<25> 乗船

 一応この世界にも郵便システムくらいはあるようだが、いつでもどこでもスマホで連絡とはいかない。そのため金持ちは日常の連絡でも、専属の伝令係を使うのだ。


「船に乗りますよ、ヒミカさん」

「え、なんで?」


 着飾った公爵家のメッセージボーイによって、神殿にメッセージが届けられた。それを読みながらフワレが言う。


「先日の長雨で王都への街道が塞がってしまったそうで、通行止めになりました。

 復旧工事もすぐに始まるそうですが、ヒミカさんだけはお祭りに間に合うよう、公爵家が船をご用意くださると。海路からであれば街道を迂回できます」

「なるほどね」

「それと、もう一つ。

 平和節のお祭りで闘技大会があるんですけれど、幕間の余興としてヒミカさんと征魔騎士団長の手合わせを企画したいそうです」


 ヒミカは少し驚いた。

 打てば響くようなテンポの良さで、望んだ返事がきたからだ。


「マジ?

 受けて立つにしても、もっとコソコソやりたがると思ってたわ」

「公衆の面前で叩きのめしてやろう、とでも思ってるんでしょうかね?

 そうまでやっては、かえって国の代表たる勇者候補の威信を傷つけてしまうと思うのですが……」


 思えば半年前の『訓練』とやらも、人前に晒されはしたが、来ていたのは上流階級の貴婦人方ばかり。

 お祭りのど真ん中で……つまり公衆の面前で、真の意味で不特定多数の前で、それをやるというのはまた意味合いが変わってくるはずだ。

 国中に知らしめるという意味でもある。


「何にせよ、望むところだわ。

 何か企んでるのかも知れないけど、衆人環視なら汚い手も使いにくいでしょ」

「ですね」


 舐められている、とも考えられるが、それならかえってありがたい。

 即ち、隙を晒してくれるということだ。


「そしたら私らは陸路で王都へ向かうことになりますかね。

 私らみたいな胡乱な巡礼者は、公爵家の船になんて乗れませんから」

「迂回してて間に合います?

 ……や、師匠なら土砂崩れぐらい乗り越えて通れるか」


 愚問であった。セラは微笑みで肯定する。

 それどころか彼女なら、道無き山中だろうと駆け抜けられるだろう。

 セラと一緒に行くだろうメルティアも心配ない。彼女は身軽で、木や崖を登らせたらセラ以上に速い。


「ま、私の仕事も終わったと見ていいでしょうね。

 クソバカどもが蠢きだしたのは、アンジェリカ殿下が弱って死にかけてるって噂が流れたからです。

 全盛期の殿下を超える力を手に入れ、それを示したヒミカさんを、これ以上は迂闊に狙おうとしないでしょう」

「だといいんですけどねえ」


 セラの言うとおり、ヒミカは巨大ロボ相手に格闘戦を挑み、これを打ち破った。

 流石に犯罪組織の皆さんがどう考えるか、ちゃんと噂が広まってくれるかは分からないけれど、確かに、『あの巨大ロボ以上の何かを用意しない限りは無理だ』と考えそうなものだ。

 どんな組織にもリソースの問題はある。たぶん、悪の組織にだって。

 ただの復讐や、将来への禍根を断つためというだけの理由で、巨大ロボ級のプロジェクトを動かせるかと言えばなかなか難しい……だろうとは思う。


「一旦お別れかぁ。決闘には間に合うように急ぐからね!」

「う、うん。決闘じゃないけど。

 で、何してるの?」

「会えない分、今のうちに溜めてる」


 メルティアはヒミカの膝に座り、擦りついていた。


 * * *


 翌日にはもう、ヒミカは船上の人となっていた。


 この世界の主要国家『七王国』のうち、セラニアを含む三国は、広大なジャメルス内海に面している。穏やかな気性の海で、船が通れぬほど荒れることは滅多に無い。

 交易、輸送、漁業、製塩……その他諸々、海が必要なことはだいたい行われていて、大貴族たれば船を持つ者も多いそうだ。やっぱり金持ちはどんな世界でもクルーザーを乗り回したがるのだろうかと、そんな界隈に縁の無かったヒミカはやっかみ半分で考える。


 ヒミカが乗った公爵家の船は、ご立派な遊覧船みたいにも見えたが、フワレが言うには高速軽量の、移動手段としての利用に特化した船だということだ。

 普段はあのナンパ男とか、その父の公爵様が王都と行き来するとき、この船を使っているのかも知れない。


「……あああ、お刺身食べたい……お寿司食べたい……」


 高級ホテルの客室みたいな雰囲気の船室で、ヒミカは海鮮のことを考えながらスクワットをしていた。

 海の匂いを嗅ぐと生魚が食べたくなる。日本人の習性だ。


「ヒミカさん、今よろしいですか?」

「はーい」


 扉がノックされ、フワレがやってきた。

 彼は勇者候補のお付きで、そも最高位の宮廷魔術師だから、公爵家の船にも乗れるのだ。


「ようやく晴れ間が見えましたね。

 結構揺れましたが、船酔いは大丈夫ですか?」

「全然平気だったわ。心配してくれてありがと」

「港で抹茶を少し買っておいたんで、波も収まりましたし、今のうちにいかがです?」

「やった、飲む飲む」


 本当に抹茶なのか分からない、少なくともヒミカが知るものではない謎の抹茶がティーカップに注がれた。

 美しく濁った緑色と豊かな香りが心を静める。

 お茶を飲んでいる間だけは時間の流れがゆっくりだった。


「久々の王都ですね……」

「私はこっちの世界に来て、何が何だか分からないうちに出発したから、なんかもう全然印象無いわ」

「あっと、そうか。ですね」


 仮に王都をよく知っていたとしても懐かしくは思わないだろうが、ヒミカはセラニア王国の王都をほぼ見ていない。最初に滞在していた森の離宮は王都の外だったし、練兵場へ移動するときに、カルデラみたいな壁を外から見ただけだ。


 あの失礼な王様の根城。

 どんな街なのか拝んでやろう、という気持ちも少し、ある。


「私は久々に妻と息子たちに会えるのが楽しみです」

「……………………え?」

「何か?」

「さっ、妻子持ちぃ!?」


 フワレが暖かな溜息と共に、さらっと衝撃的なことを言ったものだから、ヒミカは抹茶を吹きそうになった。


「な、何か……」

「いや、なんでも……そっかあ……そうよねえ…………」


 きょとんとした顔のフワレ(可愛い)を見て、ヒミカはしばし、しびれたように動きを止めていた。

 ヒミカにとってフワレはまず第一に、偶像の如きファンタジー・カワイイ・存在であったが、コーギーにはコーギーの生活があり、家族が居る。

 彼は宮仕えの身分だし、頭もキレるし毛並みも気立ても良い。俗な言い方をするならハイスペ男子だ。世の麗しきコボルト方が、フワレを放っておく筈ないのだ。


「えい」

「おぼぼぼぼぼぼ」


 何か悔しくなったヒミカはフワレを背後から抱きしめ、腹毛を撫で回しつつ後頭部を吸引した。


「あれ、太陽が差して……」


 そんなフワレの、こんがりキツネ色の耳を、太陽が照らす。


 フワレの三角耳がピクリと動いて、髭がそよいだ。


「おかしいです!

 王都は西にあるのに、この船、東に向かってます!」

「え!?」

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