<41> vsミロス・クリスマス③

 ぐるりぐるりと螺旋を描き、ヒミカとメルティアは上昇していく。


 王城上空に浮かび、そこから破滅の炎を垂れ流す、ミロス・クリスマスへと。


「ヒミカさん、空中歩けたよね!?」

「一歩か二歩ならね!」

「あれでステップして、敵の攻撃を避けて!」

「合点!」


 ミロス・クリスマスはうなだれた態勢で、徐々に崩壊しながら嘔吐し続けていた。

 しかしヒミカたちが近づいてくると、動きがあった。

 態勢はそのままだが、肩が腫瘍の如く盛り上がり、電飾らしき飾りの付いた立派なモミの木が生えてきた。それはミロス・クリスマスの肩から切り離され、飛来する!


「避けて!」

「オッケー!」


 ヒミカは空中を蹴って、飛行の軌跡を変える。

 クリスマスツリー・ミサイルは見事に空振りし、ヒミカたちの背後で爆発した。


 しかしツリー射撃は一発だけではない。

 次々に飛来する!


「こんのっ、バカバカ撃って来やがって……」


 ヒミカは幾度も虚空を蹴った。

 回避。回避。そしてまた回避。


 ……だが!

 それは意図によるものか、不幸な偶然か。

 避けたはずのツリーのうち一つが、ヒミカのすぐ隣で爆発した!


「「きゃあああああ!」」


 爆風に煽られ、二人は吹き飛ばされる。二人分の悲鳴がDNA螺旋の如く絡み合いながら、墜落していった。


 *


 そこは神殿の食堂だった。


 今日は裕福な商家の娘と、誠実な役人の結婚式が執り行われる予定だった。

 式の後は神殿の食堂で食事会だ。式を挙げる者の身分に比例して料理にも金が掛かっており、高額の報酬で雇われた料理人が腕を振るった。


 料理は一口も食べられなかった。さあこれからというところで大事件が起きて、皆、逃げてしまったからだ。


「畜生……俺はグラトフス帰りなんだぞ……

 どいつもこいつも、俺の料理を食いもしねえで……

 なんなんだよ、こいつは……俺が何かしたのか……? 神様は俺がお嫌いか……?」


 石床の上に身を投げ出して、料理人は食堂に、ただ独り。

 仕事をクビになって幾星霜、ようやく掴んだ再起の機会だった。だが全ては台無しになった。こんな、あり得ない災厄によって。


 逃げなければ死ぬような気はしていた。

 だが全てはもはや、どうでも良かった。

 もう、疲れた。

 女神を描いたステンドグラスを、男はじっと見上げていた。


「わああああっ!」

「はあ!?」


 女神のステンドグラスが砕け、色とりどりのガラスがバラバラ降ってきた。

 そしてそれを突き破った、二人の少女が。


 片方はシスターのようなワンピースを着ていて、三色の髪と猫の耳と二本の尻尾を持つ、異様な姿の少女。獣人ならもっと獣に近い姿の筈だ。奇妙だった。

 だがそれは比較的どうでもいい。彼女と一緒に居たのは……


「んあ?! あ!? アンジェリカ様……じゃなくて、いつかの、お、お客人!?」

「あっ! 懐かしい顔!」


 新聞の挿絵の似顔絵で見たばかりの顔だった。

 美しく痩せて帰ってきたアンジェリカ様。

 正確には、魂は別人。異界から召喚されたという奇人だ。下着だか鎧だか分からないようなとんでもない格好をしている。


 まるで堰を切られたように、男の中にいくつもの感情がわき上がり、溢れた。


「あ、あ、あ、あんたのせいだ、あんたのせいなんだよ、おい……

 あれから全部上手くいかなくなったんだ、俺は、俺は……」


 実際それが『異界の娘』のせいかと言えば、彼女は何もしていない。

 だが彼女に関わったことが全てのケチの付き始めだ。

 男の人生にとって彼女の存在は、まさに悪魔が置いた転び石だった。


 手をわななかせて訴える料理人に、異界の娘は、ちょっと困ったような顔をした。


「すみません、話はまた後で聞きます!

 あと、これ! ちょっと世界を救うために必要なんで、お借りします!」

「あ、おい……」


 止める暇もあらばこそ。

 放置されていたウエディングケーキを勝手に切り分け、異界の娘は豪快にかぶりついた。


「ダイエットとは、好きなものを食べる余裕を生み出すためと見つけたり。

 ……美味しいわ」

「私も食べる!」


 二人の少女は、見捨てられたケーキを、大急ぎで、しかし幸せそうに掻っ込んだ。


「っしゃあ、補給完了!

