第4話 体育会系は大体陽キャ

 ある日のこと、高校生活が始まって以来、初の体育の授業があった。

 

 今日から部活動体験週間が始まった。

 僕はたくさんの部活に体験で入ろうと思っている。

 よく考えれば、運動や楽器が苦手であれば目立たず、周りに注目されず、

 適度にその部活に入っているという称号が手に入るってわけで、僕は意外と過ごしやすいのかもしれない。


 僕は期待されるのは苦手だ、失敗が怖いからである。

 ペンで書いた名前を誤字る、などそういう些細な失敗の積み重ねが恐怖なってしまう。


 もし僕がいろんなことが出来てしまえば、もちろん女子からの人気間違えないだろう、ただその分周りからの期待に重圧されて……

 もし失敗なんかしたら……。


 僕はヘタレだ。勇気なんてない。


 今日の体育は50メートル走のタイムをはかるそうだ。


 「優磨、おいー。お前って走るの速い?」

 「めっちゃ遅い」


 僕は前の高校生活、走る速さは、後ろから数える方が早いほど遅かった。

 できるだけ女子には見られたくない、できれば穏便に済ませたい。

 僕は優介と一緒に走る、この調子だと優介も遅いようだ。

 少なくとも、優介には負けたくはない。


 「俺も遅いんだは」

 「それ嘘じゃないよな優介、たまにいるんだよな遅いとか言ってめっちゃ速いやつ」

 「嘘じゃない、ガチ」


 優介の言葉を信じる。


 ついに走る番が回ってきた、隣には優介がいる。

 そしてクラウチングスタートの構えをした。


 「いちについて、よーい……」

 「ピッ!」


 スタートの合図の笛が鳴った、それと同時に僕は走り出した。

 

 「なんだあいつ速くね?」


 クラス中の生徒がざわついている。


 「はっや、もうついたよ」


〜〜〜〜〜〜〜〜


 「"5.8"」


 僕はゴールをした。5.8なんの話だ?

 数秒くらい経つと、優介が後ろから走ってきた。


 「この嘘つき野郎!」

 「え、どういう意味」

 「お前、めっちゃ速いじゃん」


 優介が僕の背中を叩いた。

 するとそこに50代ぐらいのグラサンをした体育教師が現れた。


 「君? 5.8秒だって。あんなはちゃめちゃな走りでよくこんなタイムを……」

 「スパイク履いたら日本新狙えるんじゃないか」


 体育教師の声が震えている。

 日本新記録? なんのことだ、そんなの僕の走りで狙える訳……。

 まてよ、5.8秒? 嘘だろこの僕が……?


 生徒が集合している場所に行くと。さっきと見られる目が変わった。

 男子からは尊敬の目を女子からは憧れの目を向けられている気がする。

 僕は運動が苦手なはずなのになぜ。


 僕は体育座りをした。

 その時にはすでに女子の走る番が始まっていた。


 あるレースの中に君塚さんが走っていた、君塚さんは他の女子を圧倒して、大差をつけて勝っていた。

 それに加え、走り終えた君塚さんの可愛いさに歓声あげる男子もいて、違う意味でも他の女子を圧倒していた。


 「優磨〜お前イケメンな上に運動が出来て、中学の時モテなかったって、お前の中学どうなってんだよ」

 「いやーその……」



〜〜〜〜〜〜〜〜



 授業が終わると僕は何気なく、君塚さんに話しかけた。

 君塚さんには何故か他の人とは違い緊張しないで話しかけられる。

 それを優介が横目で見ていることは気にしないでおこう。


 「君塚さん足速いね」

 「そんなことないよ。それに川窪くんだって」

 「いや僕は……。そんなことより君塚さんって陸上とかやってるの?」

 「私はなにも……。中学の時は帰宅部で。でも運動が得意なのはお兄ちゃんが教えてくれてたからかな」


 君塚さんはまだ僕と話すのに緊張している様子だった。

 まだ前のこと引きずっているのかな。


 「へー、お兄ちゃんか。いい人なんだね」

 「うん……」


 教室の時計を見た、するとあともう少しで授業が始まりそうだった。


 「ごめん、それじゃあ」


 僕はそう言って、自分の席に帰って行った。


 「優磨、君塚さんに仲良くなってきたな」

 

 また優介の冷やかしが始まった。

 君塚さんが気にならなくもないが、僕はそういう気持ちで話に行っているわけでもない。

 どこか君塚さんといると、心がおちついてくる。

 まるで3年前に家出した実家に戻ったような感じだ。


 そう言う意味では僕は彼女のことは気になるのかもしれない。

 決して恋はしていない……。

 わからない……。

 僕は実は恋をしているのかもしれない。

 自分で自分の死を恐れて、自分で自分を否定しているだけなのかもしれない。


 恋をしてはいけない


 それでも僕は恋がしたい。柏葉さんだってまだ忘れられない。彼女だっていたこともない。

 好きでもない人を彼女にしたって、多分その人を好きになってしまうと思う。


〜〜〜〜〜〜〜〜


 放課後、僕は複数人の女子生徒に廊下で囲まれた、どうやら僕はモテ始めているようだ。

 僕の噂は学年中に広がったようで、C組の生徒に限らず他のクラスの生徒も僕に話しかけにきた。

 望んでいたことなのに、望んでいなかった状況だ。

 僕に話しかける女子生徒は、目をキラキラさせている。


 そんな中にガタイの良い男子生徒が割り込んできた。

 おそらく彼らは、三年生だろう。それも各部活の運動部部長の方々だろう。


 「君、優磨くんだよね。50m速いんだって。俺、桐生って言うんだけど、陸上部部長で是非君に陸上に入部して欲しいんだ。全国には君が必要なんだ」


 陸上部部長の満面の笑みが恐ろしく思えた。


 「は、はあ」

 「ちょっと待て、桐生! 優磨君は俺たちサッカー部に入部したがってる。顔がそう言っている」


 (入部したがってないわ! 顔ってどういうことだよ)


 「ふざけるな、優磨くんは俺たち野球部のものだ」

 「いいや、バスケ部のものだね」


 (誰のものでもないわ!)


