第9話 惚れ薬

「サラマンダー……時間を巻き戻す道具を作ってくれ……」


 あくる日の放課後。サラマンダーの研究室。


 俺はテーブルに突っ伏して情けない声を出す。


「そういうのはどこぞのネコ型ロボットに相談してくれ。私は無理だ」

「じゃあ、黒田」

「ん? なに? 僕もタイムマシンは作れないよ?」


 椅子に体育座りをしている黒田は、手元の携帯ゲーム機から目を逸らさずに反応する。


「恋愛ゲームが大好きな黒田なら、現実恋愛の攻略法はわかるか?」


 ゲーム機からは可愛い女の子の声が聞こえてくる。どうやら朝に妹が起こしに来てくれたシーンらしい。イヤホンを付けないでやる豪胆なスタイルは嫌いじゃない。


「わかってたら、今頃僕にはリアルな彼女ができてるよ」

「そりゃそうか。俺が悪かった。黒田は画面の中しか攻略できないもんな」

「一言余計なんだけど!」


 烏合の衆とはまさにこのこと。


 星宮は塩見と桜野をくっつけようとしている。先日、星宮を巡る恋愛模様に新しい矢印が生まれた。


 困った。俺は星宮と塩見をくっつけたいのに、当の星宮にその気がない。


 こうなったら、どさくさに紛れて星宮も塩見のことを好きになってもらって、塩見を巡る恋の三角関係を築いてもらわないといけない。てか、なにそれ最高か? 傍から見てる分にはめっちゃ面白いじゃねぇかそれ。


