第8話 そして事態は更に…

 夜。全寮制の鳳凰学園にはそれぞれの学年毎に一棟の学生寮が存在する。3年間、同学年と一緒に過ごす学生寮。その1階には食堂と、誰でも使える共有スペースがある。


 ソファに座って雑談したり、テーブルを囲んで遊んだり、勉強をしたり、様々だ。


 俺は自販機で飲み物を買って、どこに座ろうか見渡していると、


「御門君」


 視界外から麗しい声をかけられた。


 ほぼ確実に誰かわかりながら振り向けば、やっぱり星宮だった。


「夜に星宮と会えるなんて、俺は今日さぞ素晴らしい行いをしたんだろうな」

「……むぅ」


 わざとらしく言ってみれば、星宮はどこか不服そうに口を尖らせた。


 ラフな部屋着。制服、ウェイトレス、部屋着。1日で3パターンの服装を見られる幸せ。やっぱり、今日の俺はとんでもない善行をしたらしい。


「それはファミレスで私が怒った当てつけかな?」

「いや、全然。普通に素晴らしい行いをしたおかげと思ってるだけ」

「え、あ……そう、なんだ」

「でも、たしかにみんな俺を見る目が生暖かかったんだよな」


 星宮になぜか怒られた後、席に戻るまでの間も、他の客の視線を感じていた。


 一応悪を殲滅したはずなのに、なぜかみんな変な者を見る目だった。


 正義とは時として人に理解されないらしい。ヒーローは孤独なのだ。なんて。


「星宮はその理由わかる?」

「わかるけど……私は助けてもらった側だから何も言わない」


 そう言って星宮は苦笑い。


「そっか」


 いや、むしろ言ってもらった方が今後の参考になるんですが……。


 でも、星宮がそう言うんなら致し方あるまい。


「それで、俺になんか用か?」

「うん」


 星宮は自動販売機で適当な飲み物を買うと、それをそのまま俺に差し出してきた。


 黙って受け取る。両手にペットボトル。謎の男の出来上がり。


「まさかの2本目。これは?」

「今日のお礼。助けてもらったのに、お礼言えてなかったなって」

「べつに、俺はお礼が欲しくて助けたわけじゃないから気にするなよ。まあ、貰うけど」

「それでも、助けてもらったのにあの時は感情に任せて怒っちゃったから」

「あれは全部塩見の入れ知恵だから、感謝も怒りも塩見によろしくな」

「あれを塩見君に擦り付けるのはさすがに気の毒過ぎると思うよ……」

「え?」

「なんで純粋に驚いてるの?」

「純粋に驚いてるから」

「……ヒメの言ってたことが今日やっと少しわかったよ」


 ふと、星宮は困ったように眉を下げる。


「桜野が?」

「御門君、たまに頭のネジが擦り切れる時があるって」

「たまにで済ませてくれるとは、桜野も丸くなったな。でも、今日は普通だったろ?」

「う~ん……?」


 星宮は難しい顔をして唸っていた。あまり納得はしていただけていないらしい。


「まあとにかく、今日は助けてくれてありがとう。内容はともかく、恰好よかったよ!」

「内容も褒めて」

「それは……無理」


 星宮は手厳しかった。もっとスマートに助けに行かないと褒めてくれないらしい。それは塩見に任せよう。俺にはあれが限界だ。


「でも、どうして助けてくれたの?」

「どうして、とは?」

「御門君、そんなキャラだったっけ? 助かったけど、なんか意外だったから」

「なるほどなぁ……」


 意外、か。星宮が思う俺ってどんなイメージなんだろう。少し気になる。


 でも、世界の平和を守るためとか大層な理由はない。


「星宮が困ってそうだったから」

「え?」

「それ以外の理由、いる?」


 惚れた女が困ってた。助けるのに、それ以外の理由がいるだろうか。いや、ない。


「御門君って……実は恰好いいんだね」

「意外と気づかれないんだよな。せっかくだからもっと褒めて」


 実は……の辺りを深堀したかったけど、星宮に褒められたからどうでもよくなった。


「今日の私は辱めを受けたからこれ以上はダメ」

「辱め……いったい誰がそんなことを……」

「本気で言ってる?」

「どう見える?」

「……むぅ」


 星宮はまた不服そうに口を尖らせた。


「まあいいや……。それで御門君、実はちょっと相談があるんだけど……いい?」


 星宮は小声で耳打ちしてくる。


「相談? どんな?」

「ちょっと……こっちへ来てくれないかな。本当はそっちが本題だったり」


 星宮は俺の袖を引いて人気のないところへ行く。どうやら本当に秘密の話をしたいらしい。背筋に緊張が走る。秘密のお願い。なんか胸が躍る。


 辺りに人がいないことを確認して、星宮は手で口を隠しながら小声で再び話し始めた。


「相談って……実は恋愛相談なんだけど」

「恋愛相談!?」

「わあ!? 声が大きいよ!?」

「わ、悪い!」


 突然出てきた素敵ワードに心臓と声が跳ねてしまった。


 恋愛相談。星宮が、俺に? おいおい、場合によっては勝ち筋に入るぞこれ。塩見君のことが気になってるとか言われた暁には、泣いて喜ぶまである。


 星宮は周りに気づかれていないことを確認して続ける。


「実は、塩見君に関することで……今塩見君と一番仲が良いのは御門君でしょ?」

「それはどうか決めるのは塩見だけど、要は塩見に関する恋愛相談?」

「そういうこと」


 はい勝った。勝ちました。完全勝ち確ルート入りました。


 星宮が俺に恋愛相談をして、相手が塩見。こんなんもう好きだから手伝ってくれの一択でしょ。なんだよ、俺が手を打たなくても最初から星宮も塩見が好きだったんじゃん。さすが主人公。ヒロインを引き寄せるフェロモンが出まくっている。


「なるほど……わかった。俺は恋の手伝いをすればいいんだな?」

「さすが御門君! 説明の手間が省けて助かるよ!」

「まあ、もう何をすればいいかはわかりきってるからな」


 赤ちゃんの時から願っていたそれ。一番可愛いヒロイン(俺調べ)が攻略できなかったクソゲー。そのクソゲーを神ゲーに変える時が来たってわけだ……。まだ笑うな。我慢しろ。


「私と御門君、二人で力を合わせればできないことは何もないよね!」

「おう! その通りだ!」


 さあ、ここから始めよう。長いプロローグは今日ここで終わりを迎える。幻の星宮ルート、その始まりに俺はようやく立ち会うことができたんだ。


「ヒメと塩見君の恋は、私たちで成就させようね!」

「……え?」

「これから二人で頑張ろうね!」

「……え?」


 かくして、人間関係の矢印は、さらに面倒くさくなるのだった。

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