<23> 遭遇≪であい≫

 ハルヴァック公爵領、港町テグムル。


「ご報告致します。

 施錠学派による襲撃、失敗した模様です」

「……だろうな」


 高級ホテルの最上階を、ランバルドは拠点としていた。

 を前に、現場に近い場所で臨機応変に指揮を執るため、わざわざ出張ってきたのだ。これも征魔騎士団長としての戦いだ。


 しかし施錠学派の襲撃が失敗するのは、ランバルドにとっては想定内だった。

 従僕に変装した密偵が戻ってきて報告をしたときも、特に驚きは無かった。施錠学派の愚かしさを知っているからだ。


「片付けろ。

 襲撃の痕跡、施錠学派の活動拠点、洗いざらい探って全て片付けろ。

 我らが関与した証拠を残されていたらかなわん」

「はっ」

「連中との関係もこれまでだな……

 役立たずは要らぬ」


 ランバルドは、こめかみを揉みほぐしながら、先のことを考えていた。

 賢者の排除は、早いほうが良いのは言うまでもないとして、決して急を要さない。勇者選定に関わる諸々が済んでから、じっくり処理しても構わないはずだ。

 施錠学派を使ったのは、あくまでも陛下がそう命じたから。施錠学派が失敗したとしても、それは施錠学派と陛下の問題で、ランバルドには関わりの無い話だ。


 それよりも重要なのは、あの『替え玉』を儀式まで守ることと、その後で後腐れ無く始末すること。そしてそれはランバルドの仕事だった。


「はあ……私は少し休んでくる。

 火急の用あらば遠話にて連絡せよ」

「かしこまりました」


 ランバルド自身の吐き出した煙草の煙が、部屋の中には漂っていた。

 それが頭を澱ませているように思い、ランバルドは外に出た。


 * * *


 石造りの散策路プロムナードが、運河と併走していた。


 夏には船遊びをする者の姿もあろうが、風も冷たくなり始めた季節。丁度運河に浮かんでいるのは、不格好な荷運びの船ばかりだ。

 半端な時間なので、プロムナードで散歩を楽しむ者も少なかった。ランバルドの姿を見て、庶民どもが道を空ける。彼らのほとんどはランバルドの顔など知らず、何者か分からぬまま、それでも貴族にうっかり無礼を働いたら罪になるからと避けているのだろう。それがふと、滑稽に思われた。


 冷たく澄んだ空気と舞い散る落ち葉が、苛立ちを鎮めてくれるような気がした。

 とは言え、庶民がうろついているような場所を散歩するのは、あまりよくない。

 いい加減部屋に戻ろうかと思い、踵を返したその瞬間だった。


 ランバルドは雷に打たれたかと思った。

 丁度己が振り向いた先、輝く如くに美しい少女が居たのだ。


 美しくも奇妙な娘だった。

 着飾ってはいない。むしろ、服装は庶民的で簡素なものだ。

 あかがね色の美しい髪を、男のように短く切っている。それは普通ならどんな下層の女でも下品とされる格好なのだが、この凜々しさときたらどうだ。彼女にはこれが似つかわしい。


 女にしては背が高いが、年齢自体は17,8ぐらいだろう。

 整った顔立ちは年齢相応にあどけなく可憐であり、しかし戦人の如き一本気な意志の強さも感じさせる。舞踏会で男に媚びを売る貴婦人たちのような、柔弱な雰囲気を感じないのだ。

 生意気で、可愛げが無いと言い換えることもできる。だが不思議と、ランバルドはそれさえも好ましく思った。勇気と胆力を兼ね備えた女傑は、それを超える英雄の伴侶としてなら望ましいものだ。


 庶民であっても、使用人を雇うだけの収入があれば、それを雇い、付き従わせる。だが彼女はメイドを連れていない。しかして、労働者にも見えぬ。

 何より、歩く姿が武人のようにキビキビとして、肉体も鍛えられた雰囲気だ。しなやかな所作が生来の美しさと相まって、人ならぬ高貴な幻獣か、はたまた妖精の如くに彼女を見せていた。


