第3話 帰宅

「俺は何の罪もない人々を何の関係もないクソ野郎が一方的に命を奪い、のうのうと生きているという理不尽が我慢ならない。それを裁ける者がいないなら、俺自身が裁く。……召喚獣を殺すには召喚獣の力が、契約者を殺すには俺が力をつける必要があった。だからこのクソつまらん復讐劇にお前の力を貸して欲しい。頼む」


 誰にも言ったことのない俺が強さを求める理由。探索者になった理由を告げる。金狼はジッとこちらを見透かすように見つめ──。


「………」


 次の瞬間にはやれやれと言った表情になった。


「……なんだよ」


「ウォフ」


 そして金狼はゆっくりと立ち上がり、俺の後ろに回り込むと、襟首を器用に牙に引っ掛け、持ち上げる。そしてダンジョンの出口へと歩き始めた。


「……おい、これはどういうことだ? 相棒になってくれるってことか? いや、というよりこれはまんま……」


 子供だ。あぶなっかしいことをする子供を連れ戻す母犬の動画を昔見た記憶が蘇る。


「おーい。金狼さん?」


 後ろを振り返り、抗議の意味をこめて視線を送ってみる。金狼の目はやはりどこまでも澄んでおり、そして気のせいか母性を感じさせるような目であった。


「ハハ、まぁいっか。危なっかしい俺の面倒を見てくれ」


「ウォフッ」


 そして金狼は一度鳴き、俺を地面へドサリと放ると、俺の背中をバシンと前足ではたく。


「いだっ。熱ッ。って、お前召喚印を刻印したろっ。背中て!」


 手の甲や腕、あるいは足、胸は聞いたことがあるが、背中は聞いたことがない。だが、背中で何か困るかと言えば──。


「ま、別に困らないな。むしろ人目につかないから都合が良いまであるか。さんきゅ」


「ウォフ」


 背中に熱を感じながら俺は金狼とともに歩き始める。クソつまらない復讐劇の開幕だ。



「さて、このゲートをくぐれば帰れるわけだが、流石に目立つから戻ってくれる?」


「ウォフ」


 金狼は聞き分けが良かった。助かる。


「あ、だけど、その前に名前どうする? 俺が付けてもいいか?」


 召喚獣は契約した後、名付けをすることでいわゆるシンクロ率的なものが上がるとか、上がらないとか。


「ウォフ」


 金狼はニヤリと笑い、どうぞと言っているようだが、そのあとには私が気に入る名前があればな、と続いている気がした。


「ウォルフ」


 殴られた。


「え、NG案の度に俺、殴られるの?」


「ウォフ」


 当たり前だ、と言わんばかりに睨みつけてくる。確かに名前はとても大事なものだろう。


「すまない、真剣に考える」


「ウォフ」


 それでいい、と目をゆっくり一度閉じて一鳴き。それから結局、名前を決めるまで数時間掛かった。


「ロキ、で決定でいいな?」


「ウォフ」


 金狼の表情を見る限り、どうやらロキで良いみたいだ。召喚獣にメスもオスもないとは思うが、なんとなくロキはメスな気がしたから、女の子っぽい名前を付けようと四苦八苦したのが遠回りの原因だったようだ。


「まぁ、強そうでいいんじゃないか。これから頼むよロキ」


「ウォフ」


「じゃあ、一旦、向こうへ戻ってくれ」


「ウォフ」


 ロキは誰も見たことのない向こう・・・の世界へと帰る。


「んーー。さて、帰るか」


 そして俺は実に数か月ぶりに地上へと帰るのであった。


「ハハ、すっかり秋になってるな」


 ダンジョンに潜った時は桜が散り、暖かな日だったのが、久しぶりの地上では風が少し冷たく感じた。




「ただいまー」


 エントランスとフロアそれぞれのオートロックを抜け、我が家へと帰還する。港区にある38階建てのマンションの最上階のワンフロアを所有している。というか、マンション自体のオーナーだ。S級探索者の懐事情はあたたかい。


 俺は電源の切れたスマホを充電器に繋ぎ、風呂へと入る。こざっぱりした後、身支度を整え、恐る恐るスマホの電源を付けた。


「…………うへぇ」


 ラインの未読が何百件と来ていた。全部ダンジョン協会関連の人からだ。内容は音信不通に対する安否確認が主だ。既読にするの嫌だなぁ、とか考えている内に着信が入る。


「…………はい、もしもし」


「あぁぁぁ、薙坂さんっ、生きていたんですねっ!! 良かった!! もう、一体、全体、何をしていらっしゃったのか説明して欲しいので、本部まで来て下さいっ!! 今から迎えを寄越します!!」


「えぇと、あぁ、まぁ、はい」


 電話の相手はダンジョン協会本部の新井さんだった。妙なテンションと勢いに若干引いてはいるが、どちらにせよ俺からも用事があるので、これを了承する。


「さて、何着てこっか。パーカーとジーンズでいっか」


 本部で働く人たちはみなスーツだが、別に俺は協会の職員じゃないので、なにも畏まる必要もない。ラフで動きやすい恰好に着替え、迎えを待つ。


 一時間くらい経っただろうか、迎えが着いたとの知らせがあり、俺は黒塗りのやたら高そうな車に乗せられ、ダンジョン協会本部のある千代田区へと向かう。

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