「タイムマシンは無理だが、とりあえずこれはできたぞ」


 サラマンダーがテーブルの上に透明な液体が入った瓶を置く。


「できたって何が?」

「君が言ったんだろ? 惚れ薬だ」

「マジかよサラマンダー……」

「私を誰だと思っている。薬など造作もない」


 普通は造作もあるんだよなぁ。一介の高校生どころか大の大人でさえ作れなさそうな魔法の薬を作ったサラマンダーは、自慢するでもなく平然としている。


 それが彼女にとって本当に造作もないことの証明になる。マジでチートだろこいつ。


「やっぱ依更は天才だね。それで、今回の効果は?」

「これを水に溶かして飲めば、その後最初に見た人に対して好意を抱く」

「はは。今回もとんでもないの作ったね」


 口では驚いているが、表情は一切変えずゲームを続ける黒田。


 黒田はサラマンダーと幼馴染。だからもう彼女のすごさに慣れてしまったんだろう。


「とは言え、今回も例によって今ここで実験が必要だ」

「へぇ……」


 黒田が相槌を打てば、しんと静まり返る研究室。次にサラマンダーからどんな言葉が出てくるのか、俺と黒田は瞬時に理解して押し黙る。


「効果は最長でも1日で切れる設定にしている」


 そう言って、サラマンダーは追加で液体の入った瓶をひとつテーブルに置く。そこには薄っすらピンク色の液体が入っていた。


「瞬時に効果が切れる解毒薬も用意した。だから安心して飲め」

「いま普通に薬を毒扱いしたよね?」


 そこを拾うな黒田。俺は聞かなかったことにしようと思ったのに。


「薬で恋心を芽生えさせようとしているんだ。毒が適切だと思うが」

「なるほど……」


 携帯ゲーム機を置き、黒田はふたつの小瓶をすっと俺の前に差し出した。


「この薬を求めたのは御門だよね? なら、今回は君が責任を持って試すべきだ」


 清々しい笑顔の裏には、自分は絶対に嫌だという意志が見え透いている。


 だが、それは俺も同じだ。たしかにこの薬を欲したのは俺だ。だが、それと薬の実験を俺がしなければいけないのはイコールではない。黒田、簡単には逃がさねぇぞ。


「なぁ黒田……お前には夢があるか?」

「夢? 急にどうしたの?」


 突然の問いかけに黒田は首を傾げる。


「俺には夢がある。絶対幸せになってほしい人がいて、俺はそれをこの目で見るまで死ぬわけにはいかないんだ。お前はどうだ? そんな夢はあるか?」

「夢かぁ……」


 黒田は考える仕草をして、


「今は特にないかな。ただゲームをして、それ以上のことは受験のシーズンになった時にでも考える感じかな。それがどうかしたの?」

「そうか……」


 その答えを確認してから、俺は自分の前に置かれた小瓶を黒田の前に押し戻す。


「じゃあ……お前が飲め」

「なんでだよ⁉︎」

「わかるだろ黒田。俺には夢があり、お前にはない。なら、未来をなにも考えていないお気楽な方が飲むべきだと思わないか?」

「思わないよ辛辣だね⁉︎ なにどさくさに紛れて僕に飲ませようとしてるの⁉︎」


 黒田は再び俺の前に小瓶を置く。


「あのな黒田……俺は飲みたくない」

「僕も同じだよ!? なんでやれやれ感を出してるの!? 僕はこの薬があってもなくても興味ないんだ! だから効果なんて試す必要はないよ!」


 ぐ……理論武装してきやがったな。よほど飲みたくないらしい。奇遇だな。俺も同じ気持ちだ。サラマンダー被害者の会、会員番号1、2なだけに思考は一緒か。


 だがしかし、付け入る隙はある。


「でもな、考えてみろ黒田。もしこれのチカラが本物だったとしたら、お前にだってリアルな彼女ができるかもしれないんだぞ?」

「……」


 反応はない。だが、やつの眉がピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。


「気になるあの子の飲み物に、ちょっとこれを入れるだけでワンチャンス生まれるんだぞ? 本当に興味がないのか? 薬の効果は1日で切れるけど、もしかしたらそこから本当の恋に発展するかもしれないんだぞ?」

「そ……それは……」

「だからな、これはお前にとってもメリットがあるんだよ」


 本当はメリットなんてない。薬の力に頼った恋なんて続くわけがないしな。人の気持ちは薬で支配されるようなもんじゃないから難しいわけだし。あくまでこれはおもちゃみたいなものだ。


 だが、リアルの恋愛に興味がない振りをしながら、その実興味ありありな男の意識を刺激するには十分だった。


「なんでもいいから早く飲め。私の設計に狂いはない。安全だけは保証してやる」

「安全以外の保証は? どんな気持ちになるとかの説明は⁉︎」


 お、黒田が飲んでも良さそうな反応を示している。もう一押しか。


「それを試すんだろ? 蓮介は何を言ってるんだ?」

「そうだぞ黒田。諦めて飲んどけって」

「自然な流れで僕に持ってくのやめようか!」

「はぁ……仕方ねぇな。サラマンダー、いつものやつで行くぞ」

「まあ……どの道そうなると思っていた。仕方がない。お前たちも覚悟を決めろ」


 そう言って、サラマンダーは自らの華奢な腕を前へ突き出す。


 話し合いで決まらなかった際の最終手段。じゃんけんである。


「いつも通り恨みっこなしな」


 俺も自分の腕を突き出した。


 以前から、サラマンダーが謎の薬を作った時は話し合いという名の押し付け合いの果てにこうなっている。話し合いで解決できる優しい世界はここにはない。あるのは、仁義なき戦いだけ。


「はぁ……わかったよ」


 俺とサラマンダーの視線を受けた黒田が、嫌そうに腕を出す。


 よし、どさくさに紛れて確率を3分の1まで下げることに成功した。あとは運だな。


「負けたら飲む。異論はないな?」


 目の前に置かれたビーカーを見て、俺と黒田は頷いた。サラマンダーが用意して、俺たちが見ている前で惚れ薬の原液を一滴だけ垂らしてある。


「では行くぞ……じゃんけん――」

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