<40> vsミロス・クリスマス②

 同じ事が何度か繰り返された。

 ヒミカは走り、喰らった。ミロス・クリスマスは巨大だが、そのためか動きは比較的、鈍重だ。侵入したカルト戦闘員の居場所を把握できさえすれば、先回りして料理をむさぼる余裕はあった。


『街に入り込んだカルト戦闘員、ほぼ駆逐されました!』


 街路を駆けるヒミカの頭の中にフワレの遠話テレパシーが響く。


「オッケー。

 私の食べ残しが何カ所かに落ちてるから、あいつに取られないようできれば片付けといて頂戴」

『分かりました、騎士団の皆さんに手分けして対処してもらいます』

「私はちょっとアレを仕留めてくるわ」


 遂に補給を断たれたミロス・クリスマスは、今は王都の中心部を、何をするでもなく練り歩いていた。

 このまま死ぬまで静かにしていてくれたら新観光名所になるところだが、そうはいかないだろう。

 いかなかった。


『オオオオ!』


 ミロス・クリスマスが叫んだ。ヒミカにはそれが、苛立ちに聞こえた。

 そして、それは、ぶるぶると震える。

 怒りに震えているかのような仕草だったが……唐突に。


 その背中に、華やかな赤と白の翼が生えた。


「…………は?」


 流石にヒミカは唖然とした。


 しかも羽を生やしたミロス・クリスマスは、そのまま羽ばたいて高度を上げていくではないか。

 飛べるなら何故さっきまでそうしなかったのか、と考えていたら。


『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』


 飲み会帰りの酔っ払いのように、身を震わせて嘔吐した。

 赤くグズグズとした何かの滝を吐き出した。


「はあ!?」


 フライング・ゲロ。

 魔王の行動としては余りにも馬鹿馬鹿しくて、そのせいで、寸の間、ヒミカは事態の把握が遅れた。


 飛行するミロス・クリスマスの身体が、少しずつ崩れていた。

 足先から。

 手の先から。

 腹の肉が。

 ぼろぼろと崩れていく。

 それらは嘔吐物と同じ、赤いものとなって落ちていく。


 その直撃を被った王城が、溶け崩れていた。

 燃えながら溶け崩れ、赤い嘔吐物の沼に沈んでいった。

 その嘔吐物は、ミロス・クリスマスの巨体からしても明らかに異常な量であった。それが街の中心に。全てを焼き溶かしながら、小さな池だったものが、沼に、湖に。

 ……もしかしたら、やがては、海に。


 ――『血と臓物の海の中で焼け落ちて破滅する』……!?


 フワレの先程の説明がリフレインした。


「フワレちゃん! あれが、もしかして蛹の『羽化』なの!?」

『そんなはずは……いえ、私も伝説でしか知りませんが!

 本物の完全体クリスマスなら、こんな小規模な破壊で済むはずは……』


 戸惑いつつのフワレの答えを聞いて、ヒミカの頭に一つの仮説が浮かんだ。


 ――あれは、自爆!?


 補給を断たれ、自壊しながら破滅を振りまく。

 ……その姿を直観的に見るなら、『自爆』だろう。


 仲間や自分がヒミカに殺されようと、少年に襲いかかって命を摘み取ろうとした、狼の魔物の姿をヒミカは思い出す。

 魔物は、人と戦い殺すために魔王が作ったのだという。

 都合のいい捨て駒だから自殺的な攻撃をするのだとヒミカは思っていた。


 魔王すらも、同じ事を考えるのだとしたら?

 自分の命を燃やしてでも、一人でも多くの人を殺そうと、魔王すら考えるのだとしたら?

 だとしたら手下の魔物どもも、同じように考えて当然というわけだ。


 では、この自爆攻撃が、どれほどの被害をもたらすか。

 まさか既にほぼ無人の城下町を吹き飛ばして終わりではないだろう。先程の動きを見てもミロス・クリスマスには、少なくともアクションゲームの雑魚敵AIくらいは賢い。有効だからこの攻撃をしているのだ。

 街壁の外には、どうにか街からの脱出だけは果たしたが、遠くへ逃げる足も無くじっと成り行きを見守っている王都市民が居る。これが巻き込まれるだけでも十万人は死ぬだろう。


「……止めないと」


 ヒミカの口から自然と、決意の言葉がこぼれた。

 止めないと。だが、どうやって?


