよ……」


 全ては星宮という少女を自分の手中に収めるため。


 そのために、孤児院という居場所を人質にして、彼女の逃げ場を失くす。


 大切を失いたくない。それは人だけでなく場所も当てはまる。星宮はこの孤児院を大切に想っていた。だから星宮は、大切な場所を失いたくない一心で、自分を捧げたってのかよ。


「巻村……お前……」


 言葉が出てこない。この事態を引き起こしたであろう男に対する怒りもある。


 だけどそれ以上に、俺の心には失望が広がっていた。


「星宮を手に入れるために、大事なものを人質にするのかよ……」

「この所業は……到底許せものじゃない」


 塩見はかつてないほど冷めた表情をしている。


「これは……越えちゃいけない一線を越えている」


 人を見下すとかそんな優しいもんじゃない。完全に見切りをつけている目だ。


 巻村という男に対して、塩見は完全に線を引いた。それも良くない方に。


「なにをするつもりだ?」

「まあ、そこはあとで説明する。もう全部終わらせる段取りはついてる」


 塩見は俺を真っすぐに見つめる。冷めた目ではなく、いつも見ている穏やかな目。


「とは言え、全部外野が片付けたんじゃ、星宮さんはよくわからないまま全てが終わってしまう。それもどうかと思うんだよ」


 ああ……なんで俺がここに連れ来られたのか、もう何となくわかった。


「そこで、御門にはぜひその手で星宮さんを救ってほしいんだ。どうだ?」

「どうだ? じゃねぇよ。最初からそのつもりで俺をここに連れてきたんだろ」


 言えば、塩見は悪戯がバレた子供みたいに笑った。


「さすが御門。話が早くて助かる」

「そうじゃないと、俺は勝手に首に爆弾つけられて終わりだからな。それに、もとからそのつもりだったからやることは変わらない」

「そうなのか?」

「桜野から直々に星宮のことお願いされちまったからな」


 わざとやれやれ感を出して、肩を竦めてみせた。


「そうやって誰かのために頑張れるのは、御門のいいところだよ」

「だとしたら、俺ってめっちゃいい男だな」

「なんだ? やっと自覚したのか?」


 イケメンから太鼓判を押された。お世辞でも悪い気はしないけど、背中がむず痒い。


「でも、全部なんとかする算段が付いてるなら、わざわざ俺が出張る必要もない気がするけど?」

「それは違うな御門。たとえ結果は同じでも、その過程が大事なんだよ」

「と言うと?」

「自分でもわからない内に救われるのと、知ってる誰かに救われるのでは、その後の心の持ち様は全然変わる」

「そういうもんか?」

「そういうもんだよ。それに、これは朱音からのお願いでもあるんだ」

「朱音さんの?」


 朱音さんを見れば、彼女は含みのある笑みを俺に向けた。


「ひかちゃんを救うなら、絶対御門君しかいない」


 なぜか朱音さんは満足気に腕を組んで大きく頷いていた。


「俺の知らない内に、朱音さんの中で俺はそういう男になったんですね」

「と、こんな感じで強く押されてな。悪いけど頼むな」

「私の可愛い妹のこと、任せたよ。勢い余ってキスまでは許す」

「……深い方ですか?」


 朱音さんは静かに微笑んだ。やっぱり笑い方が星宮と似ている。で、答えは?


 まあ、そんなことしないけど。星宮のキスは好きな人とするまで取っておいて欲しい。俺で消費するのはよろしくない。もし初めてなら尚更。


 証拠は揃った。あとは行動に移すだけ。


 だけど、最後にひとつだけ気になることがあった。


「塩見……この問題が解決したとして巻村はどうなる?」

「最低でも学園からは消えてもらう。その方が星宮さんも今後過ごし易いだろうしね」


 情の欠片もなく、塩見は淡々と言った。


 やっぱり、巻村はただじゃ終わらないよな。でも……。


「その判断は……すこし待ってくれないか」


 俺の言葉が意外だったのか、塩見は目を丸くした。


「御門、悪いがそれはできない」


 だけどすぐに、その顔は真面目なものへと変化する。


「どうして?」

「俺は悪人を絶対に許さない」

「たった一度の過ちでもか?」

「その甘さが未来の平和を脅かすんだ。そこは譲れない」


 目と目がぶつかり合う。塩見の瞳には、固い意志が宿っていた。


「それでも……結論を出すのは待って欲しい」


 巻村のやったことは到底許されることじゃない。


 今も正直怒りで腸が煮えくり返ってる。


 それでも……まだあいつを完全に見切れない俺がいた。


「甘いのはわかってる。でも……頼む」

「どうしてそこまで巻村の肩を持つ? あいつのしたことは許されないことだぞ?」

「そんなのわかってる。でも、あいつは――」


 最後の方は聞こえるか聞こえないかの小さな声だった。


 もし俺の想像通りなら、あいつと俺は……。


「はぁ……そう言われたら仕方ないか。ほんと素直じゃないな御門は……」


 譲れない意志のぶつかり合い。その均衡を破ったのは塩見の大きなため息だった。


「俺がいない間の授業のノート、ちゃんと取ってくれたよな?」

「え? あぁ……そりゃもう完璧に」

「なら、今回は俺が折れる。巻村の件は御門に全部任せる」

「……いいのか?」

「先になんでもお願いを聞くって約束したのは俺だしな。欲張りなお前の意志を尊重する。その代わり、ちゃんとやれよ、秋志」


 目が何かを訴えかけている。ほら、お前もと言っている。


「わかったよ……圭一。これでいいか?」


 うわ、めっちゃ嬉しそうな顔してんな。さっきまで一触即発な空気だったのに、嬉しさが隠しきれてない。そんなに名前で呼び合いたかったのかよ。


 さて、それじゃああの大馬鹿野郎に落とし前つけさせるとするか。

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