第2話 金狼

「何が出てくるかな」


 石板は消え去り、宙に煙となって漂う。そして煙は徐々に膨らんでいき──。


「…………金狼」


 美しい金色の毛並み、しなやかな体躯、深く澄んだ瞳、体高は2m強、体長は5m程だろうか。先ほどのケルベロスと比べれば二回り以上は小さい、が、存在感は比べものにならない程に圧倒的だ。


「文句なしだ。契約の儀式と行こうか」


 俺はバスターソードを担いで、金狼と対峙する。


「行くぞ──」


 と、先制攻撃をしようとした瞬間、金狼の姿はそこにはなかった。


「はっやっ!!」


 一瞬で後ろに回り込まれていた。次いで背中から衝撃。どうやら金狼は俺の背中を鼻で突き飛ばしたようだ。俺の身体は前方へと弾き飛ばされる。普通の人間ならこの軽い突き飛ばしで数百メートル吹っ飛びながら四肢も臓器も全てバラバラだろう。


 俺は空中でくるりと反転し、バスターソードを地面に刺しながらブレーキを掛ける。


「噛まれたら死んでたかもな。遊んでくれるって言うなら、お言葉に甘えて」


 金狼からは殺気を感じない。現に殺す気があるのであれば今の一撃で死んでいた。どうやら現時点では金狼は俺を殺すつもりはないということだ。であれば……。俺はバスターソードをそのままにして、無手で駆け出す。


「プロレスごっこと行こうか。俺がご主人様だってこと分からせてやる」


 それから果たして戦闘なのかじゃれ合いなのか、なんなのかよく分からないまま何日、あるいは何週間、何か月という時間をダンジョン内でともに過ごした。


「ターイム。休憩!」


 契約の儀式は続いている。アイテムボックスから食料と簡易トイレを取り出し、それが済むと地べたで数十分ほど寝る。律儀に待ってくれる金狼に感謝しながら、毎日そんなことを繰り返していた。


「すまない、待たせたな。でも一体どうなったら契約成功なんだろうな」


 契約方法は多くの場合は戦闘に勝利した場合だ。召喚獣は殺したとしても復活する。だから一番手っ取り早いのは『殺す』だ。


 しかし、この深く澄んだ瞳を持つ金狼に対して、その方法は違うというのが俺の直感だ。あるいは何もせずとも契約が完了する場合もあると聞いたこともあるが。


「が、あまりにも情報が少なくてなぁ」


 召喚の石板は銅で数億円の価値が付く。銀からは譲渡不可の特性が付くため石板をその場で捨てるか、契約に成功するか、失敗して死ぬかの三択しかない。金の石板など世界で数十例しかないだろうし、その契約者から内容から全てが秘匿されている。


「うーむ……」


 座って、金狼を見つめながら考え込む。金狼は舌を使って呑気にグルーミングをしている。


「現時点ではまだ金狼のが強いしなー。速さでは勝てる気がしないし。だとしたらご主人様は諦めて相棒を目指すか? パートナーってやつだな。となれば……交渉、お願い、か?」


 俺は立ち上がり、金狼の近くへ座り直す。チラリとこちらを一瞥する金狼。


 パートナーになる。相棒になる。それは対等であり、敬意を持つということ。まぁ既に一目見てからその美しさ、気高さには敬意を持っていたが。


「……ふむ。いざ、言葉にするのはなんというか難しいもんだな」


 俺の苦手なものの一つにコミニュケーションというものがある。いざ面と向かって、心を開いて話すということができない。それが人であろうと、なかろうと、だ。それに金狼はこちらの言うことは全て理解しているだろうという確信もある。


「ふぅー。時間をくれ。ちゃんと言葉にする」


「……」


 金狼はまたこちらを一瞥し、好きなだけどうぞと言わんばかりに穏やかにグルーミングを続ける。それから俺は金狼の前に何時間か座ったまま何をどう言うべきか悩んでいた。すると、とっくにグルーミングを終えていた金狼がすくっと立ち上がり、その巨大な右前足を振り上げ──。


「いでっ」


 ガツンと脳天に叩き落としてくる。頭をさすりながら、見下ろしてくる目を見ると、いい加減にしろと呆れているような、叱っているような目だ。


「うぅー。あぁ、そうだな……。よしっ、俺の話しを聞いてくれ。って、まだ名前も名乗ってなかったな。薙坂なぎさか十馬とうまだ。お察しの通りのコミュ障だ。人付き合いが苦手で探索者もソロでやってきた。お前に手を貸して欲しい理由はつまらない理由だ」


 金狼はフンと鼻を一つ鳴らすと、静かに座り込み、耳を貸してくる。


「カッコつけて言えば清算、そうじゃなきゃただの復讐だ。俺には家族がいたんだけどな──」


 両親のこと、そして四つ離れたとても可愛がっていた弟がいたこと。そんな家族を八年前に失ったこと。


「召喚獣を使ったテロだったよ。組織名はエデン。世間ではイフリートと呼ばれている召喚獣によって丸焦げだった。警察や軍、ダンジョン協会と、テロ組織を取り締まる組織はあっても、今尚、テロ組織は存続しているし、イフリートの契約者も捕まっていない」


 ギリっと歯を噛み締め、地面を力任せに殴りつける。

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