「来るわよね、フワレちゃん!」

『力を尽くします!

 ですが……策はありますか!? 相手は空の上です!』

「雲を作る魔法、あったでしょ! あれは!?」

『あの魔法、そんな便利じゃないんです! 攻撃を受けると簡単に消えちゃうので!』

「じゃあ、何でも良いから!」

『……飛ぶ手段だけならいくつかあります。でも、近づくだけで相当厳しくて危険だとは言っておきますよ』

「いいわ、行きましょう」

「待って!」


 周りには誰も居なかったはずなのに、驚くほど近くからヒミカに声を掛ける者があった。

 シスター姿の少女、巡礼団の一員、メルティアだ。


 そう言えば、鐘撞き堂の上で別れた後、彼女がどこに居たのかヒミカは知らなかった。彼女は、どこに行くとも待っているとも言わなかったし。


「ヒミカさん。

 実は私、あの日、次元獣保存会からあなたに助けていただいた次元獣です」

「…………そーゆー秘密はいくらなんでももうちょっと盛り上げて明かせや!?」

「わああごめんなさい!?」


 メルティアはいきなりぶっ込んできた。


 旅立ちの前日、ヒミカは次元獣保存会の刺客を打ち破り、そいつに使役されていた次元獣を解放した。

 次元獣はどこかへ消えてしまった……かと思いきや、だ。

 いかにも『前々から巡礼団の一員でした』みたいな顔をして、しれっとヒミカと知り合いになったわけだ。ではメルティアもあの日巡礼団に加わったばかりで、しかも正体は人ですらなかったということになる。おそらくセラもグルで、メルティアの正体を知りながら秘していた……まあ、彼女なら金を払うだけで黙っていてくれそうだが。


 考えれば思い当たる節はあった。

 最初から妙にヒミカに好意的で懐いていたところとか、日頃から猫度が高かったこととか。


「って言うか、『』って何よ『』って」

「百年以上生きた次元獣は尻尾が二つに分かれて強い力を得るんです」

「やっぱ猫じゃん……」

「あのぉ、本来、次元獣に『恩返し』とか『自己犠牲』って概念は無いはずなんですけどぉ……この次元係留実体アバター、ちょっと友好的に作り過ぎちゃいましてぇ……」

「御託はなんでもいいわ」


 はにかみつつ弁解調で説明するメルティアの手を取って、ヒミカは強引に握手した。


「仲間でしょ、私ら。一蓮托生よ」

「はい!」


 メルティアはぱっと笑って、ヴェールを脱ぎ捨てた。


 ヒミカには彼女が黒髪に見えていたのだが、今、彼女は白黒茶の三色が入り乱れた人にはあり得ない色合いの髪をしていた。

 そして頭の上には三角形の耳が。スカートの下からはしなやかな尻尾が二本、顔を出した。


「で、どうするの!? あれを倒す手があるの!?」

「私たち次元獣は、バター塗ったパンを背負うことで、空を飛べるんだ!」


 メルティアは、赤子を背負う時に使うような背負い紐と、スライスしたパンと、瓶詰めバターを取り出した。

 そして手際よくセッティングした。つまり、パンにバターを付けて、それを背中に括り付けたのだ。


 メルティアは浮かび上がった。

 まず、パンのバターを塗った面が……つまりメルティアの背中が地面に向く。

 次にメルティアは腹ばいの姿勢で地面を向く。

 それが無限に繰り返されて、メルティアは自転しながら宙に浮いたのだ。


「どーゆー理屈よ! しかも回転してんじゃない!」

「これで飛んで追いつくよ! 酔わないでね!」

「無理!」


 だが他に手が無いなら否やは無い!

 ヒミカはメルティアの腹側にしがみついて一緒に回転し、螺旋状に回りながら上昇し始めた。

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