 今度は朝食フルコースも貰うからね!

 生きてなさい!」

「お、おう……」


 そして、置いてあったパンに何故かバターを塗って背負うと、何故か二人はクルクルと回転しながら何故か浮かんでステンドグラスの穴から出て行った。


 まるで白昼夢のような、唐突で理解を超えた一時だった。

 残された料理人は、しばし呆然。

 だが、おもむろにウエディングケーキを切り分け、己もそれにかぶりついた。


「うめえ」


 人生は甘くないが、ケーキは甘い。


 *


 二人はぐんぐん高度を上げていた。

 ヒミカはもはや上昇をメルティアに任せない。己も虚空を蹴りつけ、足を漕いで上昇速度に拍車を掛け、進んだ。


『メリィィィィィィィイ!! クリスマァァァァァァス!!』


 崩壊していくミロス・クリスマスから、矢継ぎ早のクリスマスツリー・ミサイルが発射される。

 飛来する! 避ける! 避ける! 避ける!


「どこ狙う!?」

「胸の下かな!」


 そして肉薄!

 流れ落ちる吐瀉物の滝をかいくぐるように、ヒミカは遂にメルティアを蹴って飛び、ミロス・クリスマスの肉体にしがみ付いた。


 ヒミカが触れるだけで、ミロス・クリスマスの肉体は焼き溶かされていく。

 しかしそれでは破壊速度が足りない。

 もし、こんな超常的怪物に急所があるとしたらどこか……ヒミカには、心当たりがあった。


「居た!」


 もはや怪物の腹に溶け込みそうになっている、ミロス王の肉体だ。

 鷲髭の王であったものは、肩より下が怪物の腹に溶け込んで、目も鼻も口も、もはやただ血を流すだけの穴となっていた。

 ヒミカは手を固め、手刀として突き込む。

 そして。


「いい加減にっ、しやがれっ!!」


 たぶんミロス王の肩の骨だろう、と推測されるものを掴み、力任せに引きずり出した。


『「ぎゃあああああああ!!」』


 クリスマスとミロス王が、異口同音に悲鳴を上げた。

 身をよじり、悶え苦しむ。あるいは反射的にヒミカを振り払おうとしたのかも知れない。


 だがヒミカの方が早い!

 ソケットに嵌められた電球のように、形の残った部分が怪物と繋がっているミロス王を、ヒミカはずるずる引きずり出している。


「ア、ああ、何故、ダ……何故……こうなった……!

 何もかも、上手くいくはず……だったのに……!!」


 人の形が残るで身悶えしながら、ミロス王は叫んだ。

 それはクリスマスの言葉ではなく、ミロス王としての慟哭だった。


「それは……多分、あなたが人の意思ってものを、軽んじたから」


 ヒミカはますます腕に力を込める。


「私は痩せたから強いわけじゃない。

 ダイエットをも成し遂げる意志の力こそが!

 人の持ちうる可能性で! 最強の武器だぁーっ!!」


 ミロス王が引き抜かれた。


 赤いサンタクロース色の体液を撒き散らしながら引っ張り出されたミロスは、空中で砂のようになって、落下の風圧になぶられ、風に散って消えて行く。

 その、辛うじて形が残っていた背中に張り付くクリスマスリースも、砕け散る。


 そして、巨大なクリスマスは、声にならない叫びを上げた。

 聖なる光がクリスマスを侵食していく。

 乾ききった大地のように、クリスマスの巨体にヒビが入り、そこから光が吹き出して……


 爆発!


 巨大な肉塊が爆発したはずなのに、降ってくるのは光だけであった。

 雪のような光の粒が、風に舞い、王都に降り注いだ。ホワイトクリスマスだ。


 重力に絡め取られて落下していくヒミカの手を、メルティアが掴み取る。


「なんて、ちょっとクサかったかな?」

「やっ…………たあああああ!!」


 メルティアはヒミカに抱きついて、全力で頬を擦り付けてきた。


『ヒミカさん! やりましたね!』

「生きてる、ヒミカさん生きてるよね!」

「大丈夫、大丈夫だから、ちょっともう」

「うわーっ、勇者ヒミカばんざーい!」


 鬨の声みたいな歓声が、地上からも上がっていた。

 生き残った騎士たちと、壁の外で見守っていた王都市民の、快哉であった。

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