 ――若くして手練れの女冒険者、というところか。


 彼女が何者であるか、ランバルドは見当を付けた。漏れ出る生体魔力の気配を察するだけでも相手の力の程がある程度は推し量れる。


 冒険者。

 魔物退治や、未開の地の探索を仕事とする傭兵ども。

 それはならず者であり、野に在る英雄でもあった。


 都合の良い相手だ。

 冒険者は良くも悪くも、身分の外の者。たとえば王や王妃が軽率に庶民と顔を合わせれば、自らの格を下げることになるが、相手が冒険者たれば許される。


 ランバルドには許嫁が居る。

 だが結婚など、愛情以外の理由で決まるのが当然だ。

 子を成し、妻と協力して領地を治めさえすれば、それで夫の役目を果たしたことになる。その傍らで愛人を囲い、真の愛を注ぐのは、決して悪とされない……


 ――愛? 愛だと?


 ランバルドは激しい訓練の後のように息を乱していた。

 愛など、愚かなロマンス小説に頭を冒された女どもの繰り言だと思っていた。一目見て愛が芽生えるだと? それは猿か。それとも犬の話か。どれほど知能が低ければそうなるのかと。


 しかし今、ランバルドは、目の前の少女の関心を惹きたいと熱烈に思っていた。

 何を見せつければ彼女は感服するだろうか。

 御前試合で王国の二番手となった剣技か?

 貴婦人たちが黄色い声を上げる、この美貌か?

 公爵家の財力か? 権力か?


「どうかしました?」


 ランバルドの視線に気づき、少女は訝しげに問うてきた。

 なるほど、商人のようにハキハキと、喋り慣れした喋り方をする。伸びやかに歌う歌姫のように、耳に心地よく響く声だ。声の響かせ方を彼女は知っている。技巧による美声だ。


「己の幸運を、神に感謝していたところです。

 あなたのような美しい方に、こんな場所で会えるとは思わなかったのですよ」

「は、はい……?」


 少女は戸惑った様子だった。

 その反応がランバルドには新鮮だ。貴婦人方は概ね、褒められ慣れていて、褒め言葉の受け取り方を知っているのだ。

 少女はまるで、初めて己の容姿を褒められたかのように……この美しさにも関わらずだ! 初めて褒められたかのように戸惑い、初心うぶな反応を示した。


 ――なるほど、土埃にまみれて冒険者稼業などしていれば、美しさにもそうそう気づかれぬものかも知れないな。

   まして、品も教養も無い冒険者の男どもは、女を褒める言葉など知らぬだろう。好ましく思えば、盛りが付いた犬のように押し倒し……


 ランバルドは、はっと息を呑む。心臓が冷たく脈を打った。


 宝石が、汚濁の中にあってよいのか、と。

 美しきものは、価値を知る者の手にあるべきだ。


「……少し、時間はありますか? お話を聞きたいのです」

「はあ……えっと、どうしようかな……」


 困った様子で彼女は視線を彷徨わせる。

 何故自分の提案に唯々諾々と従わないのか、ランバルドはもどかしく思ったが、堪えた。

 無垢で気高い野生の獣と思うべきだろう。保護するにはまず、そっと手を伸ばし、忍耐強く応じるのを待……


「ヒミカさーん!

 組合の方に使えそうな既製品の防具を探してもらったので……試着を……」


 聞き覚えのある声が飛んできた。


 子どもぐらいの背丈の犬獣人コボルトだ。

 身体に釣り合わぬ長さの杖を抱えて、転がるように駆けてくる。


「…………賢……者?」

「あっ、あれ?

 征魔騎士団長閣下!? このような場所でお目にかかるとは!」


 勇者候補付きの賢者、フワレだ。

 では彼がヒミカと呼ぶ、この少女は?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る