第24話 そっと取りだして

「悪い御門……さっきは紹介もしないで放っぽり出して」

「ほんとにな。俺は借りてきた猫になったぞ」

「その割には子供と楽しく遊んでたように見えたけど?」

「あれが楽しく見えたか? 俺が悲しい目に遭っていただけだぞ?」

「子供たちは楽しそうだった」

「なるほど、やっぱりお前は小さい子供が好きなんだな」

「が、を強調するな! 子供は好きだけど、その好きとは違うから!」

「どうでもいいけど、お前は俺を放置した責任を取って、代わりに子供のおもちゃになって来いよ。お前、小さい子供が好きなんだろ?」


 あそこには星宮がいる。そこに塩見が飛び込めば、俺の理想とする景色を堪能することができる。


「どうでもよくはないだろ! でもまぁ、せっかくだし俺も遊び相手になるとするか。朱音、遅れたけど俺の友達の御門。あとは適当によろしくしといてくれ」

「おっけー」

「御門、こっちは俺の知り合いの朱音。じゃあ、行ってくる!」


 塩見は軽く準備運動をしてから子供の群れに飛び込んで行った。ようやく出番が来た主役の紹介にしては、ずいぶんとテキトーだったな。


 残ったのは、塩見とやたら親し気に話していたお姉さん。朱音さん。


 目が合うと、朱音さんは柔和な笑みを浮かべた。


「ごめんね。さっきは放置しちゃって」

「そう思うなら放置しないで欲しかったです……」

「あはは。どうしても先に圭一と話したいことがあってね。あと、子供の相手もありがとね」

「ボコされただけですけどね」

「それでも、ありがとう」


 子供にボコされてお礼を言われる高校生。


 どうやらこの孤児院ではサンドバッグ係が必ず一人は必要らしい。


「隣座っていい? 私さ、圭一が初めて連れて来た友達に興味があるんだよね」

「すみません……俺には心に決めた人がいるんで……」

「知ってる。あとでその話もしようね」

「え?」


 俺に構わず、朱音さんは俺の隣に腰を降ろした。


「えっと……」

「朱音、でいいよ。みんなからそう言われてるし。そっちは御門君、でいいかな?」

「ここは勢い余って秋志と呼んでくれてもいいですよ」

「じゃあ秋志君で! どうして驚いてるの?」

「まさか本当に名前で呼んでもらえると思ってなくて」


 距離の詰め方凄いなこの人。わりと軽めなジョークだったんだけど。


 でも、女子に名前で呼んでもらえると、生きることを許されている感じがして悪くない。席がそれなりに空いている電車で、隣に女子が座ってくれたような感覚。


「塩見と仲良さそうでしたけど、二人はどんな関係なんですか?」

「う~ん……関係か……難しいなぁ」


 朱音さんは天を見上げて悩む仕草をする。


「圭一は私の……恩人であり友達かな」

「うっかり惚れてしまいそうな関係性ですね」

「お姉さん、年下はタイプじゃないんだよね」


 嘘か本当かわからない感じ。


 なんかあれだな。本気で言ってるかわからない口調、俺と似た何かを感じる。


「ちなみに、朱音さんは何者なんですか?」

「私はこの孤児院の経営者の娘だよ」

「あれ、じゃあ経営者さんは?」

「昨日腰をやっちゃってね。今は入院してるの」

「ああ、だから姿が見えないんですね。お大事に」

「ありがとう。ちなみに、血は繋がってないからね」

「へぇ……え!?」


 流れるようなカミングアウトに変な相槌を打ってしまった。


 いいのそんな簡単に言って!? すんごいデリケートな話だよそれ!?


 軽く言われすぎて本気かどうかもわからない。


「反応に困ることをいきなりぶっこむのやめてください」

「反応に困ってくれる程度には、秋志君は常識人なんだね」

「会って間もない人から非常識前提で見られていたことにショックを隠せません」

「ごめんごめん。意地悪だったね」


 塩見……あとでちょっと話そうか?


「私はここの孤児院の出だからね。それはもう実質家族なのよ。ひかちゃんもね」


 ひかちゃん。誰のことなんか聞かなくたってわかる。


 ついでみたいな感じでえらいのぶっこんで来たなこの人。


 朱音さんは朗らかな顔をしながら、目だけは俺のことを真面目に捉えている。


 この人……もしかして。


「ひかちゃんがここにいる時点で大体わかってたでしょ?」

「……朱音さんって周りから空気読めないとか言われます?」

「今のはわかっていてあえて読んでない方のやつ」

「俺と一緒で厄介なタイプですね」

「自覚してる秋志君も中々だと思うけど?」

「自覚があるだけマシじゃないですか? 俺は読む必要が無い時だけ読まないんで」

「ある種、本質的に空気が読めるとも言えるね」

「でも、今のは空気どうこうじゃなく、本人に断りもなく勝手に言うのは良くないです」


 たとえ確信があったとして、本人以外からその事実を聞くのはなんか違う。


 だからはっきりと口にした。


「結構デリケートな話ですよね? こういうのって?」

「じゃあ、聞かなかったことにして?」

「なら最初から言わないでくださいよ……俺、演技苦手なんですから」

「結局本人から聞く前提なんだね」


 朱音さんはケラケラ笑った。どことなく、その姿が星宮に似ていた。


「ところで、圭一は学校でどう? 彼女とかできた?」


 とりあえず今の会話に満足したのか、朱音さんは話題を塩見へ移した。


「今日は俺とデートです」

「そっちかぁ……」

「いや、あの……ガチで反応しないでください」


 そっちかぁ……じゃないんだよな。


 いや言ったのは俺だけどさ。違うんだって。冗談よ?


「てっきり秋志君はひかちゃんのことが好きだと思ってたんだけどな?」

「……ん?」

「ああ、圭一と秋志君の件は冗談だから気にしないでね」

「いや、まあそれはわかってるんですけど」

「で、話を戻すけど、御門君はひかちゃんのどこに惚れたの?」

「……俺の中でその話をした記憶がないんですけど?」


 話を戻すどころか初めましてな話ですけど?


「ほら、御門君さっき心に決めた人がいるって言ってたでしょ? だからその話しようと思って」

「なら、まずは御門君ってひかちゃんのこと好きなの? からじゃないですかね?」

「わかりきってることはわざわざ訊かなくてもいいと思わない?」


 この人、結構いい性格してんな。


「……なんでわかったんですか?」

「秋志君、ひかちゃんを見る目が優しいから。私からすればそれで一発だね!」

「それだけで……」


 女の勘って凄いな。いや、朱音さんが凄いだけなのか?


「で、どこが好きなの? どんなきっかけで私のひかちゃんに惚れたの?」


 紅音さんはぐいぐいと顔を近づけて来る。


 大人な雰囲気を纏っていても、やはり女性たるもの恋バナが好きなのか。


 でも、いや、あの、そろそろ止まって? え、めっちゃぐいぐい来る!?


 あと、あなたのひかちゃんではない。俺のでもないけど、まだ誰のものでもない。


「い……言わなきゃダメですか?」

「うん。教えて」


 間近で見る朱音さんの瞳。本気で知りたがってる目。言いたくはないけど、言わないと許してもらえなさそうな感じ。ふざけた言葉は通用しないと直感が言う。


 さっきから、ちょいちょいそんな真面目な顔をしてくる朱音さん。


 やっぱりそういうことだよな。なら、真面目に言うしかないか。


「……特に大した理由はないですよ」


 諦めて、俺は胸の内から自分の恋心をそっと取り出した。

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