第5話 楽園へ

 次の日の放課後。惚れ薬とかいう色んな常識を超越した魔法の薬はサラマンダーに託し、俺は塩見を連れてとある場所へと赴こうとしていた。


「放課後に友達と出かけるの、夢のひとつだったんだよな」


 学園の敷地を出て目的地へ向かう最中、塩見は上機嫌でそんなことを言った。


「夢はもっとでかくいかないのか?」

「俺にとっては大きな夢だったんだよ」


 何の気なし言われた言葉。しかし、塩見圭一という人間の裏の顔を知っている身としては、その言葉にどれほどの重みがあるのかすぐに理解できた。


 塩見の過去の全部は知らない。ただ、エージェントとして今も働いている手前、普通の学園生活は送れていなかったんだろう。そこまでの過去を俺は知らないから、憶測でしかないけど。


 たしかこれが初めての学園生活だったはずだもんな。公式情報ではそうだったような気がする。どんどん言葉が曖昧になる。


「ところで、今日はどこへ行くんだ?」


 塩見がウキウキした様子で訊いてくる。


「そりゃあお前……楽園だよ」

「楽園?」

「どうせひかりのバイト先のことでしょ?」


 後ろから冷めた声で補足される。


「お前は俺のことをよく知ってるなぁ。もしかして俺のこと好きだったりする?」

「は?」


 いやぁ……殺意高い声だったなぁ。覇気に対する耐性がなければ気絶してたかもしれない。


 ガチで反応するなよ。ちょっと小便ちびりそうになったよ?


「冗談。お前は他に好きな人いるもんな」

「はぁ!?」


 さっきより数段声のトーンが上がった。戸惑いの色が見える。


「ちょ、それどういう意味よ⁉︎」

「そのまんまの意味だけど?」

「え……え⁉︎」


 困ったようにチラチラと塩見を見る桜野。自分で答え合わせをしてくれたらしい。


 どうやら本人はまだ誰にも気づかれていないと思っているようだ。残念。俺は知っている。


「つか、なんで桜野まで居るんだよ。俺は塩見だけ誘ったんだけど?」

「……仲間外れは酷いじゃない」

「お前は俺のこと仲間だと思ってたんだな。意外だ」


 嘘つけ。絶対塩見が居るからだろうが。教室で聞き耳立ててたの俺は知ってるんだからな。


「言葉の選択を間違えたわ。私だけ除け者にするとか殺すわよ」

「ずいぶん殺意が強くなったなぁ……」

「まあまあ! せっかくみんなで行くんだし、もっと仲良く行こうぜ? な?」


 俺と桜野のピリピリした空気を感じ取ってか、塩見は両手で俺たちを制するように間に入った。


 たぶん、ピリピリしてたのは桜野だけだと思う。


「私は仲良くしようと思ってるわよ……」


 塩見に仲裁されたのが恥ずかしかったのか、桜野は口を尖らせてそうぼやいた。


 本当にそう思ってるのか俺には全然わからない。もし本気で仲良くしようとしているんだとしたら、女心は難しすぎる。


 そうして歩くこと十数分。やってきたのは学園近くのファミリーレストラン。


「いらっしゃいませ! あ、御門君たち! 来てくれたんだ!」


 出会いがしらにウェイトレス姿の星宮がお出迎えしてくれた。はぁ、幸せ。


 明るい笑顔を見るだけで店のメニューを全部頼みそうになる。桜野の奢りで。


「今日は色んな人が来てくれるね!」

「色んな人?」

「ほら、あそこ!」


 星宮が指さす先を見れば、見知った爽やかイケメンの姿があった。クラスの連中と一緒に来たらしい。その魂胆は透けて見えている。


 目が合うとにこやかに手を振ってくれた。帰れのハンドサインかな? 邪推。


 このままちょっと星宮と雑談を……と思ったけど、ホールに出ている他のウェイトレスがあからさまな咳ばらいをしたのを見て、星宮は佇まいをあらためる。


「3名様ですね。ご案内します!」


 とびっきりの営業スマイルで案内される。これを見て惚れない男はいないだろ。なあ塩見? 全然惚れてなさそうだった。この朴念仁!


「ご注文が決まりましたらそちらのボタンでお呼びください」


 では、と丁寧に頭を下げて星宮はホールの仕事へ戻っていく。


 塩見は目を輝かせてメニュー表とにらめっこしていた。


「ファミレスは初めてか?」

「あぁ……行ってみたかったんだよな! ドリンクバーとかあるんだろ!?」


 ドリンクバー、あるよ。それだけでここまで嬉しそうにしてくれる客ばかりなら、この世界はもっと優しい世界になるんだろうな。


 塩見は高いテンションで呼び出しボタンを押した。


 店員さんにドリンクバーと適当なサイドメニューを注文した。星宮じゃないのは残念。


「ほら、念願のドリンクバー行って来いよ。俺はここで荷物番してるから」

「悪い。行ってくる!」


 塩見はグッと拳を握ってからドリンクバーへ向かって行った。


 気合を入れてドリンクバーを取りに行くやつ始めて見たわ。


「ねぇ……」

「なんだ桜野まだいたのか?」

「いちゃ悪いの?」


 てっきり塩見君と二人で話すチャンス! とか言って一緒にドリンクバーへ行くかと思ってたのに。というか、そんな状況を作らせるのはまずいのでは!? よく気づいたぞ俺。


 荷物番の都合上、3人一気にドリンクバーを取りに行けない。そして塩見は既にドリンクバーへ向かっている。つまり、ここで俺が動かないと桜野と塩見を二人にしてしまう。


「いや、悪くない。桜野が行かないならドリンク取ってくるわ」

「待って」


 立ち上がったら袖を掴まれた。


 まさか、俺の立ち回りを看破されたのか?

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