 「「「っで! 君はどこに仮入部に行くんだい?」」」


 部長たちは一斉にこっちの方向を見てきた。

 この圧力に押し潰されそうだ。


 「じゃ、じゃあ、今日は……」


 部長たちの顔がどんどん近づいてくる。


 「……り、陸上部で」


 僕がそう言った途端、陸上部部長は大きなガッツポーズをして部長膝から崩れ落ちた他の部長らに、ドヤ顔を見せつけていた。

 

 僕が陸上部を選んだのは、部長の圧に負けたのもあるが、

 僕の足が急に速くなった原因を探るためというのもある。

 僕はどれくらい速いのかという力量をはかる。



〜〜〜〜〜〜〜〜



 陸上部に仮入部をした。

 僕はどれくらい足が速いのか。


 するとその時、女子生徒の黄色い声が聞こえてきた。

 その声の先には、イケてる感じで、少しチャラそうな男がいた。

 それに対して、桐生部長は、


 「あいつの名前は徳田って言ってな。あいつは生意気なくせに、部で1番速くてな。扱いが難しいんだよ」

 「大変ですね……」


 学校あるあるだよな。ちょっとできるやつが調子に乗って。


 「君? 優磨くんだよね?」


 徳田が話しかけてきた。


 「俺と競争しない?」


 どうやら自信ありげな表情だ。

 僕に勝つことで女子からの人気をさらに鷲掴みにでもするつもりか? 腹が立つ、コイツとは合わない。


 「徳田、優磨くんは仮入部だぞ。そんなようじゃ入ってくれないぞ」

 「部長は黙っててください。それに俺はこの中で1番速いんですし、指図されたくないですね」


 いい加減、苛立ってきた。なんなんだコイツは年上を敬う態度はないのか?


 「そもそも新入部員なんて必要ありますか? この俺が居れば、十分じゃないですか」

 

 部長にも同情する。少し熱苦しい部長だが優しいし、普通に良い人だ。

 なのにコイツは……。


 「わかりました。走ります」


 うっかり本来の目的を見失う所だった。

 コイツのモテの土台になるのは癪だが僕は自分の身体能力を知りにきたのだ。

 しっかりと試さなければ。


 「いいのか、優磨くん」

 「いいんですけど、あれなんですか」


 優樹は部員たちが履いている靴を指差した。

 その靴の裏には、釘のようなものが刺さっており、ゴツい靴だ。


 「あれはスパイクって言ってな、陸上専用の靴だ」


 陸上専用の靴? 

 そうして僕は自分の靴を見る、優樹がくれたごく一般的なランニングシューズだ。

 僕は徳田に対して大きなハンデを背負っているのか。

 これがもし徳田の計画の内であれば、きたないやつだ。


 僕は徳田にゴムレーンに招かれ、そちらへ向かった。


 僕がレーンに着くと見学中の女子の騒ぐ声が聞こえた。


 「徳田くんの隣の子だれ?」

 「あれだよ、一年生で速いとか噂になってる川窪……なんとかだよ」

 「徳田くんより速いなんてありえないのにね」

 「きっとあの子が調子に乗って勝負を挑んだのよ」


 女子からチラチラとヤジが飛んでくる。

 

 僕はそれを横耳で聞きながら走る構えをした。


 「on your marks」

 「set」


 そして笛の音が響いた。


 笛の音とともに僕は走り出した。

 僕は無我夢中で走っていた。

 足音や風の音、女子の黄色い声、そんなものは優磨の耳には入っていなかった。

 優磨はただ一直線、ゴールまでのレーンを見ていた。

 

 気づいた時にはゴールラインをすぎ、数メートル先まで走ってしまっていた。

 振り返るとそこには落胆した徳田の姿があった。

 

 「俺が、負けた……⁈ 信じられない相手はスパイクを履いていないんだぞ……」


 徳田はすっかりと暗くなった声を上げて、ぶつぶつと何かを話していた。

 そういえば、さっきまで黄色い声を上げていた女子たちの声がなくなっている。


 「徳田くんが負けちゃった……」

 「って、よく見たらあの子かっこよくない?」

 「川窪、くんだっけ? たしかにタイプかも、優しそうだし」

 「徳田くんより真面目そうでありかも」


 見学中の女子はあっという間に手のひら返しをした。


 すると部長やその他陸上部部員たちがこちらに駆け寄り、僕の頭に手をあて、髪をぐしゃぐしゃにしてきた。

 部長らは僕のことを褒め潰した。


 そうだ、僕は勝ったのだ。陸上部エースの徳田に。

 僕はそれ以上の実力があるのだ。

 生前僕はこんなことはできない。きっと死亡中の9年間の間になにかがあったに違いない。


 「あの、徳田先輩?」


 僕は落胆した徳田に煽る意味を含めて声を掛けた。


 「ひぃー! ごめんなさい!」


 徳田はとてもさっきまでの徳田が出すとは思えない声を出して、尻尾を巻いて部室に逃げて行った。


 (どうしたんだ、急に……)


 校舎見上げると、時計は6時を指していた。


 「それじゃあな、優磨くん。是非陸上部入場を検討してくれ」

 「か、考えておきます」


 あとで面倒になりそうだ、陸上部には絶対に入らないそう心に誓ったのであった。



 

 

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